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悠久のオルカナト  作者: 琴井
第一章. デモンワームの出現
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第1話

 私は動くことさえ忘れて、目の前の光景に見入っていった。

 スタート地点は大きな大聖堂の中で、ステンドグラスから差し込む柔らかで暖かな光が、白い石造りの聖堂内を照らし出している。

 見上げれば首が痛くなるほど高い天井に、これまた精巧な女神のフレスコ画が一面に絵が描かれていた。

 壁側に一定間隔に並んでいる美しい神々の大理石の像。荘厳でそれでいて優しさをも感じる、この教会や神社独特の空気。

 どこをどう見渡しても、現実とまるで区別が付かない。

 仮想空間だということを忘れて、ここ世界遺産ですか? と聞いて尋ねたくなるほどだ。

 それだけじゃない。というか、ある意味それよりも目を引いてやまないものがある!

 おそらく信者の人なんだろう、美しい銀髪に白い肌をしたエルフの青年がたくさんある像のひとつに祈りを捧げている。また二足歩行のシベリアンハスキーのような獣人族が、入り口付近で誰かを待っているかのように立っていた。

 どう見ても、どこからどう見ても普通の、現実の存在としか思えない姿で――!


「あの、そこでなにされてるんです?」

「え」


 突然かけられた声は、高まりに高まっていた興奮を一気に冷ますものだった。

 声をかけてきたのはこちらを伺う一人の青年。

 不思議そうに瞬かれた目。疑問と困惑、それと僅かばかりに懐疑を含んだ目。こちらに声をかけ、それでも近づかないその距離感。

 そこにいたのは人族の、どこにでもいるような普通の青年だった。

 そう、現実の人間としか思えない表情でこちらを伺っている、普通の、青年。


「す、すいません!!」

「あっ」


 反射的に叫んでその場からダッシュで逃げ出す。

 外に出るとさらにすごい光景が広がっていた。中世のような煉瓦と石の町並み、道行くエルフやフェアリー、そして馬に竜の姿。何百という人がひしめく大通り。

 冷静なときなら感動して動けなくなるような光景を、ひたすらに走って逃げた。

 当然のように知らない町並みと、大勢の人の姿が逆に怖くてたまらない。

 とにかく逃げに逃げて、なんとか見つけた人の姿がない建物の影へと隠れる。

 そこでようやっと息をつき、そして思いもしていなかった問題にぶち当たったことを自覚した。


「……どうしよう、普通の人にしか見えない……!」


 人に声をかけるのに十分はかかる軽いコミュ障人間に、現実のような世界がどんだけきついか、考えもしていなかったのである。








 道行く人々の笑い声、話し声。

 老若男女さまざまな人が大通りを行き来している。時折、馬車が通ることさえあった。

 普通のゲームで考えればこの人数だけでもすごいのだが、もっとすごいのは耳を澄ませばここを通っているNPC全員が別個の行動し、会話しているのである。

 しかも見た限り、同じ行動を繰り返しているキャラは一人もいない。普通のゲームなら一、二回くらい同じセリフや行動を繰り返してるところだ。

 どうやら街のNPC一人一人に、イベントキャラクター並みのAIを入れているらしい。

 すっごい手の入れよう! さすが三年かけただけある!


「これはゲーム史に残るね! でも私が想像してたのはこういうのじゃ……!」


 今、つくづく思い知った。

 ゲームは、ゲームだからいいんだ。

 自分から声をかけたり、受け答えをいちいち考えたりとか、そんなん現実と変わらないよね。

 自分の代わりに動き喋ってくれる主人公。選択肢のいい方を選べばいいだけの会話や、キャラをクリックすれば進む会話。それこそがゲームであり、動きある漫画や小説のようなものだったからこそ、自分は楽しめていたのだ。

 それでも、キャラの見た目がアニメ絵やポリゴンみたいだったら、まだ割り切れていただろう。

 でもどう見ても現実にしか見えないのである! さすがVR!


「ううう……」


 成功要素であるはずなのに、苦にしか感じられない。

 たぶん、さっきのにーちゃんはチュートリアル的な存在だったんだろう。

 あのまま会話を続けていればギルドとか、その辺に連れて行ってくれたに違いない。

 チュートリアルすらまともに受けられないとか……しかもあれからなんも起こらない以上、チュートリアルの再受講とかはできなさそうだ。

 もしかしたらもう一回探し出して声をかければ受けれるかもしれないけど……そんな勇気なかった。


「いーもん。説明書読んできたし、メニュー画面からチュートリアルみれるしー。オルカナトの世界の楽しみ方は千差万別っていってたしー。景色見るだけでも楽しいし! この街歩くだけでも買った価値あるもんね! あはははは!!」


 涙まで出てくるとか、すげえまじりあるだぜう゛ぁーちゃるりありてぃ。








 この悠久のオルカナトは正統派RPGである。

 プレイヤーは一人の冒険者となって世界を回る。何をするかは完璧に自由。

 ではあるものの一応流れとして、モンスターを倒す、レベルを上げる、イベントを進める、という基本に沿っていることに違いはない。

 本当ならあの町で初期クエストだの、チュートリアル戦闘だのあったはずなんだけどな……!

 何していいかわからず突っ立っていたら、道行く人にあからさまに怪訝な顔で見られた。

 普通のゲームでもよくある反応だ。反応なんだけども、それがどう見ても普通の人にしか見えない時点で、耐えられなくて街から飛び出した。

 所詮NPC所詮ゲーム、と呪文みたいに繰り返してはみたが……目から入ってくる印象と、もう条件反射になってる逃げ癖はどうしようもない。

 というわけで泣く泣く、私は一人町の外の草原へと出てきた。


「《メニュー画面(メニューオープン)》」


 スタートすぐでも使えるスキルの一つだが、ただのメニュー画面表示だともいう。

 しかし目の前に、立体映像パネルとしか言いようのないメニューが現れる、というのは現実ではありえない光景なだけに感動を覚えた。


【名前:フウナ

 基礎レベル:1

 職業:拳闘士(レベル1)】


 以下、無記入。

 超シンプル。

 まぁはじめたばっかだから仕方ないけど。

 本来ならこの下に装備品とか、ほかの経験済み職業とか、あと所持金とか出てくるんだろうけど。

 装備品? ないよ。最初のお兄さんについてったら貰えたんだろうけど、私には無理だよ。

 所持金? ないよ。見事にゼロだよ。

 道具? ないよ。道具欄開いてみたけどまっちろけだよ。

 どうしよう。はじめたばっかで心折れそうだ。


「まぁでもはじめたばっかだからねー、別にこれぐらい問題ないよねー、あおしろたん」

「じゃあああ!」


 さっき捕まえたトカゲにそう聞くと、あからさまに威嚇された。

 トカゲといっても十五センチくらいで、色は青と白のしましま。敵ではなく、背景の一部というかギミックの一部なんだろうけど、あまりによくできているのでつい捕まえてしまった。

 爬虫類は好きなので、こんな変カワイイモノ逃がすわけにはいかない。蛇とかもいいよね! 腕なんかに巻きつけてたら最高にかっこいいと思う!

 というかこんなモンスターでもなんでもない小動物すら配置してるとか。しかも本当に生き物みたい。

 さっきの町のNPCといい、本気で世界作りに手抜きがない。


「それにデスペナルティがないと思えば逆に気楽だよねー、あおしろたん」

「ぎじゃああああ!」


 この悠久のオルカナトのデスペナルティはそこまでやるか、と説明書読んで顔引きつるくらいのペナルティだ。

 死んだら所持金ゼロ。執行中のクエスト、イベントは失敗。種類によっては二度と受けることができなくなる。装備品を除く所持アイテム消滅。パーティーを組んでいた場合、仲間キャラとの好感度が低下し、低確率で死亡してロスト。最寄りの町へ強制送還。でもって基礎レベルが1下がる。

 普通のゲームならそのうちのどれか一つでもあれば十分すぎる。

 もっとも今の私にデスペナルティなんて意味ないけどね!! ものの見事に失うものなんて何もないし!!


「もし戦闘がだめでも最悪採取はできるしねー、私アイテム集めだーいすき! あおしろたんも好きだよねー?」

「じゃああぁあぁぁあぁぁぁ!!」


 このゲームではフィールドに配置されている木や花といったギミックに向けて、《採取(キープ)》というスキルを使うと稀にアイテムを手に入れることが出来る。

 普通のゲームなら宝箱が落ちてたり、わかりやすくアイコンでも出るところだが、このリアルな世界では不自然だし、リアル志向でアイテムを配置するとゲームを作るほうにもプレイするほうにも面倒ということで、こういう仕様になったんだろう。

 似たような感じで、VRだから再現が難しいというものは、全部スキルを使うことで行うことが出来る。

 たとえばステータスや所持スキル、パーティーメンバーの情報などなどの確認なんかはさっきの《メニュー画面(メニューオープン)》。

 イベント以外でのアイテムの取得や、ドロップアイテムの入手は《採取(キープ)》。

 装備品の入れ替え、お金や道具の出し入れ、使用などは《道具画面(アイテムオープン)》。

 チュートリアルの確認は《チュートリアル表示(ヘルプオープン)

 以上四つは基礎レベル1で使うことができ、しかも魔力……いわゆるMPを使用しない数少ないスキルだ。

 なのでなんにもできない私でも、その四つだけは無限に使うことが出来るのである!


「それにー……って、おおおおモンスターきたぁ!!」

「ぐげじゃああぁぁあああぁぁぁ!!」


 あおしろたんと楽しく会話をしていると、唐突に目の前に十五センチほどの青と赤のバーが二本出現した。

 現実らしい世界を壊さないよう、でもって戦闘をスムーズに進められるようにということで、モンスターが半径十メートル以内に近づくと体力ゲージと魔力ゲージが目の前に表示されるのだ。

 あおしろたんが愉快な見た目と鳴き声をしているのに、モンスターじゃないと断言できたのはこれが出てこなかったからである。

 さっきから鳴き声聞いてるとモンスターに入れちゃってもいいような気がしてきたけど。

 草むらからのそのそと現れたのは高さ三十センチ、横五十センチほどの青いゲル状のモンスターが三匹。

 あらゆるゲームで雑魚分類されるスライムさん、な、んだけど、も……。


「……う、っあぁ……リアルだとなんかコワイ……」

「ぎじゃあっ!!」


 やばい、リアルにこんなものがうねうね動いて、しかも近づいてこられると予想以上に怖くてキモイ。

 しかし、そんな私の葛藤などスライムさんたちにとっては知ったことではない。

 こっちを感知するようにぶりゅんと一回震えて、一斉にとびかかってきた。


「うえっ、えぇえぇぇ!」


 反射的に拳を叩き込むと、ゼラチンのような触感が腕に伝わる。

 うん、本当にリアル! 気持ち悪い!

 敵のゲージは表示されないのでどのくらいダメージがあるのかわからないが、それでも手ごたえはある、ような気がするたぶん!

 襲いかかってくるといっても、動きは猫よりはるかに遅い。

 隙をついて蹴りつければ、簡単にグミみたいな体が凹む。

 が、その隙に一匹がおなかに向かって猛然と体当たりをかましてきた。


「いったあ!」


 どんっという衝撃を受けて体勢を崩す。

 VRでは痛みは感じないので、当然今のも痛くはなかったんだけど、思わず口から出た。

 目の前の体力ゲージをみると、今ので六分の一ぐらいの体力が減っている。

 意外と強……いや、私が弱いだけか。なんも装備してないし。

 これは早く倒したほうがよさげだ。あと数発喰らったら死んでしまう。


「《衝波突(アタック)》!」


 そう判断すると同時にスキルを発動させると、拳が青い靄のようなものに包まれ、狙いを定めた一匹へと体が勝手に(・・・・・)拳を叩き込んだ。

 VRでは実際の運動能力や反射神経など関係ない。とはいっても本人の経験などによってかーなーり動きに影響があるのは事実である。

 格闘ゲームなんかは特にそうだ。格闘技の経験のある人とない人の差は大きい。

 そんなVRでもウンチになっちゃう人のために、行動補助機能というものがある。

 要は防御したい、攻撃したい、と思った瞬間に体が勝手に動いてくれるのだ。もっとも経験者のかたから見れば無駄な動きが多いのだろうが、これで誰でもVRゲームを楽しむことができる、というわけである。

 私の場合は初めてのVRをできる限り楽しみたいので、行動補助機能をつけてるのはスキル……いわゆる魔法や特殊技だけだ。


「おおお自分の動きじゃないみたい! 私かっこいい!! じゃない! スキル使えば一撃でいける!」


 スキルでの一撃を食らったスライムはそのままぐにゃぐにゃと氷みたいに溶け出して、ある程度崩れたところで動かなくなった。

 使った魔力はおよそ五分の一と結構な消費だが、これでスライムたちは確実に倒せる!


「《衝波突(アタック)》! もう一発《衝波突(アタック)》!」


 残りの二匹も一撃食らっただけで、一匹目と同じようにぐにゃぐにゃと崩れて動かなくなった。

 おお……! アイテムも装備もなくてもやれるじゃないか!

 スライム相手にこの消耗じゃ連戦は無理っぽいけど、初めてのVR戦闘ちゃんとやれたぞー!


「っと、いけないいけない。《採取(キープ)》!」


 モンスターの死体はある程度時間がたつと消えてしまうので、倒したらすぐに《採取(キープ)》をかけるように、とチュートリアルにあった。

 せっかく倒したモンスター、薬草くらいは落としてほしいけどなー。

 手をかざしてスキルを唱えれば、モンスターの死体がぱぁっと光って一瞬青い宝石が浮かび上がり、消えた。

 ●●を手に入れた! が出ないので、とったアイテムは一瞬だけ浮かび上がるという仕様になっているらしい。

 残りの二匹も同じように《採取(キープ)》をかけると、一匹は緑色の葉っぱ、もう一匹は同じように青い宝石が浮かび上がる。

 さぁて、なにを手に入れたのかなー。


「《道具(アイテム)……」


 確認しようとした瞬間、背後の茂みが大きな音を立てた。

 もしかして連戦かと慌てて後ろを振り返り――血の気が引いた。


「……あの」


 そこにいたのはモンスターなどではなく。

 見るからに冒険者らしい姿をした十五、六の男の子だった。


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