前日譚
「おーい、小鳥遊ー。起きてんでしょー? 早く降りてきなさーい」
……うるさい。久しぶりの休日なんだからゆっくり寝させろ……。
そう思いながらも俺はしぶしぶ起き上がった。
ーーー
俺の名前は小鳥遊 信乃。一応大学生。性別男。生まれは熊本。最近は合コンで自己紹介するたびに女子から「くもモンいる県でしょ!?」と言われまくってる。注目を一気に集められるのは良いけど……正直ほぼ毎回言われるからうんざりしてきてる。結局俺の話よりもくまモンに集中しちゃうし。
去年、東京の大学にめでたく合格し、当然実家から通えるわけがないので、現在は「高垣荘」という学生寮に入っている。選んだ理由は寮長が毎日の食事を作ってくれるからである。その分家賃は他に比べて高いが、本来かかるはずの食費と比較すれば、ここで生活する方がはるかにお得だった。
しかし、1つ誤算があった。それは平日休日関係無く寮長の娘が朝早くに起こしてくることだった……。
ーーー
あくびをしながら降りてくるとその女が腕組みして待ち受けていた。
「あ、樹里さん。おはようございます……」
「何よ、その見るからに『まだ眠いんですけど』アピールは」
この人が寮長の娘、高垣 樹里さんである。俺の通っている大学の1年先輩でもある。
「休日だからいつもより10分遅く起こしてあげたのよ?」
そんなの大差ねぇよ……。と言いたいが、その瞬間シメられるのはもう分かってるから言わない。
「……納得してないみたいね」
なんでわかるんだこの人は。エスパーか? 女のカンか?
「とにかく、早く食べて準備しなさい。明日何があるのか、わかってるでしょ?」
あぁ、そうだ。明日から高垣荘に住む学生たちは海に行くのだ。「高垣荘で過ごすみんなとの絆を深めるための」毎年恒例の行事である。
だから休日なのにこんな静かなのか……。というか、毎年あるんだから前日に慌てて用意すんな、と思う。ま、2〜3日前に突然発表されるから仕方ないといえば仕方ないが。俺? もちろん準備万端だ。
「はいはいわかってますよ。そう言う樹里さんも、用が済んだならさっさと買いに行った方がいいんじゃないですか?」
「あんたに言われなくてもわかってるわ」
そういって樹里さんは玄関へと向かっていった。あの人、毎年あるのわかってるはずなのに前日になって慌てて準備するのだ。何年ここで暮らしてるんだほんとに。
ま、いいや。俺には関係ないし? さっさと朝食食べて二度寝するか……。
こんな生活が大学生活の間ずっと続くと思ってた。しかしこの旅行が俺の人生をおかしな方向に転がすことになるなんて……この時は思ってもなかった。