解散、静寂、悲劇開幕。
「みなさん、お疲れ様でしたー!!」
無事ライブを終えた私は舞台裏で待っていてくれていたスタッフのみなさんとハイタッチをかわしていた。
「いやー、シビれたよ。それにしても本当に歌うまくなったなー!」
「ありがとうございます! でも、こんなに歌えたのはみなさんのすごい演出と演奏のおかげでした!」
思わず頭を下げた。
「おいおい、別に頭下げるほどじゃないよ。これが俺らの仕事なんだから」
「ははは、でも頭下げられて悪い思いはしないな。ありがと」
そう言われながら頭をがしがしと撫でられる。一見雑な扱いだが、私はその雑さがちょっとだけ嬉しかった。
「春香ちゃーん、ちょっといいかなー?」
奥の方で照明係の鷲崎さんが手招きしている。
「どうしましたかー?」
話を聞くと、これから行う打ち上げの出欠確認をしているそうだ。
「で、春香ちゃんはこの後大丈夫?」
「あ、すいません。私、本当の方の未成年なので時間の方が……」
来年の今頃だったら、19になってるから関係なくなるんだけどなぁ……。お酒はまだまだ飲めないけど。
「あーそっかー、……一次会だけでもダメ?」
近くにあった時計で時間を確認する。時間的にはまだギリギリ行けそうではある。
「んー……もしかしたら途中でぬけちゃうかもしれないですけど……それでもよかったら」
「ほんとかい! ありがとう!」
他の人にも聞かなきゃいけないから、と鷲崎さんは別のスタッフさんに話しかけにいった。嬉しそうな後ろ姿を見ながら私はふと思った。
(そういえば、こうやってスタッフのみんなと打ち上げをするなんて、初めてだな……)
ーーー
「小鳥遊ー、そろそろ帰るぞー」
「あいさー」
香上がステージを去った後も、会場内は未だに余韻を引きずるファンで溢れていた。そんなファン達の間を縫うようにして、俺たちは出口を目指した。
「それにしても、やっぱり生で聞くのは違いますねー」
「ん? もしかして今回のでファンになっちゃったか?」
「それだけはないです」
歌がいくらうまくても、あの性格でアウトです。
「つまんねーやつだなー」
新庄先輩は苦笑した。でも、なんと言われても無理な物は無理なんです。
階段を降りてすぐの所にあった物販のブースは全商品が売り切れたらしく、もうあらかた片付けられていた。
「やっぱりライブ終わりには完売してましたね」
「……俺はお前が原因の1つだと思うけどな」
「んー、……否定できないですね」
だって、買ってる時に店員さんが在庫とりに走っていったもんな……。パンフレット50冊なんて、大人買いとか箱買いの域を超えてるもん。
「しかし、お前やさしすぎるよなー」
「は?」
何を突然言い出すんだこの人。
「いつもツンツンしていてとっつきにくい印象なんだけど、結局頼みは大抵聞くし、先輩には付き合ってくれるし」
うわぁ、なんかめっちゃ恥ずかしい。そんなこと本人の前で真顔で言わないでください!
「だからああいうことになっちゃうんだよ。周りから白い目で見られるほど買いものする羽目になるとか」
「う……」
……そうもってきますか。一度持ち上げてから叩き落とす、と。
「そんなに相手の期待に応え続けようとしたら、いつか倒れちまうぞ? たまには断る勇気を持つことも大事だぞ?」
「……大丈夫です。そんくらいの勇気は持ってますから」
「だったら今回のやつも断っとけよ」
「いや、今回のは断ったらとんでもないことになりそうだったんで……」
たぶん断ったら、寮の男子半分以上を敵に回すことになったと思う……。だってこの間香上のことを「どうでもいい。どっちかと言えば苦手なタイプ」と言った瞬間にみんなから睨まれたもん。
「ん〜、確かにそうだな……。すまん、お前の言うとおり今回の件は断らないのが正解だったな。宅急便もあったし」
「逆に言えば、宅急便があったからあんなとんでもない量になった気もしますが」
「言えてるな」
新庄先輩は真面目な顔をして頷いた。
ーーー
ある日、私は弁当屋のバイトでテレビ局を訪れていた。本来なら届ける側ではなく届けられる側なのに……。
「すいませーん、ここにお弁当並べれば良いですか?」
「ああ、そこら辺に置いてくれればいいよ」
ADから投げやりに指示される。こういう仕事を任せられるのは大抵新人だ。私はあんたよりずっと前からこの業界にいるのに……! そんなフツフツとわく怒りを抑えながら私は弁当を長机に並べていった。
その帰り道、とはいえまだ局内。私は椅子に座ってプロデューサーと一緒に話している明石を見つけた。どうせ後輩の売り込みでもしてるんだろう。そう思ったとき、意外な言葉が聞こえた。
「香上はダメですか?」
思わず隠れた。なんで私の名前が? 言うこと聞かないからって、仕事を減らしてんじゃないの?
「春香ちゃんねー。あの子見てくれは良いけど、ワガママで自分のことしか考えてないからめんどくさいんだよなー。同じキャラでも素直な子は他にもごまんといるし。それだったら香澄ちゃんの方がいいよ。彼女、持ってこれないの?」
「いや……たぶん大丈夫です。社に戻って確認してみます」
「そうか。じゃ、頼むよー」
そう言って、プロデューサーは満足そうな顔をして席をたった。対して明石の顔は浮かない顔だった。その様子を私は茫然と見ることしかできなかった。
明石が席を立った。私は彼がこちらに来る前に走ってその場を離れた。
ーーー
「あぁーっ……」
私は大きく体を伸ばすと、長椅子に倒れこんだ。楽屋に戻って私服に着替えたら、突然疲れがどっとでてきた。きっとライブのハイテンションでドーパミンが大量に出てたんだろうな……。
「お疲れ様、春香ちゃん」
明石さんがノック無しで楽屋に入ってきた。
「あ、お、お疲れ様です!」
慌てて起き上がり、直立不動になる。
「いいよいいよ。座ったまんまで」
「あ……、じゃあお言葉に甘えて……」
今度はきちんと座る。いくら疲れてても、あの姿を見せるのはみっともなさすぎる。
「今日は本当にお疲れ様。楽しかった?」
「はい……。なんか終わった今でもふわふわした感じで……夢みたいで……本当に明石さんのおかげです……。ありがとうございました」
「僕はそんなに感謝されるようなことなんかしてないよ」
「いや、社長から聞きました。『6枚目のシングルとライブをすることになったのは明石が熱心に訴えたからだ』って」
あの社長……、と明石さんは苦々しくつぶやいた。照れ臭いのだろう。
「でも、この結果ならきっと明石さんの面目は上げられましたよね?」
「君はそういうこと考えなくていいの」
「はーい」
お互いに自然と笑顔になる。
「これからもお願いしますね、明石さん」
「これからも……ねぇ」
明石さんが突然真顔になる。あれ、なんか変なこと言ったかな……。
「春香ちゃん」
「は、はい!?」
明石さんがメガネをとり、レンズを拭き出した。
「残念だけど、『これから』はもうないんだ」
「え……?」
メガネを掛け直すと、明石さんはズボンから白い玉を出して床に落とした。
「書いてあっただろ?『最高の舞台を経験して美味になった者の肉をいただく』って」
そう言って笑った明石さんの顔はまるで悪魔のように見えた。




