熱狂、熱唱、喜劇開幕。
「えーっと、あとうちわBを15本とファイルA29個とファイルB32個と……」
「……いっぱい買うんだな」
「仕方ないじゃないですか、みんなから頼まれたんですから……よっと」
会場に入ってすぐ、俺と新庄先輩は高垣荘の寮生から頼まれたライブ限定グッズを買いに行った。今はネットで一覧が見れるらしく、行く前に「買ってきてほしい物リスト」を作って渡してきたのだ。ほんと便利な時代になったよねー。
……でも、なんで俺の方に注文が集中してんだよ。余裕で新庄先輩の3〜4倍近くは買ってんぞ。しかもレジの売り子さんだけでなく、周りの人からもドン引きされてんだけど。
「お前の方が頼みやすかったんじゃねぇの?」
そんな周りの様子を見て、新庄先輩がおかしそうに笑いながら言う。
「なんでですか。先輩だって基本フレンドリーじゃないですか」
「いや、いくらフレンドリーな先輩でも『これ買って来てください』って頼むのは気が引けんじゃないか? それだったら同級生のお前に頼む方がずっと気持ち的にも楽だ」
「そういう物ですか?」
「そういう物なんだよ、きっと」
「お会計、147980円になります」
「あ、はい」
財布から1万円札を15枚とりだし、レジ担当のお姉さんに渡す。その様子をみて新庄先輩が冷やかしてきた。
「お? 金持ちだねぇ」
「これ、俺の金じゃなくて、あいつらの金ですから。預かってきたんですよ」
「そのくらいわかってるよ。にしてもこんなに買ってどうすんだ? 持ち運べないだろ」
「大丈夫です。宅急便頼みますから」
宅急便サービスも併設してあったので早速利用。というか併設してることを聞いてなかったら、泣きつかれても問答無用で断ってた。
「届けるのは明日でお願いします。時間は……学校があるから午後5時〜6時ぐらいで」
申し込みを終えると、新庄先輩が話しかけてきた。
「それにしても、お前運いいよ。普通こういうライブの物販って、宅急便なんて併設してないからな」
「……マジですか」
じゃあ、今度からは絶対に断ることにしよ……。そんなことを考えてるとライブの開始時刻が近づいてることを伝えるアナウンスが流れ始めた。
「じゃあ小鳥遊、そろそろ戻るか。用はもう済んだなー?」
おつかいメモを見直して、落としがないことを確認する。たぶんライブが終わる頃には売り切れてるだろうから、買える今の内に見直しとかないとね。
「えーっと……これも買ったしあれも買ったし……たぶんもう大丈夫です。その前にトイレ寄ってもいいですか?」
「いいぞー。じゃあ先に席行ってるからなー」
新庄先輩と一時的に別れてトイレに向かう。その道中、眼鏡をかけた男性とすれちがった。
「ん……?」
なんか首元がざわつく感じがして思わず振りかえる。しかし男性は立ち止まらず、スタスタと関係者用通路へと入って行った。
「……気のせい、だったかな……?」
ーーー
「あーっ、もうすぐ本番だぁー!」
私はスタンバイ位置でとにかく叫んでいた。だって人の字食ったって何もならないもん! 緊張とけないもん!
「大丈夫かー? 春香ちゃん」
ドラムの人が心配してか、冷やかしかどっちかわからないが、声をかけてきた。
「大丈夫です! 春香はやる気マンマンですから!」
緊張してても、自信がなくても、カラ元気でいいから突っ走る。それが今の私のポリシー。声出しはそのための準備運動だ。
場内が暗転し、モニターに映像が流れ始める。スタッフの人が2週間という短い制作期間で作り上げてくれた力作だ。
「は・る・か! は・る・か!」
場内からの私を呼ぶ声が大きくなる。私はマイクが繋がってることを確認して、登場口からステージへと駆け出した。
「みんなー!! 春香がやってきたぞぉー!!」
飛び出した瞬間、会場全体から歓声が飛んだ。そして演奏が始まる。
「3・2・1・GO!!」
最初に歌うのは4枚目のシングルの表題曲「ロケットガール」。私が歌ってきた曲の中でも1位2位を争うほどハイテンポな曲で、深夜の物であるがドラマの主題歌にも使われたおかげで、そこそこの順位に入った。
「大気圏軽く突破しって、どこまでも遠くへ飛んでゆっけ!」
この曲を最初にもってきたのは、みんなのテンションを上げるためでもあるが、正直言うと、それ以上に後半にこれを歌うだけのスタミナが残ってるかどうか心配だったからだ。情けないけどね……。
ーーー
「ロケットガール」が終わると、思わず耳を塞いでしまうくらい大きな「春香コール」が起きた。
「みんなー! 今日は春香のライブに来てくれてありがとー!!」
香上がステージ上で叫ぶ。それにファンも大きな歓声で応えようとする。
「今日はもう歌いまくって、みんなを春香色に染めちゃうから、覚悟してねー!」
別に染められなくてもいいんだが……。まぁ、アンチがいるなんて、あっちも思ってないだろうし、仕方ねぇか……。
「早速、次の曲いっちゃうよー? みんなぁ、合いの手よろしくぅー!」
……合いの手? あぁ、あれか。すぐに思い出した。すると「ロケットガール」とは違う、ふんわりとした明るめの音楽が流れ始めた。
「季節なんて関係なーい、食べたい時に食べれればいいじゃん?」
「いちご! みかん! ぶどう! レモン!」
「値段なんて気にしなーい、気が済むまで食べればいいじゃん?」
「う〜〜〜っ、パァーラァー!!」
1階の立ち見席ファン、猛ハッスル&大絶叫。……うん、でも未だに歌詞の意味がわからん。作詞のやつ、何を思ってこの曲書いたんだ? やっつけ仕事にしか思えない。
あと合いの手。レモンなんて酸っぱいだけじゃん、フルーツというより調味料に近いじゃん。なぜ採用したよ。3文字のフルーツならまだあるだろ、ピーチとかキウイとかさ。ただ……ノリノリなんだよな、やってる応援団は……。
そこらへんは横に置いといて、注目すべきは香上の歌唱力だ。こんなツッコミどころ満載の意味不明曲でもなんか「香上が歌ってるならいいか」と受け入れてしまっている自分がいる。CDで聞いた時は全然そう思わなかったのに。
世の中には「CDやMVではなく、生で見た方がいい」といわれる歌手やバンド、グループが何十組もいるが、香上もその内の1人だと断言できる。完全に聞いてる人を自分の世界へと誘っている。
「すげぇな、本当に……」
俺はぼそっとつぶやいたが、そのつぶやきはファンの歓声で一瞬の内にかき消された。
ーーー
楽しかったり、無我夢中で過ごす時間は、自分の思っているよりも早く過ぎてしまう。このライブもそうだった。
「次が、このライブ最後の曲になってしまいましたっ!」
客席から「えーっ」という声が聞こえる。でも仕方ない。楽しい時間はいつかは終わってしまうものだ。でも……
「みんなが春香と過ごしたこの時間を永遠に覚えてくれるように、この曲を歌います! 『忘れないで』!」
この曲は私の「バカみたいに明るい」キャラとは程遠い、ちょっぴり暗めで、昔を懐かしむ歌だ。
「どーんなに、頑張っても、認めてくーれない、つーかれ、果てーても、成果を出ーしても」
でも、私はこの曲が一番好きだ。本当の自分を嘘偽りなく言っている気がして。
「先輩には叱られて、後輩からは侮られて、私が思っていた、理想の姿はどこ?」
最初は「期待の新人アイドル見参!」と事務所も大きく宣伝してくれた。しかし、かけたお金が戻ってくるほどの人気は出なかった。そのうち事務所は私に見切りをつけたのか、後からデビューした後輩達の方に力を入れ始めた。
「あの時ー、あなたはー、気づかぬふーりをして、私を励まそうとーしてくれてたのに」
そのうち、アイドルを辞めてバラエティタレント一本に、さらに清純派からウザカワイイキャラに方向転換してそれを売りにしようという話が出てきた。明石さんは「これをチャンスに這い上がろう」と言っていたけれど、私は嬉しくなかった。自分の描いていた理想のアイドル像を「お前にはできない」と全否定されたような気がして。そして反発し続けて、思いつく限りの暴言を吐いた。
「あの日、わーらいながら、言ってくれたことーば、気づかぬ内に、私を助けてた、なのに私は、自分のことしかー見てなくてー」
事務所の提案を無視して今までと同じように活動していたら、次第にスケジュールに余裕ができていき、生活のためにバイトを入れる量も増えていった。それを自分の実力がないからではなく、事務所の所為だと私は責任転嫁していた。そんな時だ、あの姿を見たのは。
うちわは本来「○柄」と数えるのですが、そんなのは普通に知ってる一般常識なわけないので「○本」と書かせていただきました。ちなみに、自分が行ったライブの物販で宅急便が併設されていたことは一度もありません!←なら書くなや
「喜劇」と言いながら、最後は香上の暗ーい裏話で終わりました。この裏話は次回にも続いていきます。




