物理的に最強な姉君の1日
なんか長くなりました。
年上キャラは出番が少なめな印象があるので意識して長くしようと思ってたら…
「ふんっ!」
「ぬぉ……っ!」
鋭い肘打ちを受け止め、踏み込んだ足を払おうと自身の脚を振る。
「甘い!」
しかしそれは読まれていた。踏み込みの反動を利用して、足払いを避けざまに膝蹴りをされる。
「うっ!……痛ぅ……」
なんとか空いた手で受け止めるが、なにせ人体で特に硬いとされる膝、痺れがくるほどの衝撃だ。
しかもその上で後方に吹っ飛ばすのだから、相当な威力だ。
「隙ありだ!」
さらにそこに追撃が来る。一瞬で距離を詰め、姿勢を下げる。
(跳ぶ……か!?上と下、どっちだ!?)
咄嗟の判断で顎を守ろうとする。が、相手は前転宙返りをして、肩口に踵落としをするように蹴ってきた。
「ど……胴回し回転蹴り……か!」
見事に予想が外れ、モロに受けたため、呻くように呟きながらその場にくずおれる。
「まだまだ精進が足りんな、それでは私に追い付くのは夢のまた夢だぞ。
……期待はしているがな……我が弟、ライよ」
「くぅ……まだ痺れてる。毎度のことだが、なんなんだよ、あの反則級のパワー……」
「お兄ちゃん、大丈夫ですか……?」
今日は、日曜日の朝。
居間で、ライがミュリエルから手厚い看護を受けている。上半身は裸で、あちこちに打撲傷が見える。特に左肩―――胴回し回転蹴りを受けた箇所だ―――のものが酷い。
ついでに、筋骨隆々というほどではないが、かなり逞しい体つきをしている。
冒頭、闘っていたのはライとディートリンデだ。それは喧嘩というわけではなく、武術の修練である。彼らの親が、護身用にと教えたものだが、どうやら相性が良かったらしく、今ではそんじょそこらの武道家ではかなわないほどの実力になっている。
特にディートリンデは、長姉というだけあり、その戦闘能力はライでさえ子供扱いの、強力極まりないものだ。
「俺じゃなかったら、鎖骨くらい軽く叩き折られてただろうな……」
肩の打撲傷をさすりながら、ライはため息をつく。そこにディートリンデがやってきた。
「お前相手でも、鎖骨を折るくらいのつもりでやったのだがな……まったく、受けるのが上手いものだ」
「さぁ……お互いに慣れてるだけじゃないのか?
さて、と。いつもありがとな、ミュリエル」
ライはシャツを着て立ち上がり、ミュリエルに感謝するついでに頭を撫でてやった。
「い、いえ、わたしがしてるのはほんの軽い応急処置だけですから……」
ミュリエルよ、君のしている事は世間一般では手厚い看護と呼べるものなんだぞ。
「それでも助かる。じゃあ、シャワー浴びてくるわ」
ライは着替えを持って風呂場に向かう。
「やれやれ……受けるのが上手いというのは本心からの言葉なのだがな。実際、本気を出せば私にもう少し近づくはずなのだが」
「やっぱり、苦手意識があるんじゃないでしょうか?お姉ちゃんに勝てたこと、たしか一度もなかったと思うんですけど……」
救急箱を片付けながらミュリエルが言う。
「そうやもしれぬ。その割には恐怖しているわけではないようだがな」
数時間後、商店街。ミュリエルが一人で買い物をしている。それを見る人影が、おおよそ6つ。
「おー、ありゃ狙い目だぜぇ。誘拐してくれって言ってるようなもんだ」
「身代金ってやつぅ?いいじゃん、やっちまおうぜー」
下卑た笑い声をあげながらよからぬ事を話しているが、そこに自然に入ってくる人物がいた。
「ほう、何やら楽しそうだな。何の話だ?」
「そりゃあのガキをさらってやろうって話……うおっ!?巨人!?」
ぬっ、と2m近い人間が突然現れたら、それは驚くだろう。その人物、我等が姉御のディートリンデは威圧感を隠さず仁王立ちしている。
「な、何だこのアマ!テメェに関係ある事かよ!?」
「大いにある。見て分からんか、あの子は私の妹だ」
腕を組み、鋭く睨みつけながら、語気を強める。
不良達は怯んだが、互いに顔を合わせると、強気に戻った。
「なら、儲けたもんだぜ!さらうのは二人に決定だ!」
「いくらデケェっつっても6人じゃ勝てねぇだろうが!」
「……やれやれ、相手の強さが分かるのも強者の条件とよく言うが、真の弱者では漠然とも分からんか」
嘆息し、力を抜く。腕は組んだままだが、自然体の構えだ。
「よかろう、生き地獄を味わわせてくれる。指先すら触れられず蹂躙してやろう」
その瞬間、対峙した者にしか分からない、強烈な眼光を放つ。
「ぐっ……てめぇら、かかれ!」
まず半分の三人が、正面と左右の三方向から襲いかかる。しかし。
「ふん、ハエが止まる……否、ナメクジすら止まるほどの遅さだ」
一瞬、と言っても差し支えないほどの間に、三人とも倒れ伏していた。
スローモーションでリプレイしてみよう。
まず、前蹴りで正面の相手の鳩尾を痛烈に打つ。すぐさま脚を引くと同時に同じ脚の踵で右の相手の顎を蹴る。そのまま軸足を回転させ、勢いで左の相手の首筋をブラジリアンキックのように斜め上から打ち据えた。
両手を使わないどころか、片足で軽く済ませてしまった。ちなみに、足技だけだが、ロングスカート着用なので下着は見えていない。
「さて……私も鬼ではない。今ならまだ土下座で許してやろう。どうする?」
呼吸一つ乱さず佇むディートリンデには、完成された美しささえ感じるほどだ。だが、不良にはそれを堪能する余裕などない。
「ふ、ふざけんな!今度は左右から挟め!」
リーダー格の言う通りに真横から挟み込むが、ディートリンデは左を向き、片足を振り子のように動かすだけで両方とも倒した。
「仏の顔も三度まで……今なら百叩きで済む。あと一度抵抗したなら……」
逆光を浴びているように、顔のあたりがハッキリとは見えなくなってきた。
「ひっ、ひぃぃぃ!」
さすがに恐怖にかられた不良は逃げ出そうとするが、
「がっ!?」
「よっ、姉さん。どうしたんだ、いじめか?」
ひょっこりと現れたライが挙げた手に顔面を打たれ、転倒した。
しかし彼は助けだと勘違いしたようで、
「な、なぁ、助けてくれ!このままじゃ殺されるぅ!」
などとのたまった。
「ライか。この不届き者どもは、事もあろうにミュリエルを誘拐しようとしたのだ」
「ほー……そりゃいい度胸だことで。報復される覚悟はできてるな?」
「えっ、えっ?」
助けだと思った男は、今し方仲間をノした女の弟だった……嗚呼、不幸なるかな。絶体絶命、袋の鼠。
「では、報いを受けろ!」
「うわぁ!」
ライが大きく振りかぶってパンチをする。目を瞑り、防御しようとする不良……だったが、衝撃は来ない。何かと思うと、
「騙され易い奴だ……姉さん、決めを頼む」
膝の裏を軽く蹴られ、片膝をつく姿勢になる。
「心得た。はぁッ!!」
ディートリンデが不良の膝を足場にし、その眉間に強烈な跳び膝蹴りを叩き込む!
それは紛う事なきシャイニングウィザード!勿論、強烈とはいえ一般人レベルでの話だ。それでも一撃で昏倒する程度の衝撃だった。
「あ、お姉ちゃん!」
「いつもご苦労、ミュリエル。重いものは私が持とう」
「ありがとうございます!
……えい!ぎゅーってしちゃいます!」
「おや、どうした?甘えん坊だな」
「えへへ、なんとなくです!」
「……あんたらも災難だったな。まぁ、犬に噛まれたっつうか神獣の怒りを買ったとでも思って気持ちを切り替えるんだな」
「うう……白い……白い鬼がぁ……」