シスコン男の憂鬱
翌朝。
「ん……よく寝たな」
目覚めたライはまず一声。すぐに起き上がらないのは、昨晩の事をしっかり覚えており、その腕の中にまだ妹がいるからだ。
「ミュリエルもしっかり眠れたようだな……っと……?」
「ふみゅ……おはよ〜、お兄ちゃん……」
目覚めたミュリエルが起き上がりやすいように手を離したが、当然ながら彼女はしがみついたままだ。
「お兄ちゃん……もっと、だっこ〜……」
「はいはい、また今度な」
「やだ〜……お兄ちゃんがしてくれないなら、わたしがする〜……」
言うなり、ミュリエルは服を握っていた手を離し、自分からライに抱きついた。
「…………。完全に目ぇ覚ますまでこのままか……おや」
改めて妹を見て気づいたことがあったようだ。
「ミュリエル。下着、透けてるぞ」
「ふぇ?
……あわわわわっ!?」
いくら春だとて、くっついて寝ていれば汗もかく。特に彼女の場合は興奮状態に近かったのだから当然だ。
薄桃色のパジャマは透け、花柄のTシャツがうっすらと見えていた。パンツはどうだか不明だが。
「きっ、着替えてきます!」
「どうせならシャワー浴びてきた方がいいんじゃないか?」
「じゃあ一緒に入ってください!」
「なんでそうなる。まだ寝ぼけてるのか……?」
「はふぅ……」
「やっと落ち着いたか」
30分かかってようやくミュリエルは平常運転に戻った。
「まったく、朝から騒々しい。もう少し寝ていたかったぞ」
「姉さんは多少早く起きたって問題ないだろ」
苦言を呈するディートリンデにツッコミを入れる。そして朝食が終わって、ライはいつも通りに登校する。
「あ、優華お姉ちゃん、おはようございます!」
「おはよ、ミュリエルちゃん。ライ君は、やっぱりもう行った?」
「はい。それより優華お姉ちゃん、聞いてください!
わたし、昨日ですね……」
「ライ君!!」
優華は朝のホームルーム開始ギリギリでやって来た。珍しく早く来ていた担任の亜紀が何か言おうとするも、次の言葉に遮られた。
「私もミュリエルちゃんみたいに抱いて寝て!」
ぴしり、と空気が凍った。クラス中ほぼ全員の目がライに集中する。
「ミュリエル……って、たしかお前の妹の名前だよな?」
いち早く立ち直ったのは城二。彼からはライの表情は見えないがためか、とんでもないことを言ってしまう。
「はっ、まさかライお前、近親相かnほぶァッ!!?」
そこまで言ったところで、強烈極まりないボディブローを叩き込まれた。寸分違わぬ精度で鳩尾を打たれた城二は膝をつき、呼吸困難に陥っているようだ。
その脇を通り過ぎるライ。少しして、ガラッ、と何かの音がした。
「た、たしかお前の妹って、小学生だったよな……まさかペド」
ライは城二の襟をがっしと掴み、
「ダァァァイ!!」
と叫んでぶん投げた!
「のわあああぁぁぁぁぁ……」
下方向に遠ざかる悲鳴。ライは開け放った窓に向けて投げていたのだ。
言い忘れていたが、ここは二階だ。窓から下を覗き込んだら、人型の穴が空いていることだろう。
「……なぁ、優華」
「は、ハイィ!」
ライが振り返りながら呼びかける。呼ばれた優華は裏返った声で応えた。ライの声は普段と同じだが、その顔は
―――都合によりお見せできません―――
というのは冗談としても、鬼のような形相であるのは間違いない。
「誤解を招くような表現は避けるように。OK?」
「や、Ja!」
何故か独語で返す優華。だがライはそれで満足だったようだ。
「分かればいい。まったく、帰ったらミュリエルにも説教か……」
「マルトリッツ君、色々と大胆ねぇ……」
そんな光景を見ながら、わずかに顔を赤らめた亜紀が感心していた。
「鈴本先生……」
「あ、大丈夫大丈夫、誤解してないから。それじゃ優華さん、ちゃんと説明お願いできるかな?」
どうやら普通にホームルームを始める気は無いようだ。
「は、はぁ……。
ミュリエルちゃんが、寂しいのと暗いのが怖いのとで、ライ君に一緒に寝てほしいっておねだりしたらあっさりOKしてくれて、しかも安心させるために抱きしめてくれたって……」
「シスコン……」「シスコンだな……」「シスコンね……」
にわかにざわめく教室。それに対し、ライは元々の悪人面をより凶悪にして凄んだ。
「黙れ衆愚ども。大切な家族なんだ、それくらいしてやるのが当然だろうが。まったく、どいつもこいつも世の中の偏見に踊らされやがって……」
「そうですわね、ライナルトさんみたいな優しいお兄ちゃんなら甘えたくもなりますし、それにミュリエルちゃんもかわいいですから可愛がりたくなるのも仕方ありませんよ」
「そうそう……って月夜宮さん何言わせる!?フォロー入ったと思ってつい応えちまったじゃないか!」
左隣の奈々枝に勢いよく振り返る。彼女はそれでもお嬢様的雰囲気を崩さずに佇んでいた。
「ふふ……女の子を泣かせちゃいけませんよ、ライナルトさん?」
「いやちょっと待てちゃんと話聞いてたのかあんたは……。いくら優華と家族同然に育ったとは言え、さすがに貞操の危機まで感じたかないぞ俺は……」
呆れも混じったような表情で、ライはうなだれるのだった。
……当然の事ながら、城二は完全に忘れ去られていた。