第6話
モンスターとは世界を喰らう闇そのもの、という設定からか、夜になるとモンスターの能力が強化される。
序盤からぼこぼこにしていたスライムでも、昼間なら一撃でHPを六分の一ほどというダメージだったのが、夜に戦うと五分の一くらいまで持っていかれた。
まぁ初日の話なので今はもう夜でもスライムぐらい余裕だろうが、夜中のモンスターというのは舐めてはいけない。
初日のスライム夜戦以来、夜は睡眠モードにあて、昼にのみ狩りを行ってきたので、夜に戦うのはかなり久しぶりだ。
「ボス前にモンスターは嫌だしなー……《魔除けの歌》」
その言葉を紡いですぐ、私の口から勝手に短い歌がこぼれる。ラーラーラーという歌詞もない、ただの鼻歌のようだが列記としたスキルだ。
本来ならスキルのあとに五秒間以上、なんでもいいから歌を歌えばスキル発動となるらしい。もっとも行動補助機能を私はつけているので、強制的に簡単なデフォルト曲の鼻歌になる。
これは吟遊詩人のスキルで、一定時間自分の基礎レベル以下のモンスターを寄せ付けないというものだ。
基本モンスターと出会って殲滅がゲームの楽しみ方となってる私にとっては、あんまり使わないスキルだけど。
「……よし」
無事にスキルを発動させ、手にした木刀を持ち直すと山の中へとさくさく進んでいく。
モンスターが出てくれば体力ゲージが表示されるので、それまではいつも通りの速さで山をかけることが出来る。
そして《魔除けの歌》を発動させているので、ゲージが出現したらそれはボスが出たということに他ならない。
まだこの山のモンスターと戦ったことはないが、麓の草原にいるモンスターが大ウサギなので、さほど森にいたモンスターと強さに差はないだろう。
ここの狩場で出てくるボスなら、たとえ夜でもなんとかいけるはずだ。
そんな風に楽観的に考えていたが、不意に耳に届いた音に体が固まった。
「……ばりばり?」
擬音にするならそんな感じだ。もうちょっと上のほうから、そんな……例えるなら木を叩き割るような音が聞こえてくる。
……そういえばデビルワームが倒木食べてるって、えーと、あの騎士の一人が言ってたか。
ゲージは出てきていない。ということは、十メートルよりは先にいる。だがすぐ近くにいるのは確かだ。
武器の木刀を握り締め、音の方向へじりじりと歩を進める。
ばりばりという音にあわせ、地面に軽い振動を感じ始めてすぐ、それは現れた。
「うわあぁぁ……」
まだ戦闘開始範囲に入っていないためゲージは出てこないが、局部的にハゲ山となっているそこに鎮座しているボスの姿は遠目からでも丸見えだった。
……でかい。とにかくでかい。でもってきもい!
そこにいたのは紫色のどでかい芋虫だった。
高さと横幅は一メートルほど、しかし長さは目測でも五メートルを優に超えている。
月明かりに照らされた体は明るい紫色で、カブトムシの幼虫のようなぶくぶく太り気味の芋虫だ。
見るからに毒持ってますよぉ! と言わんばかりのドギツイ体色もアレだが、顔部分がきもいに加えグロくて怖い。
芋虫の癖にハエみたいな無機質な複眼を頭の上部分に四つ並べ、ヘドロみたいな液体を垂れ流してるタイヤ大の肉壁丸見えのぽっかりした口の周りに、ミミズのような一メートル弱の触手が何百本と蠢いている、そんな感じの顔だ。
「こんなもんリアルでつくんなよぉ……」
思わず口からこぼれた声は若干泣きが入ってた。
リアルなファンタジー世界。それが売りなのはわかる。私だってそれに惹かれて買ったんだし。
でもこんなもんリアルにつくろうとか考えるか普通!!
うわあああ……きもいきもい! あの口周りの触手が特にきもい!! あのなんていうの? ぐにゅねりって感じのゆっくりと変な軌道で動くのが特に!!
私はファンタジーゲームを買ったんであって、クリーチャーゲームを買った覚えない!!
ううう……アレと戦うのかぁ……。
見るからに強そうだけども、それ以上に視覚からの攻撃が半端ない。たとえゲームでも感触がある以上、あれに近づいたり触ったりするのは物凄く躊躇われる。
だが初めてのボスだ。イベントだ。時間制限つきの。
ここまで来てやめるなどという選択肢はない。
決意を固め、キッときもい芋虫を睨み付けた。
「《心眼》」
狩人のスキルの一つで、モンスターやNPCのステータス情報を見ることが出来るというものだが、自分より基礎レベルの高い相手だと見れる情報が限られる。
スキルによって目の前に現れた画面に、自然と私の表情がきつくなった。
【デモンワーム(レベル37)
体力:???
魔力:???】
以下、ステータスの詳細に所有スキル、弱点箇所にドロップアイテムなど、全ての項目がはてなマークで埋まっていた。
レベル差が10以上あれば仕方ないけど……それにしても37か。予想以上に高い。
今の私の基礎レベルは14。職業は剣士で、職業レベルは10。でもって装備品は初期装備。
……なんか、明らかに今の段階で戦うべき相手じゃないって言うか、間違いなくあの騎士二人とパーティを組んだ上で戦うことを前提としたレベルな気がする。
でもだからってここで逃げるわけには行かない。
今、ソロで倒すしか私にはないのだから。
木の陰からゆっくりとデモンワームに近づくと、ゲージが出ないうちからその気色悪い顔を私へと固定させた。
範囲内に入ってないため戦闘にはまだならない。息がつまり、瞬きもできないほどの緊張を互いに感じているのがわかる。
もっともモンスターはそういう動きや雰囲気をプログラミングされているだけだろうが、そのモンスターの動きが尚更に私に緊張感を与えてくる。
一歩一歩と近づいていき……
「キイィイィィィィィ!!」
ゲージが現れると同時に甲高い雄叫びを上げてデモンワームが飛び掛ってきた。
あああああ近くで見ると本当に気持ち悪い!!
木刀をデモンワームの横面に叩きつけ、その勢いと共に後ろに飛んで距離をとる。
だがミミズのような触手は間髪いれず私を追ってきた。
「《風閃》!!」
木刀が一瞬白くきらめくと、私の体は勝手に動きを止めて、手にした木刀を横に一閃させた。
手ごたえも無く、まるで刃物で切ったようにこちらへと向かってきていた触手が切り落とされる。
鮮やかな切り口は血も出ず、他のモンスターと同じように黒い断面が……って。
「さ、再生!?」
斬られた触手が波打つように動くと、次の瞬間には切られる前と何一つ変わらない触手が生えていた。
……こ、これレベル10で覚えるスキルなのに!? 今覚えてる攻撃系スキルの中では一番威力高いのに!
モンスターのライフは《心眼》のスキルで確認する以外、今のところわかる方法を知らない。
しかしダメージを受ければ、受けたダメージの大きさとか残りの体力の割合とかで、モンスターのリアクションが変わる。
大ダメージならのけぞったり、派手に吹き飛んだりするし、残りの体力が少なければ負傷したような動作や動き自体が遅くなったりする。ちょっとしたダメージでもびくっと動いたりとか、多少なりの反応はするのだ。
なのにこの芋虫は切られたことさえ気にしてないように、あっさりと触手を再生して見せた。
ボ、ボスだから他のモンスターとリアクション違うのかなー? そうだといいなー……これがダメージにすらなってなかったら、ちょっと勝ち目が……。
「キイィィイ!!」
「っ《突風》!」
叫ぶと右手が勝手に突き出され、そこからデモンワームに向けて小規模な旋風が襲い掛かり、触手の何本かを再び切り落とす。
吹き荒れる風に飛ばされるように大きく後ろへと飛び、デモンワームの様子を伺えば触手はもう生えていた。
今の職業剣士だから魔法の威力はあんまりないけど……それにしても効かなさ過ぎる。
すでに魔力は一割ほど減っており、スキルを使っての回避が出来るのは数えられるほど。
かといって……真正面からアレに当たるのは正直怖い。見た目的にも、能力的にも。
再びこちらにつっこんできたデモンワームを《突風》でかわし、胴体横に回りこんでから二、三回ほど斬りつけ、再び逃げて距離をとった。
一応序盤ボスには違いないからか、動き自体は単純で攻撃を当てやすい。
触手の動きは気持ち悪いくらい素早いが、本体の動きはそれほどでもないのだ。顔が近づいたら逃げて、後ろに回って当てるという方法はわりかし楽にいける。
とはいえ剣士の職についているため、魔力はさほど多くない。
スキルを使えなければ触手から完全に逃げるのは難しいので、魔力の尽きがそのまま負けに繋がる可能性が高い。
かわしつつ小当てにしていくか、それともいっそ当たるの覚悟で大技を叩き込んでいくか……。
「ギイィィ!!」
「《突……げえ!!」
また来るだろう触手の一撃を避けようとしたスキルは、飛び出た絶叫にかき消された。
蠢く触手に囲まれた、開きっぱなしの口。
そこからひときわ太くて大きい、ピンク色の触手が飛び出してきた。
太ももほどの太さのソレは、掴んだら離さないとばかりに先端に鉤爪状のトゲがいっぱい付いていて、しかも他の触手より遥かに素早い。
まずっ――
「がぁっ!!」
逃げるよりもスキルを使うよりも早く、その触手は私の体を張り飛ばした。
軽く浮き上がった体はボールのように地面に叩き付けられ、体がワンバウンドする。
「っな、な……」
ゲームだから現実じゃないし死なないけど死ぬぞこれ!!
痛みもショックもないからすぐに立ち上がれたが、普通に生きてたらまず経験しないだろう視界に呆然としてしまう。
しかしその衝撃も視界に飛び込んだゲージを見た瞬間吹き飛んだ。
「……え!? うそ! 今での三分の一も体力減ってる!!」
ちょ、待って。強い、強すぎる。
慌てて《治療》を使うが全快まで行かず、合わせて薬草も食べてなんとか回復する。
だが、そんなこともう何回も出来ない。
《治療》はあと十回も使えない。攻撃をかわすためにスキルを使うことを考えれば、五回も無理だ。薬草も残り十三個と数がない。
あのピンクの触手はかわすのが難しい。ある程度距離があれば話が別だが、木刀が届くような近距離で使われたらスキルを使う前にまず当てられる。
……ある程度距離をとってスキルでかわすにしても、ダメージを食らって回復するにしても、そう回数は出来ない。
しかもこれまでの攻撃でダメージを与えられた形跡がまったく無いって言うのがさらにまずい。
どう考えても倒す前に自分の魔力も体力もつきそうだ。
「もしかして、これ逃げるべき……?」
このゲーム、ボス戦って逃げられるのかな……?
説明書にはある程度距離をとれば、モンスターは追ってくるのを諦めるとあったが、中には町や村に逃げこんでも追ってくるモンスターもいると書いてあった。
ガディオ村に逃げるのはストーリー的にアウトだろう、どう考えても。
というかそれ以前に逃げれるのかどうか……。
「ギジィ!!」
「ええい! 《突風》! 《風閃》!」
今度は上半身を持ち上げての頭突き、もとい押し潰しだ。
とっさに《突風》を放って動きを瞬きほど止める。そのまま横に飛んで上半身が地面に叩き付けられると同時に《風閃》を一撃。
しかし合いも変わらずダメージを受けた様子もない。
仕方ない、とにかくいったん逃げよう! 村方向に逃げなきゃなんとかなるはず……!
なんなら村から離れた遠くに引っ張りつつ、夜が明けるのを待ってからもう一度攻撃しても――
「……え」
背を向け走り出した瞬間。
背後からゴドンッという、鈍くでかい音が地響きと共に響き渡った。
物凄く嫌な予感にかられつつ、恐る恐る後ろを振り返る。
そこには、それこそカブト虫の幼虫のように丸まったデモンワームが……タイヤのごとく転がり始めようとしていた。
「んな!!」
まずい! あれはいくらなんでもまずいってわかる!!
転がるデモンワームは凄まじい速さで私に向かってくる。ここが山の傾斜面のせいもあるかもしれない。体感的には坂道を走る自転車ぐらいの速さはある。
逃げられない――そう判断した瞬間には、私の体は先ほどとは比べ物にならない勢いで跳ね飛ばされ、遠くの木へとぶち当たった。
痛くはなかったが、衝撃と背後からしためきっという音に顔を歪めずにいられない。
体力ゲージは今ので残り二割を切っていた。
「っぅ、《治療》!」
木に叩き付けられた体勢のまま、回復魔法をかけつつ、インベントリから薬草を取り出す。
しかしそのときにはもう、デモンワームは再び私の目の前へと迫っていた。
どこかの木にぶつかり、止まったらしい。視界の隅に派手に折れた木々が見えた。
のっそりと、これまでと同じように芋虫らしくにじり寄ってくる。
「ちょ、ま、待っ――!」
覆いかぶさる腐った肉のような口内。その口周りで蠢く何百という肉の触手。私を見下ろす無機質なハエのような目。
口から垂れ流している青緑のヘドロのような生温い液体が、太ももからお腹にかけて衣服を濡らしていく。じんわりと染み込むべとべととした感触と、生ゴミと下水を混ぜたような臭いに涙が出そうだ。
ああああああああきもいいぃぃぃ!!
そう口から絶叫するより前に、あのピンクの触手が私の体を貫いた。
その衝撃よりも視界に広がるおぞましい光景に肌が粟立つ。
VRでも鳥肌は立つのだと、暗くなる視界の中でどこか冷静に感心していた。