初体験と乱入者と怪音波
セイレーン、元は豊作を司る女神であるデメテルの娘・コレーに使えていた女中の1人だったが、そのコレーがハデスに誘拐された際、コレーを守りきれなかった罰として、またはコレーを探すために自ら望んで、鳥になったとされている。
しかしどちらの話でも、その後気が狂ったのか、自らの美声で船人達を惑わし、船を難破させ、その肉や積み荷を喰らう半人半鳥の怪物へと変貌している。
後に、羅針盤の登場など、航海術が進歩したことで航路が陸沿いから沖合へと変わっていったことが影響し、崖の近くにいる怪鳥から、海にポツンとある岩礁に座る人魚の1体として語られ、描かれるようになった。
ーーー
「うっ、ぐうぅぅっ……」
苦しみ、うずくまった春香ちゃんの身体からブチッ、と変な音がすると、ワンピースの中からひらりと水色の布が落ちた。恐らく変身の影響で破れてしまったのだろう。
でも安心して。今、その苦しみから解放してあげるから。僕は持っていた槍を春香ちゃんめがけて投げた。しかし槍は突然飛んできた火の玉によって途中で墜落した。
「いけないなー、変体中っていうのは敵味方関係なく待ってあげるものだよ?」
火の玉が飛んできた方を見ると、この間の通信でマスターと名乗っていた白装束が仏頂面で立っていた。
「邪魔しないでくれますか? マスターさん、それはアニメや特撮の中だけの話です。現実の話じゃありませんよ」
「そのくらい知ってるよ。でもそこの誘惑声鳥は死送御者くんが変体してる間、攻撃してこなかったでしょ? だったらお互いフェアプレイでいこうよ」
僕はため息をついて、攻撃するのを諦めた。どうせ攻撃しようとしても全部あのマスターに止められてしまうだろうし、話し合ってやめさせようとしても、たぶん納得させるころにはもう春香ちゃんは変身しきってるだろう。
「えっ、あっ、うわっ!」
突然春香ちゃんの焦ったような声がした後、ゴン、となんか痛い音がした。見ると春香ちゃんがステージの上でうつ伏せに倒れていた。足がくっつき1つになってしまったために、バランスがとれず倒れてしまったようだ。
「いったあ……」
春香ちゃんが変身前に比べて長くなった腕を使って起き上がった。直でぶつかったからだろう、顔が赤くなっている。
「あ〜らら……もしかして変体するのこれが初めてだったりするのかなー?」
マスターが自分の変身模様に悪戦苦闘する春香ちゃんの姿を見て、苦笑しながら言った。僕は墜落して床に突き刺さっていた槍を回収した。といっても槍の方が勝手に手元に戻ってくるのだが。
周りで男達が色々していても、春香ちゃんの体の変化は止まらない。
「あぐっ、ふっ、うぐぅ……」
1つになった足は、水色に染まり、先が大きく割れ、魚のヒレのような形になり、長くなった腕は白く大きな翼に変わり、さらにその先には飾りのように小さくなった手があった。
「う……、はぁ、はぁ、はぁ……」
春香ちゃんが必死に息を整えようとしている。そんな様子を見たマスターは突然うなづくと、まるで自分が審判になったかのように言った。
「うん、終わったようだね。ではお待たせしました、これより死送御者と誘惑声鳥のバトルを始めます! いざ尋常に……はじめ!!」
ーーー
「あ、浮いた……」
誘惑声鳥は適当に翼を上下に動かすと、体を少しだけ浮かせて、感動していた。その様子は見ていて微笑ましかったが、初めて変体しました感が丸出しだ。もう始まってから1ヶ月は経ってるよ?
「とはいえ、こんなに忙しいんじゃ無理な話かなー」
僕はiPadに打ち込まれているプレイヤーの個人情報を見ていた。
「誘惑声鳥」鳥海 彩芽(とりうみ あやめ)、18歳。香上春香名義で、最近多くのテレビ番組などに出演し、「注目株」と呼ばれている若手タレントの1人である。
対するは「死送御者」明石 耕一郎(あかし こういちろう)、38歳、職業は会社員(クラウンドロッププロモーション勤務)。香上など会社所属タレント10人を任せられているマネージャーである。
ちなみに現在、どちらも捕食をしていない。死送御者の方は一応、人狼を倒しているが、ここの壁に釘付けにしたまま放置している。
「まぁ、今人狼を食べても、もらえる能力は無いから、食べてても食べてなくても同じなんだけどね……」
それを抜きにしても、死送御者の方は連絡してきた時に色々質問してきたこともあって、自分の固有能力「遠隔操作」を自在に使いこなせている。
この能力は自分の体から作った武器を自由自在に操れる能力だ。人狼はあれを追尾性の武器だと思っていたようだが、若干違う。追尾性の武器はただ相手を追うだけだが、槍は彼の意思に従って動くーー当然だ、元は自分の体なのだから。そのため相手の動きが読めたら、そちらに動かすこともできるのだ。
ちなみに誘惑声鳥は自分のプレイヤー名とルールを聞いただけで終わっている。というか、寝オチだ。必死に呼びかけて起こそうとしたが、彼女が起きる前に他のプレイヤーからの通信がきてしまったので、泣く泣く切ったのだ。
つまり彼女は自分の能力とか全然わかってない。でも人狼や牛鬼、灼熱小竜のように説明以前から無意識の内に、もしくは魔物の特徴から推測して、能力を使いこなしている場合もあるし。
というか、能力の存在を知らないプレイヤーなんてごまんといるし? でも、あるのを知ってるのと知らないのじゃやっぱり差は出てくるよねー。
「春香ちゃーん、のんびり遊んでいる暇なんてないと思うけどなぁ!」
そう言って誘惑声鳥が着地した瞬間に死送御者は槍を投げた。うーん、卑怯だなぁ……。でも勝つには手段なんて選んでるヒマないもんなぁ。勝てば官軍とも言うし。
「え、うわっ!」
誘惑声鳥が槍に気づいて慌てて身をよじって避ける。しかし槍は避けられた瞬間にその場で回転し、彼女を客席に弾き飛ばした。
「う……あっ……」
誘惑声鳥が呻き声をあげた。あのプラスチック椅子って、やわらかそうな見た目と違って意外と固いからぶつかるとすっごく痛いんだよぁ……。
「君が悪いんだよ? 僕の理想を理解してさえいれば、喉か心臓を一突きして、苦しませずに逝かせてあげたのに」
「……そんな理想、理解するくらいなら、ボコボコにされた方がマシです……!」
フラフラになりながら誘惑声鳥が立ち上がった。
「はぁ、もう少し痛めつけないとダメなようですね!」
死送御者は誘惑声鳥を哀れむような目で見ながら再び槍を投げた。
「うわぁぁぁ!」
誘惑声鳥が慌ててガードしようとしたのか、顔を翼で覆った。すると槍は突然見当違いの方向へ飛んでいった。
「……あれ?」
「……!?」
お互いに唖然としている。当然だ、目の前でありえないはずの出来事が起きたのだから。
「おい、マスター! あれは僕の言う通りに動くんじゃなかったのか!?」
死送御者が怒ったように叫ぶ。
「言ったことに間違いはないよ? あの槍は死送御者くんの指示した通りに動く。そのはずなのに狙いが逸れた、っていうことは誘惑声鳥の能力が発動して無理矢理逸らされた、ってことじゃないのー? 」
「はっ、ラッキーパンチが決まったとでも言いたいんですか?」
死送御者が不愉快そうに舌打ちした。その一方、誘惑声鳥は何やらブツブツと独り言をつぶやいていた。
「狙いが逸れたのは能力のせい? 能力って何……? えーと、誘惑声鳥って確か……?」
「何をブツブツと! 今度こそ決めさせてもらいます!」
死送御者は苛立ちを隠さないまま槍を打ちだした。すると誘惑声鳥は突然翼を動かし、宙に浮いた。
「はっ、空を飛んだって僕の槍から逃れることはできませんよ!」
勢いよく槍が誘惑声鳥に迫る。しかし彼女は避けようとせず、覚悟を決めた様子でその場に留まってすーっと息を大きく吸った。
「あ、ひょっとして気づいたな?」
僕はこれから起こるであろうことに備えてある呪文を唱えた。
ーーー
「は・ず・れ・ろ……このっ……!」
俺は必死に体を貫いてる槍を抜こうとしていた。しかし叩いても押しても回しても一切抜ける気がしない。
(こうなっても、意識失わないなんて……頑丈すぎるにもほどがあるぞ……?)
俺の足元にはすでに大きな血だまりができていた。普通この量の血が流れたら失血によって気絶、もしくは死亡だ。なのにこうやって意識を保ってられるのは明らかに異常すぎる頑丈さのせいだった。魔物恐るべし。
「それでも痛覚は鈍くならないんだよなぁ……」
半泣きになりながらつぶやいた瞬間、それは起きた。
「うぅぅぅわぁぁぁぁぁーーー!!!」
「!!!?」
反射的に耳を塞ぐ。しかしそれでも音は容赦無く、激しく耳を揺さぶった。
「いっ、いたいいたいいたいーーー!!?」
暴走族の爆音とか、ライブの度を越した大音量のせいで耳がおかしくなった、という話は聞いたことはあるが、これは、明らかにそれと次元が違う、違いすぎる……!
次の瞬間、槍が粉々に砕け散り、体が自由になった。しかし、変な怪音波が絶え間無く鳴り響いているこの状況で動けるはずがなかった。
「あ、いたいた! 人狼くーん!」
怪音波の中から聞き覚えのある声がした。声をした方を見ると、マスターが猛ダッシュでこちらに走ってきていた。
「オルガンアウト!」
マスターが何かを叫んだ瞬間、あの怪音波の音量が下がって、体が少し楽になった。
「あ、あんた、なんでこんなところに……」
俺の近くにきたマスターは飄々とした様子で答えた。
「ちょっとヤボ用でねー。って、うっわ……すごい血の量……。大丈夫?」
「これが大丈夫に見えるか……?」
「ぱっと見は見えないけど、減らず口叩けるようならまだ大丈夫でしょ。肩貸そうか?」
今回、新しい単語「能力」が登場しました。これの詳しい説明は2〜3話後に書く予定ですので、お待ちください。




