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ライと奈々枝の急接近

「優華以外の女性の家にお邪魔するなんて、何年ぶりだか……」


 独り言を言いながら靴を脱ぎ、家の中を眺める。なかなか綺麗だが、言い方を変えれば生活感が無いとも言える。いや、まったく無いわけではないが、ある所とない所の差が大きいのだ。


「……親御さんは?」


 返事が無いことに疑問を持ち、訊いてみる。


「お父さんはまだ帰っていないようですね」


「……ずっと、か?こっちの部屋、使った形跡が無いように見えるが」


 整然としすぎている部屋を一瞥して向き直る。


「そうです。本当に、忙しいんですよ、きっと」


 笑顔ではあるが、寂しさを強く感じさせる。


「お昼ご飯は、昨日のうちに用意してありますから、すぐ出せますよ。テーブルについて待っててください」


 ライが何かを言うよりも早く、用意しに行ってしまう。仕方なく椅子に座って待つことにした。





「お待たせしました、質素ですが、美味しいですよ」


 10分もかからず、テーブルに食事を並べる。だが、ライの顔は引きつった。


「……この、おかずは……」


「肉じゃがです、はい。肉じゃが、ですからね」


 有無を言わさぬいい笑顔。さすがのライも黙らざるを得なかった。

 彼の目線の先、奈々枝が肉じゃがと称したもの……そこには、肉はあるが、ジャガイモが見当たらない。いや、見当たらないわけではない。


(……煮込み過ぎか?)


 そこにあるのは、粒状に崩れたジャガイモ。あんかけと相まって、いっそ見事なまでに粘性がある。

 だが、見た目の割には、食欲をそそるいい匂いが漂っている。


「……ゴクリ。……いただきます」


 生唾を飲んだことには、複数の意味が含まれている。だがとりあえず意を決して肉じゃがという名の正体不明物を食べる。


「……ん?……ふむ。なんだ、見た目はアレだが、なかなかイケるな。薄味なのがいい」


「そうですか、ありがとうございます!」


 嬉しそうな様子の奈々枝も、自分の食事に手をつける。

 それからしばらくして、奈々枝が口を開いた。


「二人きりになったのは、何かの縁ですね……ライナルトさん、少し、私の身の上話を聞いていただけますか?」


「……ああ」


 ライは箸を置き、聞くことに集中する姿勢を見せる。





「私の父が大学の講師をしているのは、ご存知でしたね」


「ああ、姉さんと面識があるようだ」


「でも、忙しいようで、まだ帰っていない、というのは先程話しましたね。父自身も、ワーカホリックに近いところもありますし……」


 あはは、と苦笑する奈々枝だが、すぐに暗く沈んだ顔になる。


「でも……心配なのは、母です。元々病弱だったらしいのですが、私が10歳になった頃から寝たきりで、今では面会謝絶なのだそうです……」


「それは……大変だな。ビデオレターか何か、送ってはいるか?」


「はい、病院の方の話では、とても励みになっているとのことです。

……でも、直接治療をしないことには、やっぱりダメなようで……日本には、治せるお医者様があまりいないという難病だと聞いています……」


「成程……。

これは推測だが、月夜宮さんは、その10歳の頃から、転校を繰り返している……とか?」


「……その通りです、ライナルトさん。だいたい半年から一年くらいの間隔でした。なので、親しい友達というのはいなくて……ライナルトさんと優華さんみたいな幼馴染みというのが、眩しいくらいに羨ましかったです……。

それに、中学生になってからは、自分から壁を作るようにもなっていました……」


「それは、さぞかし、つらかったんだろうな……俺にはそのつらさを共有できないのが申し訳ないんだが……」


 聞いているライの表情までもが暗くなっていく。だが、奈々枝が顔を上げ、普段の調子に近づいたような雰囲気で言った。


「いいえ、大丈夫です。お医者様の目処がついた、と父から連絡がありまして、それで引っ越してきたのがここなんです。

なので、上手くいけば、引っ越しはもうないはずですから」


「そうか、それは良かった」


 ライも安堵したようだ。友人のことでも、自分のことのように心配する……それが彼だ。

 と、その時、奈々枝の目尻に光るものが一瞬見えたが、ライは気にしなかった。


「隣の席になった時、少し馴れ馴れしく思ったかもしれませんが……長い間、人付き合いがなかったので、加減が分からなかったんです……それに、早くお友達が欲しくて……」


「そうだったのか……気づけなくてすまなかった」


「あっ、いえ、いいんです。それよりも、そんな私に優しく接してくれて……それに、すぐにお友達にまでなってくれたライナルトさんや、優華さん、入村さん、ディートリンデさん、ミュリエルちゃん……皆さんには、感謝してもしきれませんっ……うっ、うう……」


「うぉっ!?」


 突然泣き出した奈々枝に対して、ライは何ら行動を起こせず、ただただ慌てるだけだった。とりあえず、ティッシュを渡して涙を拭けるようにはした。





「……ごめんなさい、いきなり泣いてしまって……」


「それだけ嬉しくて感極まったって事だろう、気にするな。

……まぁ、特に何をしたでもないのに泣くほど感謝されるなんて、ちとこそばゆいがな」


 そんな事を言うライだが、余計な事も考えていた。


(この状況だったから助かった、か……?

路上だったら、抱きつかれたり、それを誰かに見られるおそれもあるし……)


「ライナルトさん?どうしましたか?」


「いや何でもない」


 無表情で答えるライ。奈々枝は不思議そうにしたが、すぐに話題を切り替えた。


「あのぅ、ちょっと図々しいお願いになってしまうかもしれませんが……」


「ん、何だ?余程の事じゃなきゃ大丈夫だが」


 奈々枝は少しもじもじとしながら、続ける。


「……初めてのお友達、と言っても差し支えない貴方に……お願いします。

ずっと、私と、お友達でいてくれますか?」


「お安い御用だ。当然俺だけじゃない、優華も城二も姉さんもミュリエルも……あと鈴本先生もだな、ずっと仲良くしてくれるだろう。

飯についても、遠慮なく誘うといい」


「……はい!

それから、ビデオレターの撮影にも、協力してほしいです」





「あー、コホン。はじめまして、月夜宮さんの母上殿。もう聞いているかもしれませんが、俺がライナルト・マルトリッツです。見ての通りの悪人面ですが、ごく普通の学生です。娘さんとは仲良くさせてもらっていますが、仲が良いのは俺だけではありませんので、ご安心ください。そのうち、紹介されると思います」


「仲良くしてるなら、こういうのも見せないといけませんね、ライナルトさん♪」


「うわ、丁度良い高さだからって肩に頭乗せるか普通!?」


「ふふっ♪

お母さん、ライナルトさんは私の親友さんの一人です!

早く元気になって、お父さんや他の方とも直接会えるようになるといいですね!」


「……はぁ。そういうわけで、他の皆ともども、お見知り置きを。


……これでいいか」


「はい、完璧です!」


「よし。……美味い飯だった、ありがとう」


「お粗末様でした、どう致しまして!

それでは、また学校でお会いしましょう!」


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