予習と疑念と自己嫌悪
『春香〜、これ、ホントーにすきなんですよ〜』
……。
『ガングロなんて、今はもうそんなの絶対ありえないですよぉ〜。というかそもそも何でしてたんですかぁ?』
…………。
『春香のかわいさに、悩殺されちゃいました〜? ウフフッ♪』
……………………。
「おーい、小鳥遊ー。怖い顔になってるぞー。お前がこういうタイプは苦手だって知ってるけどさー」
……あれから俺は安藤監修の「これだけ見れば香上春香ちゃんの全てがわかるDVD」を見せられていた。簡単に言うと、香上が今までに出たバラエティ番組の名場面集だ。それを見た結果……「歌はうまいけど、それ以外のことは何も考えてないバカ」という印象が俺の中に落ち着いた。
「お前なぁ、他になんか言い方ないのか?」
「ない」
「一言でまとめるな、うっとうしがるな、もう少し人の評価ってもんを……」
「うるさい。いいからCDよこせ。あとライブのDVD」
「……聞く耳持たずってか。はいはい。あとライブのDVDはねぇから」
そう言って安藤はCDの束を俺に渡した。
全く……「香上の曲知らないから持ってるもの貸して」って言ったら「歌だけじゃ春香ちゃんの素晴らしさはわからん!」とかいって強制的にDVDを見せてきやがって……。ファンってみんなこうなのか? ……単なる腹いせな気もするが。
自室に戻ると俺は早速、香上のCDを次々にプレイヤーに放りこんだ。ヘビーローテーションだ。
数十分後。俺はプレイヤーの前で固まっていた。
「……これ、本当に同一人物なのか?」
何言ってんだ、と言われるかも知れないが、本当に何か違うんです。香上の出してるCDはアルバム含め全部で7枚、合計23曲。正直、デビュー作から6枚目までは「下手ではないがうまくもない」レベルだったのだが、7枚目の「忘れないで」(=前話の失恋ソング)に入ってる曲は異常に良いのだ。なんか心の奥に訴えてくる物があるのだ。
しかし、たった1年でここまで変わるものなのか? 翌日、安藤にそこらへんを聞くと「きっと良い先生に出会ったんだろ。スポーツだってコーチが変わったら突然良くなったり、悪くなったりしてるだろ? それと同じようなもんだよ」との解答が得られた。
「そうだとしても、異常すぎないか? この突然のうまさ」
「練習は嘘をつかない、ってことだろ。それに無駄な力が抜けるだけでもプレーって変わるもんだぜ?」
……むぅ。現役野球部員のセリフだからやけに説得力がある。
「もっと言えば、あの子はいつか人気が出るって、見た瞬間に思ったからな」
そういって安藤は自慢げに香上春香のファンクラブ会員証を見せた。ナンバーは……まさかの一桁。
「……マジか」
「ふふふ、俺には先見の明があるんだよ」
「……ライブのチケットは取れなかったくせに」
「るせぇ」
軽く小突かれました。
ーーー
「……はぁ」
私は事務所の会議室でため息をついていた。
明日は初めての単独ライブ。本来なら今頃はこんなところで座っている場合ではなく、会場でリハーサルや機材の最終確認をしてなければならないのだけど……実はさっきまでライブを中止にするかどうかの話し合いが行われていたのだ。
なぜそうなったか。それは昨日、事務所に私宛で届いた1通の手紙がきっかけだった。
「最高の舞台を経験して美味になった者の肉をいただく」
明らかな犯行、殺人予告だった。そして内容からしてターゲットは私。最近、あるスポーツ漫画に関係するイベントへの妨害を予告する手紙が執拗に送られていることがニュースになっていたが、まさかそんな物が自分にも来るとは思ってなかった。
「春香ちゃん」
心配そうに明石さんが部屋に入ってきた。デビューからお世話になっているマネージャーで、さっきまで私の身の安全を考慮して、ライブの中止を社長に訴えていた。
「本当にライブ中止にしなくていいのかい」
「……大丈夫です。楽しみにしてくれているファンのみんながいますから」
私は犯行予告のコピーをびりびりに破り捨てた。
「それにこれはたぶんアレのせいだ。それだったらファンの人に被害が出ることは絶対にないはず……」
「何か言った? 春香ちゃん。そんな怖い顔して……。やっぱり中止にした方が」
え、あ、やばい。何か変なことを言っていたようだ。無意識って怖い。
「だーいじょうぶですよ! 春香はいつだってニコニコスマイルです!」
そう言って私は指を頬に当ててニカっと笑った。すると明石さんが諦めたようにため息をついた。
「そこまでいうなら……わかった。警備員の追加手配とか手荷物検査の強化とかはこっちがやっとくから」
「はい、ありがとうございます!」
「おいおい、頭を下げない! そもそもこれはこっちの仕事なんだから、春香ちゃんはライブでポカらないことを第一に考えないと」
ようやく明石さんがいつもの調子に戻ってくれた。これできっとライブの中止は回避できるだろう。
あとは私の問題だ。自分でまいた種は自分で刈らなければ。
「じゃあ、私はリハーサルしに会場の方に行きますね。バンドの方はもうあっちで待機してくれてますか?」
「ああ、もちろん。少し遅れることもあっちに伝えてあるから。それと、この手紙のことについては話してないから、絶対に言わないでよ」
「はい」
私は出来るだけ真面目な顔でうなづいた。
ーーー
「ん〜」
俺は香上春香の略歴を調べていた。
生年未詳。2月26日生まれ。千葉県出身。クラウンドロッププロモーション所属。「フルーツ☆パーラー☆パーティ♪」でメジャーデビュー。そして6枚目のシングル「忘れないで」が自身初のオリコン1位を獲得。
「えーと、いままでのシングルの順位は28位、46位、79位、35位、62位か」
そこから一気に1位にジャンプアップって……どう考えてもおかしい。なにかドラマとかCMに使われてたり、超有名なアーティストが同じ日に出してないなら辛うじて可能性もあったが、それはなかった。調べると同じ週にジャニーな事務所の7人組ユニットの新曲が発売されていた。ちなみにそれの順位は2位。「忘れないで」に押し出された格好だ。
「忘れないで」が発売されたのは前週。で、安藤によると香上は発売された翌日に出演したラジオ番組で「収録したのは1ヶ月前ぐらい」と言っていたらしい。普通、レコーディングというのは2〜3ヶ月前にするものらしく、今回の物はかなりの強行軍だったらしい。
話を元に戻すが、新曲のレコーディングを行った約5週間前というのはある出来事が起きていた頃に重なっている。それは、
「渡し人が無作為に魔獣の力を与えてた時期だよな……」
もし香上にも力が与えられていて、その結果急激に歌が上手くなったのだとしたら、
「って……深く考えすぎだよな。何でもかんでもラビッドファングにかこつけるなんて」
それを言い出したら、今絶好調の人全員にプレイヤーの可能性が出てきてしまう。安藤の言うとおり、彼女が影でしてきたいままでの努力が花開いたのかもしれないしな。
「あ〜もう、もしかして俺、2人食ったせいでおかしくなってんのかな……そうだったらやだな、なんか……」
俺は激しい自己嫌悪に襲われながら、パソコンの電源を落とした。




