変わりゆく印象、壊れゆく信頼
あの交渉を見てしまってから数日後、私は事務所の提案を飲んだ。屈辱的だったが、あれを見聞きしてしまった今、断り続けることはできなかった。申し訳なさすぎて。
それからというもの、私は歌やダンスのレッスンをしていた時間に「ウザキャラ」と呼ばれる色んなタレントが出てる番組やそのDVDを見たり、自分なりにウザキャラについての研究をするようになった。これがダメなら明日は無い、という危機感もあったからだ。
まず手始めに髪型をシンプルなロングからツインテールに変えてみた。見ていて、子供のような髪型をしている人が多かったからだ。そして語尾を出来るだけ伸ばして、何も考えてないように振る舞いながら、出来るだけ相手をバカにするようにした。その代わり収録が終わった瞬間に謝るのが絶対条件だ。
ただ、謝りすぎて「そんなに謝られたら、次から本気で怒れなくなるからやめろ」と逆に怒られてしまったこともあった。今では良い思い出だが。
そんなこんなで色々経験しながら模索して、私なりの「ウザキャラ像」は作られていった。
そして数ヶ月後、ウザキャラの演技も板についてきて仕事の量もある程度戻ってきた頃。次の収録に向けてメイクしている時、同じ事務所で同期の田上 あかりちゃんが声をかけてきた。
「あ、春香ちゃんお疲れ様ー」
「あ、あかりちゃ〜ん。お疲れ様です〜」
「別にウザキャラモードじゃなくていいよ〜、同期だから春香ちゃんの黒歴史も知っちゃってるんだし」
「……黒歴史は言い過ぎだと思う……」
確かに今から考えれば何様だ、と思われるようなこといっぱいやらかしてたけどさぁ……頑張ってやっていた歌手活動までも全否定されるのはちょっと……。
「そっかー。ということは、まだ諦めてないの?」
「一応、ね。でも最近はレッスンとかも全然やらなくなっちゃったから、ほとんど諦めたも同然だけど」
その後はたわいも無い会話が続いた。最近の仕事の話とか、流行のブランドやメイク道具の話とか。そんな時、あかりちゃんがふと思いついたように言った。
「そういえば、春香ちゃん、昔と変わったよねー」
「そりゃあ、清純派とウザカワじゃ正反対だからねー」
「いや、キャラの方じゃなくて普段の話だよ」
「へ?」
「昔は『私が1番! 他の人は私を引き立てるためだけにある!』みたいな感じだったのに、今は他の人のことをしっかり見て、相手が何を求めているのか必死に考えてる気がする」
「え、そうかな?」
「そうだよ。突然スタッフやマネージャーの人を『さん』付けで呼びだしたり、すれちがったりした時に『お疲れ様です』とか言ったり。最初はエライ人に気に入られるための演技かな、って思ってたけど」
「うーん……、そんなの全然意識してなかったなぁ……。って、私そんな風に思われてたの?」
「あ、ついホンネが」
「うわーっ……」
なんかちょっと凹むなぁ……。私は思わず机の上に突っ伏した。するとあかりちゃんは慌てたようにフォローし始めた。
「ゴメンゴメン! でも一緒に過ごしている内に、知らない間に色々あって角が取れて丸くなったのかな、とか、こっちの方が春香ちゃんの本当の姿だったのかな、って思うようになったから! 少なくとも私は今の春香ちゃんの方が好きだよ?」
「あ、ありがと……」
あんまりフォローになってないと思うのは私だけだろうか?
でもとにかくどうやら気がつかない内に私の性格や行動は変わっていたようだ。ただし良い方向に。もしかして、あの様子を見て何か変なネジが飛んでいったのかな……?
さらに数日後、久しぶりに歌の仕事が入った。ゴールデンの番組で、歌のうまい芸能人と有名歌手がカラオケの採点機で持ち歌を歌った時、どっちが高い点数をとれるか、という企画だった。ちなみに私は「歌のうまい芸能人」チーム。
一応、シングル5枚とアルバム1枚だしてるんだけどなぁ……。まぁ、ウザキャラタレントとしての方が有名になってきたしな……と苦笑しながら私のカラオケ通いは始まった。
ーーー
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
どれだけ逃げただろうか、回り回って私はステージの上で仰向けに倒れていた。
(なんで、明石さんが……)
思い出すだけで恐ろしかった。明石さんの皮膚や肉がドロドロに溶けて、馬車や首無し馬の形になって、残った骨も平然と動いていて。私は怖くて、思わず楽屋を飛び出して逃げていた。
(そういえば、あの子は大丈夫かな……? 逃げられたかな……?)
あんな小さな子までこのゲームに参加させられてるなんて、思っていなかった。あのマスターさん、お調子者で優しそうなイメージだったけど、本当はひどい人だったのかな……?
「春香ちゃーん? どこにいったのかなぁー?」
慌てて起き上がると、大きな槍を片手に、骸骨が明石さんの声で私を呼びながら徒歩でゲートから場内に入ってきていた。
「あぁ、いたいた。やっぱり死ぬならステージの上で、ってことだったのかな? ごめんごめん、そこまで頭が回らなかったよ」
「……馬車はどうしたんですか」
あの馬車の大きさなら、降りなくてもゲートは余裕で通過出来るはず。すると明石さんはあっけらかんとして言った。
「あぁ、あれ? 変な狼少年に壊されちゃってさぁ」
変な狼少年? まさか……!
「でも大丈夫。邪魔しないように追い払っといたし、馬車は簡単に直せるから」
良かった……。もし私の流れ弾で殺されてしまったら、あの子やその両親に何と謝ればいいのかわからない。
「で、そろそろ食べさせてくれないかな? 早く会社に戻りたいんだ、色々と報告しないといけないし」
「……あなたの願いによります」
そう言うと、明石さんは意外そうな顔をした、たぶん。
「あれ? 抵抗しないんだ」
なぜか私はその時すごく冷静だった、もうすぐ死ぬかもしれないのに。……夢が叶ったからかもしれない。
「一応、私の芸能界に入った時の夢は叶いましたから……。『たくさんのファンに囲まれながら、ライブをする』っていう」
「あぁ、そうだったね……。初めて会った時からずっと春香ちゃんは『いつか満員のドームでライブがしたい!』って言ってたね……」
明石さんが遠い目をした。……目がないからぱっと見わからないけど。
「で、明石さんの夢はなんですか?」
「僕の願いは……みんなが本当の適材適所の仕事につけるようになることだ」
「……?」
「この世には自分の力量を見誤って、絶対たどり着けない領域を目指す人がいる。世間から冷たい目で見られても、自分ならやれると勘違いしてね。そして無理だったことにようやく気づいた時、今までのことは全て無駄になってしまう」
……私がトップアイドルを目指して、必死に歌やダンスのレッスンをしていたみたいに?
「早ければまだいい。でも、もし気づくのが遅かったら? それしかしてこなくて、他のことはからっきし出来なかったら? そんな人を世間は容赦無く切り捨てにかかる。本質を見ずに上っ面だけ見て、役に立たないと決めつけて。そうなったら定職にはつけないし、労力に合わない安い給料のバイトで必死に食いつながなければならないし、住む場所を強制的に奪われることだってある」
……明石さんの言う通り、自分の限界に気づけなくて、もしくはその事実を認めたくなくて、そうなってしまった人はこの世に何千、何万人もいるかもしれない。
「何かに必死で打ち込んだのに、理解されず、人として認められてないような一生を送らされるなんて、酷すぎると思わないかい? でも、最初から自分のなる職業が決まっていたら? それに向かって無駄な時間を過ごすことなく、本当に必要な知識だけを学べばいいのなら? きちんと仕事をしていれば、ちゃんと評価されて、普通の生活が暮らせる世の中だったら? そうすればみんな幸せな一生を送れる! 素晴らしいと思わないかい?」
「……ふざけないでください」
「ん?」
確かに、明石さんの理想の世界の方が幸せな生活を送れる人はたくさんいるかもしれない……。でも!
「失敗して辛い未来が待っていようとも、夢をもって、自分の今やりたいことをやるのが1番幸せだと思います」
「何を言ってるんだ! 叶わない夢を追い続けて、大事な時間を無駄にして不幸になるよりも、ちゃんとした職について、時間を無駄にせずこつこつ働いて、普通に生活できた方がずっと幸せじゃないか!」
「誰がなんと言おうと、やってきたことが全部無駄だったのか、今自分は幸せなのかどうかは、自分が決めることです! あなたが他人の価値観や生き方を、勝手に決める権利なんてどこにも無い!」
私は明石さんを正面に見据えながら大声で叫んだ。すると明石さんはため息をついて首を横にふった。
「……残念だよ春香ちゃん。この素晴らしさをわかってくれないなんて。君はずっと見てきた子だから出来るだけ苦しませたくなかったんだけど……」
明石さんが槍を振り上げる。
「ごめんね、わからずやにはきちんとお仕置きしなきゃいけないから」
…………私には願いは無い。でも、明石さんの願いを叶えさせてはいけないことはわかってる。だから……お願い、もう一度力を貸して!
「デ・コード!」
ーーー
番組収録の前日。私は相変わらず練習をしにカラオケに来ていた。
「うーん……あんまり伸びないなぁ……」
一応練習したかいがあって、コンスタントに90点は出せるようになったが、勝つには今までの放送の傾向から93〜5点ぐらいは絶対に必要だった。加点も増やしつつ、音程を合わせるのって結構難しいものなのです。
むー、と煮詰まってると、突然ドアが開き、白装束を着た男性が入ってきた。私は思わず目をぱちくりしながら彼を見た。
「おっと、すまない。部屋を間違えたようだ」
そう謝って男性はすぐに部屋を出ようとしたが、同じ曲だけがずらっと並んでいる予約画面を見て興味深げにつぶやいた。
「君は……歌がうまくなりたいのかい?」
「……あ、はい」
そう答えた瞬間、男性は突然私の肩を掴んだ。
「……!!?」
「そうか、うまくなりたいか……」
男性が不敵な笑みを浮かべる。私は危険を感じて逃げようとしたが、男性の手はそれを許さなかった。大声を出して助けを呼ぼうとしても、防音設備が整っているこの部屋では、どんなに叫んでも外の人には聞こえない……!
じたばたする私を尻目に男性は言った。
「そうだね、君には誘惑声鳥の力をあげよう。きっと君の願いを叶えてくれる」
男性がそう言った瞬間、私の意識はプツンと途切れた。




