開演するは喜劇か悲劇か
「……なんだこれは」
「何って、うちわだよ、うちわ」
ライブ当日。出発しようとしていた俺に安藤から手渡されたのは「春香ちゃんLOVE」とデカデカと派手にデコレーションされたうちわだった。
「ジャニーなライブとかでよく見るだろ? あれだよあれ」
「いや、それはわかるんだが……」
これをどうしろと? 無言で返却する。
「簡単だよ。振ったり胸の前に持ったり」
「なんでそんなことしなきゃいけねぇんだよ……」
「だって、きっと今回のライブはDVDになるはずなんだ。だから俺の分までそれを持って、目立って、しっかり写って来い!」
と言って、安藤は再びうちわを押し付けてきた。そして俺はそれを……
「えい」
ぶん投げました。はるか彼方に。
「何やってんだー!?」
安藤が慌てて拾いに走る。その隙に俺はさっさと寮を出た。
ーーー
「おーい、こっちこっちー」
会場の最寄り駅に着くと、改札口で新庄先輩が手を振って待っていた。新庄先輩は学校から直で来ていたので、俺よりも早く着いたようだ。待たせていては悪いので、走ってそこに向かう。
「すいません、安藤のやつに引っかかって……」
「いいよいいよ。悪いな、興味ないのに付き合ってもらって」
「……わかっちゃいました?」
「わかるも何も、ああいう女、お前苦手じゃん。どうせ安藤とかに丸め込まれて引かされたんだろ?」
ええ、そうですよ。……それにしても、なんでこんなに俺の女の趣味ってばれてんだ?
「だってお前、気に食わない女子が喋りだすと途端に無口になるじゃん」
あー、そうかも。とにかく話を早く終わらせる方法とか考えてるし。
「代わりに、好きな女子はわかりにくいんだよなー。ちなみに芸能人だと誰が好きなんだよ」
「……今話すことですか、それは」
「うーん、違うな」
新庄先輩は笑いながらあっさりと話を切り上げた。ここが安藤と違う所なんだよなー。引き際を知っている、というか。
「でも、いくら気に食わない女子のライブだとしても、行くからにはちゃんと楽しんでくれよ?」
「それは大丈夫です。単純にライブとしては楽しめると思ってますから。歌うまいのはわかってますし」
駅を出ると早速ライブ会場が見えてきた。
「こうあらためて見るとでかいですね……」
「その気になれば3万人ぐらい余裕で収容できるからな。でも、今回のライブ、最初は半分ぐらいしか用意してなかったらしいぞ?」
「そうなんですか?」
最初からチケットの数が少ないんだったら、そりゃ1分ぐらいで終わるわな。
「いやいや『最初は』って言っただろ? CD発売後のあまりの反響のよさに、販売直前に1万席分ぐらい増やしてんだよ」
い……1万!? ってことは合計2万5千だろ。それが1分で……!?
「片付いちゃったんだよ。もし増やしてなかったらそれこそ10秒もかからなかったかもしれない」
いやはや、そこまで……。恐るべし、香上春香。というか事務所よ、見通し甘すぎるだろ。
「あ、そういえば、なんで先輩はそれ使って女の子誘わなかったんですか?」
「お前、それ聞くか?」
新庄先輩が苦笑して言う。
「だって香上って去年の『女子が嫌いな芸能人ランキング』TOP10に入ってるやつだよ? 誘い文句には適さないって。だったら喜んでくれる可能性が高い方に使うに決まってるじゃん」
……確かに。激しく納得。
「結局、喜んでくれない男に渡っちゃったから同じような物だったけどな」
「ははは……」
俺は曖昧に笑って返した。当たってるから否定もできないし……。
会場前につくと、そこはすでに異様な雰囲気を醸し出していた。
まず、いい年をした大人たちがピンクのハッピを着て何か叫んでる。
「いちご! みかん! ぶどう! レモン! う〜〜〜っ、パァーラァー!!」
「……えーっと、あれは……?」
「ん〜? ……ああ、あれだ。デビュー曲の合いの手の練習だよ」
あー、合いの手。なんか安藤が練習しとけ、とか言ってなんか色々と書かれた紙渡してきたのあったな。ろくに見ずに捨てたが。
「ああいう人達ってヤバイんですよね? 周りの人のこと考えずに光る棒振り回したり、ライブ中にかかわらず殴り合いの大げんかを始めたりとか」
「それはごく一部の非常識かつ、自己中なやつだけだ。全員が全員そうじゃないぞ。というかそういうやつらのせいで肩身がものすごく狭くなった、って1番憤慨してるのはああいう真っ当な活動をしてる応援団だからな」
……なんか一緒くたにしてすいませんでした。彼らにも彼らなりのプライドがあるんだな。
「でも、よく知ってますねそんなこと」
「いろんな所に足を運んでると、色々学べるもんなんだよ。お前も勉強ばかりに気を取られて、寮と大学の往復だけやってるんじゃなくて、法に触れない程度にいろんな所を見るといいぞ。オススメだ」
「……了解。でも法に触れない程度って」
「脱法ハーブとかはやるな、ってことだよ。あと世界にいけばこっちから見ればビックリするような理由で逮捕されるパターンもあるからな。シンガポールだっけ、あそこはガム持ってるだけでアウトだから」
「ああー、それ何かで聞いたことあります」
確かキレイな景観を維持するための法律だった気がする。そういえば、落雷で壊れたマーライオンは直ったのかな。
「もうそろそろ入り口だから渡しとくぞ。ほい」
新庄先輩からチケットを受け取る。俺らが座るのは2階席のようだ。
「1階と2階ってなんか違うんですか」
「値段と、席が確実にあるかないかの差だな。基本、アーティストを間近で観れるほど値段があがるんだ。あと、席があると動きにくいから、さっきの応援団みたいな人達は1階の立ち見席で見るな」
入り口の近くに来ると警備員がメガホンを使って案内をしていた。入り口には早くも行列ができている。
「はい、こちらで荷物の中を確認しますので鞄の方を開けてくださーい」
「……珍しいな」
新庄先輩が鞄を開けながら呟く。
「え? ただの手荷物検査じゃないですか」
「いや、警備員の数が違う。それに金属探知機みたいなのも持ってる」
見ると、入口にいる警備員の中に、黒く丸い物が先端についた棒を持っている人が何人かいた。恐らくあれが探知機だろう。どうやらこの行列は念入りな検査も原因らしい。
「いつもは使わないんですか?」
「普通使わねぇよ。それにいつもは入口1つにつき警備員1人でやってる」
「へぇ……」
今、入口1つにつき、警備員が3人はいる。
「じゃあ今は厳戒体制、ってことですか」
「そういうことになるな……」
ライブ前になにかあったのだろうか。
ーーー
「うわぁ、すごい……」
舞台袖からこっそり中を見ると、どんどん席が人で埋まってきていた。
「そうだね、感慨深いよ」
明石さんが後ろからやってきた。
「あ、明石さん。お疲れ様です」
「まさか春香ちゃんが、こんな観客いっぱいの中でライブをするなんて、思ってなかったからな……」
明石さんがメガネをとって目を拭う。それでも心なし潤んでいるように見えた。
「……そうですね」
確かに、こんな大きな場所で、しかも満員のファンに見守られながらライブをすることなんて思ってもなかった。半年前までだったら、もっと小さい会場でも半分くらいしかお客さんが入らなかったのに。
理想は理想でしかない、と目の前の現実だけを見るようになったのはいつからだったっけ……。本当にこの約1ヶ月の間に景色ががらっと変わった気がする。
「これが自分の力だけでできてたらな……」
「ん、何か言った?」
「い、いや、何でもないです!」
「春香さーん、そろそろ衣装の方よろしくお願いしまーす」
奥からスタッフさんが呼ぶ声が聞こえた。
「あ、はーい今行きまーす! じゃあ、明石さん、また後で!」
「ああ、頑張ってこい!」
明石さんに背中を押されつつ、私は衣装に着替えに行った。




