背後の歌声
気分で書いてみました。
暇なら短いので見て行ってください
最近、気になる事がある。
登校中の事だ。
いつもの様に友達とはしゃぎながら僕は学校へと向かう。
通学路なので必然的に周りにいるのは同じ学校の生徒ばかり。
周囲を見渡せば人、人、人。
人の波とまでは行かずともそれに近い状況ではあるだろう。
僕はその人波の中、友のクラスであった出来事を聞き、笑ったり、相槌を打ったりする。
ふと耳を澄ませる。
何か別世界の音が聞こえた様な気がしたからだ。
しかし、聞こえるのは少年少女の喋り声に雑踏。
友は僕に心配そうに「大丈夫か」と尋ねる。
気のせいだったのだろうと割り切って僕はおどけた台詞で返す。
友は大声で笑う。
周囲の生徒の何人かがこちらを振り向く。
友は赤面して俯いた。
すると、また聞こえた。
今度はさっきよりもはっきりした音だった。
正確には歌声だろうか。
一定のリズムを刻む音だった。
歌声はどんどん近づいてきてついには僕の後ろにぴったりとくっ付いた。
歌声はすぐ後ろにいる。
女の声だ。
合唱部に所属しているのだろうか。綺麗な声だと思った。
自分は音楽に疎いので良く分からないがカラオケで出す声と言うよりはコンクールで出す声という方が合っている気がした。
しかし、歌っている曲は合唱コンクールでは歌われる事は無いであろうロックンロールだった。
曲名や歌手は定かではないが、リズムと歌詞でそう判断した。
早計だろうか。
翌日の朝。
歌声は再び僕の背後を取った。
何時の間にか近づいていた。
気付いた時にはもう既に背後にいた。
昨日と同じ歌だった。
僕はそっと友に耳打ちする。
「後ろから聞こえる歌声は何だ?」
「ん?歌声?」
声が大きい。
僕は友の鳩尾を殴って黙らせた。
歌声は友の言葉に気付いてはいないようだった。
歌声は僕が下駄箱に着くまで続いた。
友は下駄箱で靴を履きかえてすぐ僕に冗談交じりに掴みかかりプロレス技をかけ始めた。
さっきの仕返しだそうだ。
昼休み。
僕は携帯で例の曲を探した。
しかし、検索するワードが少なすぎる。
手がかりは精々、少女の歌声くらいのものだ。
試しに少女 歌声で検索してみた。
歌唱力のある外人の少女の動画が出てきただけだった。
僕は諦めて友に尋ねる。
僕は調子はずれでうろ覚えの歌を歌った。
友はサビに入らない内に僕を制した。
「お前、こんな有名な曲も知らねえのかよ」
友はそう言ってとある有名ロックバンドの名前を僕に告げた。
僕は動画投稿サイトでそのロックバンドの名前を入れて検索した。
一番上に僕の探していた曲があった。
彼らの一番のヒット曲だったらしい。
と言ってもそれは4年も前の話で、今も活動中ではあるが中々売れないらしい。
一発屋という奴なのだろうと僕は勝手に結論付けた。
「どうでもいいけどお前、歌下手だな」
余計なお世話だ。
それから5日も経たずに僕の音楽プレイヤーはそのロックバンドの曲で埋め尽くされた。
友がアルバムを何枚か貸してくれたしCDもレンタルした。
最近は友に会うまではずっとこれを聞いて登校している。
彼女もこのバンドが好きに違いない。
だとしたら彼女は良いセンスをしている。
彼らの曲は気分を高揚させる一種の麻薬的要素を含んでいるのではないかと僕は錯覚した。
彼らの歌詞は心の奥底に響き渡る。
そして、ボーカルの声は少女と似て非なる澄んだ男の声だった。
本来なら少女の声が似て非なるものなのだろうが、僕にとってのこのバンドのボーカルはあの歌声だった。
その間もあの声は登校中、僕の後ろを付いて回った。
その間に分かった事が幾つかある。
1つはあの歌声はどうやら同じ学年の生徒の持ち物らしい。
注意深く聞いてみると声は僕のロッカーの2つ手前で消えて行ったのに気づいた。
2つ前のロッカーは僕のクラスとは別だが、学年は同じ生徒が使っているはずだ。
そして、もう1つ。
あの声は降って沸いたように降り立ってくる。
あの人波をかき分け、わざわざ僕の後ろで歌うというのは至難の業だ。
近くに住んでいるのだろうか?
しかし、学校近辺に住む人に話を聞いたがこの学校の生徒は居ないらしい。
では、幽霊か何かか?
それも違う。
僕は歌声の事を調べている内に何人かの生徒がその歌声を聴いた事があるという事が分かった。
しかし、彼らもその声を知っているだけでその主までは知らないらしい。
つまり、歌声は僕の妄想でもなく非科学的な何かでもない実在するものなのだという事が分かった。
それと同時に歌声の謎は深まる事にも繋がってしまったが。
「あんたもしかしてその娘に惚れてんの?」
女性の事は女性に聞いた方が良いだろう。
そう思い、僕は姉に事のあらましを説明した。
何か歌声の主を特定できる良い案が出るかもしれないという考えからだった。
この反応は予想通りだ。
彼女どころか女の話すら家庭で出さないような僕が姉にそんな事を聞けば当然だろう。
僕は適当に姉の追及をかわして結論を求めた。
「そうは言ってもね・・・・・・聞き込みは?」
ここ最近はそればっかりだ。
「じゃあ、そんな綺麗な声なんだし合唱部に潜入すれば良いじゃん」
それは一度考えたが、やめた。
見ず知らずの人間にいきなり歌えと言われて歌う輩が何人いる事やら。
おまけに歌声の主が居たとして僕の前で歌うはずがない。
姉はしばらく唸っていたが、指を鳴らした。
とても活き活きとした顔をしている。
「じゃあ登校中に尋ねれば良いじゃんか!!」
・・・・・・どうやら僕も姉も頭の回転が鈍いらしい。
そんな簡単な結論に辿り着くのにこれだけの時間を要したのだから。
次の日の朝、僕は少し早く起きてしまった。
母に不思議がられながらも僕は朝食を食べ、駅へと向かった。
電車を2本見送った。
いつもよりも40分も早く来ていた計算になる。
3本目の電車到着間際に友が僕に駆け寄って来る。
いつも通りの挨拶を終えるのとほぼ同時に電車の扉が開いた。
この日の朝の馬鹿話はどんなものだったかは未だに思い出せない。
そして、人波に僕らは飲み込まれた。
いつもの如く周囲から聞こえる雑踏。
だが、僕には聞こえない。
あの声のみに集中しているからだ。
友の話も半分くらいは聞き流していた。
時計を確認する。
そろそろ時間だ。
自然と歩幅が狭くなる。
こうすれば少しでも彼女は僕の後ろに立ちやすいだろう。
当然周囲の生徒からは露骨に嫌な顔をされたが、お陰で後ろにスペースが確保できた。
人1人分くらいはある。
友が早く行こうと促すが、僕は拒否した。
苛立った調子の返答だったからか友は少し怒りながら先に行ってしまった。
いつ来るかと僕は待ちわびていた。
こういう考えをしている時に限って時間が経つのがひどく遅く思われる。
もう今日は来ないんじゃないのだろうか。
そう思った瞬間にそれは来た。
いつも通りのあの歌声だった。
そして、歌声は僕の後ろにぴったりとくっ付いた。
今しかない。
「君は誰なんだ?・・・・・・何がしたいんだ?」
歌声が止んだ。
狼狽えているのだろうか。
「毎日毎日僕の後ろで同じ曲ばかり・・・・・・一体何なんだ?」
答えは返ってこない。
少し言い方がきつかっただろうか。
「でも・・・・・・そのお蔭で僕はそのバンドの良さに気付けた。
ありがとう」
一応フォローしてみたが、やはり答えは返ってこない。
いっその事振り向いてしまおうか。
「それは駄目だよ」
彼女はサイキックか!?
僕はそう錯覚した。
しかし、その言葉は僕の考えに対してではなかった。
「私にお礼を言っちゃ駄目。私はただ歌いたいから歌っただけ。
それに対してお礼を言ってしまったら私と貴方の関係が変わってしまうもの」
「・・・・・・良く意味が分からないんだが」
「私は将来歌手になりたいの。
でもね、私は歌手とファンの関係ってのが嫌いなの。
この曲を聴いて元気が出ました、とか貴方達は恩人です、とかファンの人は良くそういう事言うでしょ?」
「何でそれが嫌いなんだ?」
「それってさ、何か堅苦しいのよ。
その人たちは元気が出たかもしれないけれどもしかしたらそうじゃない人がいるかもしれない。
失恋した時に初恋の曲なんかラジオで流された時はラジオを叩き壊したくならない?」
「まあ・・・・・・」
「そういう事よ。
つまり私の歌を聞いて貴方は何も言ってもいけない。
批判をしてもいけなければ褒めてもいけない、お世辞を言ってもいけないし本音を吐き捨ててもいけない。
ただただ黙って私の歌に耳を傾けていてほしいのよ」
随分と支離滅裂な理論だ。
「何か文句でもある?」
「やっぱり君は超能力者か何かか?」
「まさか。
ただの一般人よ」
「じゃあもう1つ、何で僕なんだ?」
「うーん・・・・・・良く言うじゃない?
女神様は気まぐれだって」
「自分を女神と言い張るか」
いきなり僕の背中に衝撃が加わった。
数秒して背中を叩かれたのだと理解した。
気付けばいつの間にか僕は歩みを止めていた。
もうすぐ始業のチャイムが鳴ってしまう。
当然、人波はとっくに消えてなくなっていた。
「行きましょうよ。いつもの様に歌ってあげるから」
後ろから大きく息を吸い込む音が聞こえた。
「最後にもう一つだけ良い?」
「何?」
出鼻を挫かれて彼女は少し苛立っているようだ。
「振り向いても良い?」
長い長い沈黙が訪れた。
何の前触れもなく後ろから少女が1人僕を追い抜いて行った。
あまりに急な事で僕は彼女の横顔すら見えなかった。
しかし、彼女の短い後ろ髪と誇らしげな背中、そして
「駄目だよーっだ」
というからかったような調子の声だけは僕の脳に焼付いた。
少女が僕の視界から消えてすぐに始業のチャイムは鳴り響いた。
僕はその日の内に友と仲直りする事が出来た。
しかし、その代償は安くは無かった。
帰り道にあるハンバーガー店で僕は奢らされたのだ。
友も随分と食べた為、僕の財布は随分と薄くなってしまった。
友には奢らされ、少女の顔を見る事も出来ず、損しかしなかった。
しかし、それで良かったのだと僕は思う。
歌声は今日も僕の後ろに張り付いている。
でも僕は振り返らないし声もかけない。
それで良いのだと思う。