争奪戦
「あの日、流したなみーだ、忘れないでって、叫んでたあなーた、元気にしてますか?」
「……いいよな、春香ちゃん」
安藤がぼそっと呟いた。
ここは高垣荘の食事スペース、通称「食堂」。そこにある大型テレビで俺は安藤や先輩達と黒いサングラスでお馴染みの名司会者の音楽番組を見ていた。今の曲は「別れた恋人に捧げるラブソング」っていうジャンルのやつらしい。簡単に言うと失恋ソングだろ? いちいち長くすんな、と思う。詳しい曲名? 知るかそんなもん。
歌っていたのは最近人気急上昇中、という新進気鋭の歌手兼アイドル「香上 春香」。
48だったり、娘。だったり、工房だったり、ストップだったり、とグループ勢が猛威を奮ってる昨今ではめずらしくデビュー当初からソロで活動しているそうだ。
「……歌うまいな、今の子」
「だろ? かわいいし歌うまいしもう最高だよ」
安藤がまるで自分のことのように嬉しそうに言う。うーん、ファン心理ってわからん。
「でも、デビューしてからもう3年くらいたってんだぜ」
「へー、意外だな」
最近テレビに出ずっぱりだから、ついこの間デビューしたばっかなのかと思ってた。というか、3年目でも「新進気鋭」っていうのか。
「おーい、みんなー?」
食堂の入口で樹里さんが呼んでいる。比留間先輩が俺らを代表して答えた。
「どうしたー、樹里」
「いや、新庄のやつが高垣荘にいる男達全員に自由スペースに集合してくれ、って言ってるんだけど」
「新庄先輩が?」
俺と安藤は目を見合わせて首を傾げた。
ーーー
自由スペース。その名称通り、会議・運動・ゲーム・パーティなんでもござれの大部屋のことである。ま、学校の多目的ホールと同じだ。そこに俺たちが入ると中にはすでにもう大半の男子寮生が集まっていた。
「何が始まるんだ?」
「森本、何か知らないか?」
「新庄って、なんか趣味でやってたっけ?」
……どうやらみんなも何があるのか知らないみたいだ。
「はい、おまたせー。みんな揃ってるか?」
数分後、呼び出した張本人が入ってきた。すると各方面から次々と質問が飛んだ。
「おい、新庄ー。いったいみんな集めて何始めんだよ」
「お前の自慢話ならぶっ飛ばすぞー」
「まぁ、待て待て。今から言うから」
新庄先輩はごほん、と咳払いして言った。
「えー、実は来週の土曜にある、香上春香のライブチケットが手に入りましたー」
新庄先輩がそう言った瞬間、部屋全体から驚きと羨望と悲鳴の混じった声がした。その様子に俺は呆気にとられた。
「……安藤、そんなにすごいのか? そのチケット……」
「すごいどころの騒ぎじゃねぇよ! 販売開始1分で売り切れたプレミアチケットだぞ!!」
開始1分でソールドアウト!? 確かにそれはすごい。香上って本当にすごい人気なんだな……。
「で、ここから本題なんだがー。これ、雑誌の懸賞で手に入ったんだけどー、この通り2枚あるんだ」
そう言って新庄先輩が懐から2枚のチケットを取り出す。
「1枚は俺が使うとして、残りの1枚が現時点だと無駄になっちゃうんだよ。で、ここにいる中から1人にあげようと思うんだ」
さっきよりもすごい歓声があがる。俺は思わず耳を塞いだ。
「本当にくれんのか!?」
「どうしたらもらえんだ!?」
「金ならいくらでも出すぞ!」
「あー、うるさいうるさい! 今から説明するから黙れ! 黙らなかったらこの場で破り捨てるぞ!」
その瞬間、部屋全体が静まりかえった。恐るべし、プレミアチケット。新庄先輩は静まりかえったのを見て、傍らに置いていた箱を取り出した。
「えーと、ここにくじがいくつも入った箱がある。この中に入れてるくじの中から『当選』って書かれたやつを引いたやつにチケットをやる。引きたいやつはここから1列に並べー」
すると部屋にいた8割が並びはじめた。みんな現金だ。俺はもちろん興味ないので部屋を出ようとしたのだが……
「あれ? 小鳥遊引かねぇの?」
安藤に捕まった。
「ん、だって興味無いし」
「いいから引いとけよ。引くだけタダだぞ?」
「別にいいよ。俺が引いたらお前が当たる確率減っちゃうじゃん」
「何言ってんだ。逆に上がるんだよ」
「はぁ?」
そんなわけ……と思ったが、思い当たる節を見つけた。まさかこいつ……
「お前、春香ちゃんに興味にないんだろ? もし当たったら俺に横流ししてくれよ。そうすれば事実上、俺は2枚引けることになる! つまり当たる確率も2倍!」
予想的中。そんなことしたら罰が当たって逆に当たらなくなる気がするんだが……。
「はい、小鳥遊」
そうこうしている内に森本先輩から箱を渡された。……仕方ない引いてやるか……。1枚引くと俺は横にいる安藤に回した。
「ほい、安藤」
「あいさー」
そんなこんなで部屋に残った全員にくじが1つずつ渡った。
「はい、みんな引いたなー? じゃあみんなオープン!」
新庄先輩の合図で一斉にみんな三角くじを開けていく。するとため息と悲鳴が上がった。はずれたんだろう。
「小鳥遊ー、当たったか?」
「いや、まだ開けてないけど。お前は?」
「……はずれた」
うん、顔色見ててなんとなくわかったよ。すると肩を掴まれがくがく揺らされた。
「小鳥遊! もうお前だけが頼りだ! 意地でも引けー!!」
「ゆ、揺らすなバカ! もう引いてるし! 開けられねぇから離せー!!」
安藤の揺らされ攻撃から解放され、俺は切り取り線に沿ってびりびりと紙を破る。くじの中には赤で「当選」の文字が……あった。
「小鳥遊ー! でかしたー!!」
当選の字を見た瞬間、安藤は抱きついてきた。
「てめぇ、気色悪いから離れろ! ぶっ飛ばすぞ!」
「お、小鳥遊が当たったか。前に来いよ」
新庄先輩に手招きされて壇上に上がる。うう……周りからの嫉妬の視線が痛いよー。新庄先輩がチケットを手にして言う。
「じゃ、小鳥遊にこのチケットを……当日渡します」
俺と新庄先輩以外の参加者全員が転んだ。うわぁ、コントみたい。
「いや、転売とかされたら困るからさ。あと小鳥遊、絶対に代打禁止だからな」
「は、はい」
安藤の方をちらりと見ると、安藤の後ろに「がーん」という岩でできた文字が見えた。……罰が当たったな。
「じゃ、今週の土曜日開けとけよ? 何かあったら訪ねてこい」
そう言って新庄先輩は部屋を出て行った。続いて他の人もがっかりしながら出て行ったのだが、安藤はショックのあまりその場に硬直したまま動かない。
「え、えーと、ドンマイ?」
「ドンマイじゃねぇよ、ばかやろー!!」
安藤が泣きながら(!?)渾身の右ストレートをくりだした。その拳を俺はあっさりと避けた。
気がついたらお気に入り登録が2件に増えて、評価点が追加されていた。「ささいなことじゃねえか」と言われるかも知れませんが、受ける方は嬉しいんです(笑)。感想、賛否両面から募集中。みなさんの意見がこれ以降の小説の展開を左右します( ̄^ ̄)ゞ




