第3話
「っと、ったぁ!」
こちらに体当たりをかましてきた大ウサギの攻撃を避け、手に持った棍棒で殴り掛かる。
かなりの手ごたえとともに大ウサギは吹っ飛ぶが、決め手にはならなかったようで、すぐさま起き上がってきた。
残りライフは約五分の一、大ウサギの攻撃なら二撃は耐えられる。
あとはこいつ一匹だけだ、油断しなければ十分――
「があ!!」
「え……」
背後から首筋を何かで殴られた。
いや、違う。目線を向ければ、すぐ首元に茶色い毛並みにぎょろりとした赤い目玉が三つ。
三つ目犬!! しまった、こいつの一撃は――
ぐらり、と体が意思に背いて傾いてき、視界が黒く塗りつぶされていく。
地面へと体が叩きつけられる感触を、暗い視界と遠くなる意識の片隅で感じていた。
「ああぁぁぁ、初死亡……」
気が付けば私はゲームをスタートして以来の大聖堂に突っ立っていた。
辺りを見渡すが、いるのはスタート時にもいた銀髪のエルフさん一人。熱心に祈っており、私の存在にさえ気づいていないようだ。
まぁゲーム内時間ではスタートしてから二日経っているので、前いた人がいないのは当たり前だが……いや、ゲームなら前いた人がいるほうが当たり前か。
エルフの青年に気取られないようそそくさと扉に向かい、出る前にちょっと身なりを確認する。
街の中でもちらほら見かけるような、凡庸な皮の鎧と長ズボン。棍棒はちょっと不恰好だが、まぁ腰に下げとけばおかしくない、か。少なくとも変な目で見られることはないだろう。
「所詮ゲームなのになぁ……」
でもこれはもう条件反射なので仕方ない。外に出るときには三、四回は自分の服装が変じゃないか確認してしまう、人の目敏感症なのだから。
そろり、と大聖堂を出て、道の端っこをびくびく歩きながら町の外へ向かう。
しかし二回目だけど、この町は本当にすごい。
エルフさんや獣人さんとはすれ違うたびに胸が高鳴る。まさにファンタジー!
お店とかギルドとか行ってみたいけど、しかし行く勇気がない。というよりこの大きな街の中から探し当てる自信がない。人に聞けばいいと思うが、それができないから縛りプレイの真っ最中なのだ。
でもアイテムは絶対欲しいのあるし、お金も手に入れなきゃだからなー……いつか道具屋や武器屋には行かなきゃだけど……。
まぁ今のところそんなに必要としてないし、あとで考えよう……。
問題を先送りにして、人の目を気にしつつ、街の光景を楽しみながら再びこの港町を後にした。
「あおしろたん!! ごめんね、縛りっぱなしで放置して! ちょっと死んじゃってさー」
「ぎじゃああぁあぁぁぁ!!」
ごめん、ごめんよあおしろたん。ここモンスターもいるし、怖かったよね。モンスターがプレイヤー以外を襲うかどうかわかんないけど。
さっき死んだ森へ再び戻ってくると、ツタで犬よろしく木に結ばれたあおしろたんが抗議の鳴き声とともに迎えてくれた。
このゲーム本当によくできていて、あおしろたんに逃げられたら本気で寂しくて死んでしまうと、そこらの木に巻き付いていたツタをリード代わりに使ってみたのだが、これが普通につかえてしまったのである。
さすがにアイテム扱いではなかったのでインベントリにはしまえなかったのだが、それでもこの自由度は本気ですごい。
というわけで、あおしろたんは今や立派な私のパーティーの一員である! 本人の意思は知らないけど!
「ごめんよー、ほら魔石あげるから許してね」
「ぎゃっ」
帰ってくる際にスライムから手に入れたビー玉ほどの青い石を転がすと、あおしろたんは文句を言うのをやめておとなしく石に縋り付いた。
この青い石は魔石といって僅かながら力を含む石らしい。それ以外にアイテム説明にはなんも書かれてなかった。
多分売ればお小遣い程度の、初期にふさわしいお金になるのだと思う。
ゲットしたアイテムを実際に手に取り楽しんでいた際、あおしろたんに奪われ、しかも何が気に入ったのかじっと抱えて離さなかったので、以来魔石はあおしろたんのおもちゃになってる。
あと魔石は時間が経つと消えてしまうようなので、手に入れてはあげてご機嫌とっての繰り返しだ。
「かーわいいなー……それにしてもよくここまで細やかに動くなー。もしかして動物使い的な職業とか、ペット枠とかあるのかなー」
あればいいなぁ……そうすればキャラと接することなくパーティー組めるのに。
まぁできたとしても遠い先の話だ。
ため息をついて、ステータス画面を確認する。
【名前:フウナ
基礎レベル:7
職業:拳闘士(レベル10)
装備:木の棍棒・皮の胸当て・リストバンド・皮の靴】
所持金はもともとないのでゼロのままだが、手に入れていた薬草やあおしろたん用の魔石、それから装備してなかった武器防具の類がすべて消えている。
まぁわかってたけど……。
装備してたものが残ってるだけましと考えよう。それにレベルも随分上がったことだし。
「うーん、スキルも二つ目覚えたし、そろそろ転職考えてもいいかなー。どう思う、あおしろたん」
「じゃー……」
「薬草じゃ回復追いつかなくなってきたし、そろそろ回復魔法の覚えどころだと思うんだよねー。それに他の職業レベル上げれば補正もつくし……」
「ぎゃ……」
このゲームでは基礎レベルと職業レベル、という二つのレベルの概念がある。
基礎レベルはまぁ、ふつーのゲームと同じ感じ。上がれば体力や魔力、力、素早さといったステータスが上昇する。モンスター倒していけば経験値が入って勝手に上がる。
職業レベルも文字通り職業のレベル。経験値が入ればレベルが上がっていくのは基礎レベルと同じだが、職業レベルがあがるのは現在着いている職業のみ。
職業レベルが上がるとステータスに補正が付き、さらにスキル……要は技や魔法とか、そういった特技を覚えていく。
一度覚えたスキルは他の職業になっても使えるし、一度でもついた経験があればステータス補正はつく。ただしその職業についている際につく補正の五分の一だけだが。
初期職は拳闘士、剣士、狩人、治療士、魔道士、商人、吟遊詩人の七つ。
初期職の、しかもたったレベル10の五分の一となると2か3上がればいいところだが、初期職全部につけばその補正値は結構な量になる。
レベルを上げてけば微々たるものになるんだろうけど、それでも初期にそれだけの数値が上がるのは大きい。
それに……
「説明書にステータス補正が入るので、なるべく多くの職業につきましょうってあったしねー」
説明書がそう言っているのである。ならきっとそうするのが正しい。うん。
しいて問題があるとするなら、職業ごとに補正が付くステータスに偏りがあることぐらいだ。
当然といえば当然だけど、拳闘士や剣士なんかの前衛職は力や体力の補正が多いし、治療士や魔道士は知力や魔力の補正が多い。
で、今私がついている拳闘士のスキルは力や素早さに威力が左右されるものばかり。しかも覚えているスキル全部素手の状態じゃないと発動できないときた。
知力や魔力に補正値が多く入る治療士だと、さほどスキルの威力が期待できないのだ。
「うーん、ウサギさん狩ってれば5くらいまでは簡単に職業レベル上がると思うんだよねー。でも治療士だとウサギさんきついと思わない?」
「…………」
「しかも拳闘士のスキルって素手縛りだしなー。今は普通に殴っただけでもけっこうなダメージいくし、デスペナルティ少しでも減らすために棍棒装備してるけど……治療士だと素手スキルも棍棒オンリーも不安だよね?」
「…………」
剣士なら剣を装備した際の、狩人なら弓を装備した際のスキルを多く覚えていくので、素手での攻撃スキルがメインの拳闘士をはじめに選んでいたのは不幸中の幸いだった。
かっこよさそうという単純理由での採用だったが、図らずして縛りゲーをすることになった今、ゲームを始めた時の私の選択に拍手を送りたい。
「どの道全部の職業を上げるなら、ここは剣士や狩人なんかの力が上がりやすい職業をやったあとで、治療士したほうがいいと思……いや、でも薬草探すのも面倒臭いし、やっぱ初めに治療士やって回復手段覚えた方がいいかなぁ。どっちがいいと思う、あおしろたん?」
「……じゃー!!」
一生懸命相談する私に、あおしろたんは自分の精一杯の想いを伝えんとばかりに大声を上げた。
……堪能していた魔石が消えたので催促らしい。
ああ、まぁ答えてくれるなんて思ってなかったけどね……。
「はいはい、ほーら」
「じゃぎゃあ!」
《道具画面》で最後の一個の魔石を取り出してあげると、嬉しそうにあおしろたんがじゃれつく。
トカゲの感情表現なんてわからんと思ったが、こんだけしっぽふりふりして鳴かれると犬並みにわかりやすい。
トカゲをここまで感情豊かに作り上げたスタッフには頭が下がる。きっと私以上の爬虫類好きに違いない。
「……うん。よく考えれば次の職業悩むまでもなかったな」
森に出てくるモンスターは大ウサギ、三つ目犬、食人花の三種。みんな初期装備や回復アイテムを落としてくれる、草原より一段階上のモンスターだ。
そして草原に出てくるのはスライムが赤青黄の三色。そして落とすものは魔石と稀に薬草。
そう、あおしろたんの好物である魔石を落としていくのは草原のスライムだけなのだ。
「治療士になって草原で魔石集めしつつ、ちびちびレベル上げていこーかぁ」
草原でスライム狩りすることを考えれば、ここはレベルを上げにくいだろう治療士を選び、それから適当に残りの初期職をあげていくべきだろう。
……効率が悪いとか考えない。たとえ何一つ意味がなく、役に立たないとしても、あおしろたんのご機嫌取りは重要事項の一つなのだ。