突撃隣の昼ご飯 case転校生
とある土曜日の昼前、ライと奈々枝が並んで歩いていた。
デート?否、二人とも制服を着ている。彼らの通う学校は、隔週で土曜日も登校する形式だ。その場合は午前中で終わるが。
「それにしても、優華さん、残念そうでしたね」
「そうか?俺には悔しそうに見えたが」
これはライの方が正しい。帰り際、優華は「私は生徒会の仕事あるけど……奈々枝ちゃん、二人きりだからってライ君に手ぇ出しちゃダメだからね!」と言っていた。彼女にとっては、ライと二人きりの下校は自分の特権も同然だったのだから仕方ない。
「どちらにしましても、手を出すとは、どういう事でしょう……?」
「……さぁな」
本当に分からないのかは不明だが、ライは適当にはぐらかした。下手な言動は命取りになりそうだからだ。
そこから数十m歩いたところで、奈々枝が唐突に切り出す。
「そういえばライナルトさん、あまり私のことを見ないですね?」
「ん?いや、話す時はちゃんと目を見てるはずだが」
「あ、いえ、そうではなくて……その、男性の方は、よく私の胸ばかり見るものでして……」
「……あぁ、そういう話か」
どことなくうんざりしたような表情になるライ。それを見た奈々枝は慌てて弁明する。慌てたせいで胸も揺れたが。
「あっ、そのっ、ライナルトさんがそういう人と思っているわけではなくてっ」
「いや、分かってる。ただ、俺はそういう系統の話が苦手なんだ。……こう言うとむっつりスケベ扱いされるがな」
溜め息混じりに言うライと、
「ご、ごめんなさい……」
少々涙声で謝る奈々枝。雰囲気はかなり悪い。
そのまましばらく歩いていると、ライから口を開いた。
「……月夜宮さんが、そういう見られ方をしたいと言うなら、俺も考えるが」
「ええっ、そんな事は……あ」
否定しようとした奈々枝だったが、何かを思いついたように微笑んだ。
「……ライナルトさんは、私がそんな人だとお思いなんですね?」
「ああいや、決してそんなわけではないんだが」
今度はライが慌てる。傍目にはそう見えなくとも、慌てている。
「ええ、分かってますよ。これで、おあいこです」
「ぬっ……そう来たか」
見事に一杯食わされたライだった。そしてどちらともなく笑い出す。
「くく、味な真似をするな」
「ふふっ、私だって仕返しくらいしますよ?」
「……思えば、最初に一緒に帰った時も、月夜宮さんには言い負かされたな」
「そう言えばそうでしたね」
また歩き出し、今度は割とすぐに、奈々枝から口を開く。
「……ある意味では、見てほしくはあるんですが……。そういう親しい人があまりいなくて……」
「え?……ああ。そうか」
それにライは淡々と答える。
「……理由とか、訊かないんですか?」
「詮索は失礼だからな。それに少々つらそうだから、訊くのもはばかられるし」
「そう……ですか。やっぱり、ライナルトさんは優しいですね」
「さて、な。厄介事を避けようとしてるだけかもな。……っと、失礼」
話している間に音楽が鳴る。ライが特に好んでいるロボットもののアニメの主題歌の着メロだ。
無造作にポケットから携帯電話―――スマートフォンにあらず―――を取り出す。
「姉さんか、どうした?……ふむ、ふむ……そうか、今からか?……分かった、何とかする。そっちも気をつけてな、それじゃ」
パチン、と畳んでポケットに戻す。顔を上げると、そこは既に奈々枝の家の前だった。
「どうしたんですか?」
「ああ、姉さんがミュリエルを連れて大学の宴会に付き合うんだそうだ。基本、酒は飲まない方だから問題ないはずだが、問題あるのは俺だ。昼飯の用意が出来てないんだとか。晩飯なら、寝かせてあるカレーがあるらしいが……『どうせなら晩飯時まで寝かせて美味くして味わえ』ときた」
それにおとなしく従うのは、ミュリエルの料理の腕が相当なものだからだろう。なるべく美味く味わいたくもなる。
「そうですか……じゃあ、それなら私の家で食べていきませんか?」
途端に奈々枝が嬉しそうな顔で提案する。ライは少し遠慮がちだが。
「……いいのか?一食分とは言え食い扶持が増えるのは負担にならないか?」
「大丈夫ですよ。それによく言うじゃないですか、据え膳食わぬは男の恥、って」
「よく言わないし使い方もだいぶ間違ってないかそれは!?」
奈々枝のボケにライのハイパワーツッコミ発動。しかし効果は無いようだ。
「人の好意は受けるもの、でしょう?いつも優しくしてくれるんですから、これくらいのお礼はさせてくださいね」
「……分かった分かった。まぁ、俺も節約せにゃならんのを思い出したから、お言葉に甘えるとしよう」
「決まりですね。では、いらっしゃいませ、です!」
「ああ、お邪魔します、と」
そうして、ライは奈々枝の家で昼食をいただくことになったのだった。