異変と誤解と投擲槍
「小鳥遊ー、どれ食いたい?」
「えーっと……じゃあ、これで」
「……人の金だと思って高いの頼んだな」
高いと言っても、ここは駅前の牛丼屋。大した差はない……はず。俺は新庄先輩がおごってくれる、と言うのでここへ来ていた。
「じゃあ、俺はキムチ牛丼大盛で」
「高い高い、言ってて俺のより高いの頼んでるじゃないですか!」
「俺の金だからいーの。お前に指図される覚えはない!」
……うぐっ。そう言われたら何も返せなくなる……。
「小鳥遊ー、それうまいの? 牛まぶし、だっけ?」
「おいしいですよ? 一口どうですか?」
「じゃあ、お言葉に甘えて。ーーーうまいな」
「ですよね。夏限定じゃなくて、レギュラーに昇格して欲しいんですけど」
「お前が食いまくって売り上げあげたらどうにかなるんじゃね?」
「それで昇格するんだったら、あんだけ期間限定で売れてるチキンタツタがレギュラーメニューに復活しない訳を言ってください」
「鳥を揚げるためのフライヤーが他のメニューで満杯だからだろ?」
「うわっ、すぐに解答きた……」
そんなたわいもない話をしながら完食した。会計をすませて店から出る。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした。それにしても、キムチもいいけど、まぶしもよかったな。次からはあれ頼もうっと」
「え、そんなに頻繁に行くんですか?」
「あぁ。バイトの帰りでちょっと小腹が空いたときに行くぞ。お前はバイトやってないの?」
「俺は……最近辞めちゃって」
マスターからの連絡が来てからしばらくして、俺はバイトをしていたコンビニをやめた。もし仕事中に襲われたら、商品どころか周りにいる同僚やお客さんに甚大な被害が出ることになるからだ。
かといって被害が出ないように結界を張れば、その代償として戦っている間、お客は来なくなってしまう。しかも長期戦になってしまえば、その間の損害額は大きな物になる。こちらの都合でそんな迷惑はかけられない、と判断しての決断だった。
「ふうん、そうなんだ」
新庄先輩が興味なさげにつぶやいた瞬間、変な衝撃を感じた。思わず後ろを振り返る。
「どうかしたか?」
「あ、えーっと、すいません。先輩は先に帰っててくれますか? ちょっと用事を思い出したんで……」
自分でも今の様子が不自然なのはわかってる。当然、新庄先輩も怪訝な顔をした。しかし疑問に思って追及してくることはなく、あっさりと許してくれた。
「そっか。わかったけど、ちゃんと帰ってくるんだぞ?」
「はい、もちろんです。今日はありがとうございました」
俺は新庄先輩にお礼を言うと、さっき歩いた道をダッシュで戻っていった。
「あー、やっぱりだ」
俺がライブ会場に戻ってくると、そこには人の姿が全く無かった。大量にいた香上のファンも、本来いるはずの警備員もだ。
今が深夜ならおかしくないが、時刻は午後8時18分。ライブが終わってから40分程度しか経ってないのにこの様子は異常だった。
何も無いはずの空間を叩く。すると壁を叩いてるような感触があった。
「やっぱり結界張ってんな……。入れるのか?」
足を踏み出すとあっさりと敷地内に入れた。マスターの言っていた通り、本当に「プレイヤーだけしか入れない」ようだ。
結界内に入ってしばらく会場の周りをうろうろしていたが、誰もいない。どうやら戦っているプレイヤーは場内にいるようだ。
「鍵は……開いてるな」
ガラスの扉を開けて場内に入る。プレイヤー以外誰もいないのに、場内の照明が一切おちてないのがなんだか不気味だった。
「にしても……何の音もしないな……」
戦っているのなら、何かしらの音が起きててもおかしくないんだが……考えられるのは3つ。
①もう終わっていて捕食中
②片方が逃げ回っていて、戦闘状態になっていない
③同盟を組もう、とか話し合いになっている
「まぁ、どうせなら戦わずに済みそうな1番がいいけど……」
それなら先輩に断って来るなよ、と言う話なんだけど、めんどくさいことはさっさと終わらせた方がいいじゃん。俺はさっさと普通の日常に戻りたいの。
そんなことを思いながら、のんびりと歩いていたら、横の通路から誰かが突っ込んできた。
「いたた……」
「きみ! 大丈夫?」
ぶつかってきたのは意外な人物だった。
「あれ、香上春香?」
香上は俺の声なんて聞いていない様子で、焦りながら言った。
「なんでこんなところに子供が……。きみ、早くここから逃げなさい!」
え、子供って俺のこと……?
「い、いや、あのー?」
俺はすぐに反論しようとしたが、香上は聞く耳を持たずに向こうへ走り去っていった。
「……こ、子供って……」
久しぶりに面と向かって言われたな……。やっぱり精神的にくるものがあるな……。
若干ショックを受けつつ立ち上がると、香上が来た通路から「カタカタ……」と車輪が地面を捉えるような音が聞こえた。どうやら正解は2番だったようだ。俺はベルトを緩めた。
「一応変身しとくか……。デ・コード、ヴェアヴォルフ」
すぐに体中に変化が現れ、尻尾も生えてきた。
「うぐっ……がっ……うぅぅっ」
どうにか変身完了。しかし慣れないなこの感触……。一生慣れない気がする。
そんな時、ようやく奥から音の発信源が現れた。首無し馬に引かれた馬車に乗った骸骨だった。
骸骨は俺に気づくと、哀れむように首をふった。
「おやおや、予期してない来客だね。それにしてもこんな子供まで参加させられているのか……。渡し人は残酷だなぁ」
……さっきの香上といい、この骸骨といいどこに目をつけてんだ……! 思わず俺は絶叫していた。
「俺はとっくのとうにもう成人しとるわ!!」
ーーー
俺は忌々しいことに「童顔」とよばれる顔つきだ。身長は低くない、むしろ176cmと平均より高い方なのだが、酒を買いに行くと必ず年齢確認は受けるし、大学の授業が遅くまであった帰りに警官に止められたこともある。
運転免許証をさっさととったのはそれ対策の意味もある。わざわざ酒買うのに保険証見せるとか大げさすぎるから。
ずっと変身姿を「不格好」とか「もう少し狼らしくなれよ」とか言っていたのは圧倒的に見た目と顔がアンバランスだからだ。顔隠せばかっこいいんだけどなぁ……。
ーーー
「うりゃあぁぁ!」
馬車に突っ込んでいった俺は真っ先に車輪を切り落としにかかった。
自分の足で歩いてないということは、本体の動きはのろい、もしくは馬車がないと動けない可能性が高い!
俺の爪は右の車軸をしっかりと捉え、そのまま切り落とした。そして右側の車輪を失った馬車はバランスを失い、倒れた。
「おっとっと、危ないねー」
そう言いながら骸骨は馬車が倒れる前に軽やかに脱出した。ちっ、そのまま下じきになれば良かったのに。しかも今の動きを見る限り「動けない」予想は大外れのようだった。
そんな中、骸骨は馬車の残骸から大きな槍を取り出した。スピアではなくランスの方だ。
「元気がいいね、狼くん。でも邪魔はしないで欲しいなぁ!」
そう言うと、骸骨は槍をこちらへ投げた。
「そんなデカいの、簡単に受けるわけないだろ!」
軽く跳ねて、槍の軌道から離れた。すると槍が避けた方向へと軌道を変えた。
「えっ!!?」
神の贖罪パターンかよ! 大慌てで飛んできた槍を再び避けようとしたが、今度は飛ぶ前に槍が軌道を変え、俺が飛ぼうとした方向へと突っ込んできた。
(なんでこっちに飛んでくんだよ!)
今度は避けきれず、槍は俺の体を貫いてそのまま壁に釘付けにした。
「ぐはっ……」
「ふぅ。ようやく動けなくなってくれた」
満足そうに頷くと骸骨はもう1つ残骸から槍を取り出し、香上の走っていった方へ歩いていった。
「ま、待て……!」
無理矢理引き抜こうとしても、槍は全く動かない。次第に口の中に血の味が広がっていく。骸骨は振り返るとニンマリと笑っていった。
「安心しなよ、忘れたりして腐らせたりしないから。あの子を食べたらすぐに戻ってくるからね」




