1日目 AM09:25−突入−
気象観測所、1階エントランス。
施設内に取り残されている味方は4人。小山二曹以下3人の居所は分からないが、遠山は北棟入口で伸びている。しかし踊り場に陣取った北中国兵の鬼神の活躍で助けに近付けない。
火力支援に84ミリ無反動砲が加わったが遠山を巻き込む危険があるので使えず、同じ理由で手榴弾も使えない。
どの道ここを通らなければ施設内には入れないので、谷本は多少強引だが強行突破を決断した。谷本は火力支援チームを集め段取りを伝えた。
「発煙弾を投げ込んだら、射ちまくって踊り場の奴の頭を押さえるんだ。その隙に俺達が奴を引っ張り出す!」
先頭は山岡、次に大野。その後を誰か撃たれた場合に備え谷本が続く。金突は残って入り口で援護だ。
「いいか、谷本一曹が遠山を助け出したら、ラーメンマンをふっ飛ばせ!」
最近やっとM2からより軽量なM3に更新された84ミリ無反動砲に対戦車榴弾(HEAT)が込められた。
これは戦車などの装甲目標に対し、ノイマン効果と呼ばれる高温高圧のジェット噴流を蒸発して金属分子となった銅製ライナーと共に装甲に叩きつけ貫通させる砲弾だ。榴弾もあるが、建物を破壊して入り口を塞がないための処置だった。
大柴三曹率いる救出班も準備が整い、火力支援トリオは時間差でホールを覗き込んだ。3人とも遠山の位置を頭に叩き込むと一斉に弾薬を込め直した。
谷本の合図を受け、志水仁二等陸士が発煙手榴弾のピンを引き抜きエントランスホールに投げ込んだ
透化性の無い濃密な白煙が正面玄関を覆った途端、階段踊り場から機関銃の猛射が始まった。救出班の4挺の小銃と2挺の機関銃が火を吹いた。
階上より中国語の狼狽した声が聞こえた。窓からバリケードを蹴り崩して北中国兵が顔を出した。どうやら手榴弾孔から煙が立ち込め燻製にされたらしい。
真下にいた志水が、89式を構え、北中国兵に狙いを付けた。オプチカルサイト一杯に汚れた中年男の顔を捉え、引き金を引いた。
北中国兵の頭が爆発したように消し飛び、大柴班の頭上に脳髄を撒き散らした。志水の足元に前頭葉が残った鉄帽が落ちてきた。
北中国兵の首無し死体がぶら下がる窓に向け、山岡が40ミリ擲弾を撃ち込んだ。小さな爆発音の次に、内部から強烈な閃光が走った。コンクリートを通じて腹に響く衝撃に続いて窓を塞ぐバリケードの隙間からどす黒い煙が吹き出した。弾薬集積所に当たったらしい、それっきり天井から手榴弾が降ってくることは無かった。
踊り場の機関銃が集中射撃の前に、遂にバリケードの奥に押し込められた。谷本は決断した。
「行け!」
山岡は白煙のカーテンを前に一瞬躊躇ったが、意を決して玄関に躍り出た。しかし足元に転がってき何かに躓き、ズッ転けそうになった。
白煙の薄靄の中、足元に転がるソレを見た。最初は発煙手榴弾かとおもった。全体に青みがかかった灰色に胴体に赤くWPの文字。
大野が山岡の襟を掴んで外へ引っ張り戻すのと、白燐手榴弾が炸裂するのは同時だった。焼夷効果のある燐片を撒き散らし、新たな白煙を玄関ホールに拵えた。
酸素がある限り燃え続ける燐から、必死に飛び退く谷本以下火力支援チームの面子。大芝班も降り注ぐ白燐から逃れるため、慌てて玄関から離れた。
「ぎゃああああ!!」
白煙の向こうから凄まじい絶叫が上がった。思わず顔を見合わせる山岡と大野の前に、全身から白煙を纏り付けた影が飛び出してきた。反射的に銃を構える自衛隊員達を、影の正体を見切った大柴が制する。
「撃つな!遠山だ!」
実のところ、遠山は手榴弾の爆風で気絶しているだけだったのである。破片で手足に若干傷を負ったが、高張アラミド繊維製の鉄帽と、1000デニールコーデュラの生地にセラミックプレートを挟み込んだ防弾ベストは、至近距離での手榴弾の爆発から彼の命を救った。
悲鳴を上げて体に着いた燐を必死に叩き落とす遠山を、谷本が地面に押し倒した。一秒前まで遠山の頭があった位置を、踊り場からの銃弾が擦過する。
遠山の左耳には、燃え盛る燐片が突き刺さり、耳朶を内部から焼き焦がしていた。谷本は暴れる遠山をヘッドロックの要領で押さえ付け、銃剣で左耳を削ぎだした。悲鳴のオクターブがさらに上がった。
切り取られた耳朶は、暫く青白い煙を吐いていたが、やがて脂肪を燃料にして燃えだした。
「衛生!衛生!」
誰かが装甲車に向かって叫んでいた。猪野衛生二曹が、谷本の元へ部下と共に駆けつけてきた。
すぐに遠山を搬送しようとする衛生班を押し留め、暴れる遠山の頭を掴み、正面から目を睨んで小山班の居所を尋ねた。少しして遠山の目の色に正気が戻った。
「東棟です!最初から皆1階にしかいません!!」
猪野がもう限界だとばかりに、小隊陸曹の手から患者を引ったくった。猪野は遠山を担架に載せると、谷本が何か言う前に運び出した。とにかく、目前の敵に遠慮する必要は無くなった。
「無反動砲射撃用意!」
しかし待機場所にその姿がない。何処に行った!?
谷本が大声で無反動砲を呼び続けると、装輪装甲車の陰に隠れていた射手と装填手が慌てて戻ってきた。
「馬鹿野郎!何処行ってやがる!?」
踊り場から再び機関銃が唸り出し、装填手の梅原彰太一等陸士が弾かれたように肩を押さえて仰向けに倒れこんだ。
「撃ち返せ、射撃を抑えろ!」
金突がSAWを持ち上げ、玄関に銃身をだけ突きだして弾丸をバラ撒き、その足元で山岡が伏せ撃ちの姿勢で40ミリを撃ち込んだ。機関銃の銃声が途絶えた。
その間に梅原一士が撃たれた肩を押さえながら起き上がり、右腕で無反動砲の撃針を押し込んだ。
「準備よし!」
玄関付近にいた自衛隊員達が一斉に伏せた。84ミリ対戦車榴弾が階段の踊り場付近を火の玉に変えた。
爆風が去ると、谷本がエントランスに手榴弾を投げ込み、爆発と同時に火力支援チームが踏み込んだ。
対戦車榴弾は踊り場のバリケードを綺麗に吹き飛ばし、ジェット噴流で反対側の壁に5センチほどの大穴を開けていた。しかし北中国兵の死体は何処にも見当らない。仕留め損ねたと判断した自衛隊員達は、散開し逆襲に備えた。
大柴が救出班を引き連れてエントランスに入ってきたので、火力支援班と二手に別れて北棟と東棟の入口に取り付いた。
前衛の志水が、東棟への通路を覗き込んだ瞬間、通路突き当たりの防火扉の前に鉄帽を置く小山二曹と目が合った。小山は慌てて、今にも駆け出しそうな志水をジェスチャーで押し留めた。途端天井の銃眼が火を吹き、鉄帽を弾き飛ばした。どうやら2階から狙われていて、身動きができないらしい。
谷本が無線で外周捜索班に小山班の居場所を知らせると、自身は火力支援班を引き連れ、2階へ駆け上がった。
突然志水がものも言わず走り出した。小山班には彼の教育係りのである斉藤士長がいる。彼を死なせるわけにはいかない。周りが止める間も無く彼はエントランスから飛び出した。
背後で銃眼が火を吹き、跳弾が跳ね回った。手榴弾が投げ落とされ、破片が身体に幾つか喰い込んみ、彼は爆風の勢いで防火扉に滑り込んだ。
突然の乱入者に驚いた小山と斎藤は、思わず銃を構えたがすぐに味方だと気付いて銃口を下げた。
斉藤はそれが志水だったので更に驚いた。扉の向こうで、銃声の勢いが増した。小山が叫んだ。
「ドアを守れ!」
東地区気象観測所北棟2階。
2階エントランスには、先程の擲弾の爆発で、北中国兵の死体が3つ転がっていた。屋内には弾薬が誘爆した影響で壁は黒煙で煤け、周囲にはコルダイトの強い刺激臭が漂っていた。
谷本が潜望鏡で慎重に北棟連絡通路を覗くと、土嚢を積んだ即席バンカーが見えた。火力支援チームは廊下からの銃撃を避けるため、エントランスに面した一番手近な部屋に飛び込んだ。
部屋は狭く屋内戦闘の基本人数の4名は入れそうにない。2番手に部屋に入った山岡が「ショートルーム!(人員がこれ以上入れないの意)」と叫んだ。
後ろに続く大野と金突は部屋には入らず、北と南にそれぞれ銃口を向け、壁に張り付いた。
部屋は壁の一部が取り壊され、隣室と繋がっていた。敵の侵入を予想してか、向こう側より土嚢を詰めた砲弾ケースのバリケードを築き上げ塞がれていた。谷本はバリケードを動かせないか試しに肩で押してみたがビクともしない。谷本は一計を案じ、山岡を部屋の外へ押し出した。
銃剣で砲弾ケースの壁の真ん中を切り崩し、そこに89式用小銃擲弾を突き立てた。安全帯を外し信管を引き出して点火。谷本が部屋から飛び出すと、バリケードは跡形もなく吹き飛んだ。
吹き荒れる粉塵の中、老練な小隊陸曹は隣で目を白黒させている擲弾手に「真似するなよ」とニヤリと笑いかけた。
2人が再び部屋に踏み込むなり廊下で銃撃戦が始まった。バリケードを爆破したのが敵の逆鱗に触れたらしい。北中国兵は即席バンカーから無茶苦茶な機関銃の乱射を大野達に浴びせかけてきた。
谷本が手榴弾のピンを引き抜き叫んだ。
「手榴弾、投げるぞ!3秒!」
小隊陸曹の命令を了承した大野と金突が猛射を開始し、きっかり3秒で射撃を止めた。入れ違いに谷本がドアから半身を乗り出し、手榴弾をバンカーに投げ入れた。手榴弾の炸裂と同時に、反対に廊下の奥から赤い何かが投げ込まれ、派手な音を立てて床を転がった。
谷本はそれが消火器だと分かったが、何故か煙を噴いている。よく見れば消火器の胴体に針金でくくり付けた、手榴弾!?炸裂と同時に圧縮酸素の衝撃波が、突撃に移ろうとした自衛隊員達を薙ぎ倒した。
泡状に続いて粉末消火剤塗れになった谷本は、何とかもがいて立ち上がり、咄嗟に押し倒した擲弾手を手探りで引き起こすなり、さっきの部屋へ押し戻した。
後続の連中の無事を確かめようと振り返った時、誰かが猛スピードで廊下を駆け抜けていった。
救出班のリーダー、大柴三曹は消火器爆弾の爆発で、部下と共に壁に叩きつけられた。息が詰まり、2〜3秒俯せに倒れていたが、すぐに立ち上がった。
粉末の消火剤が辺りに立ち込めるなか、見覚えのある影が同時に跳ね起きた。大野と金突だ。しかし大野は起き上がるなり銃口をこちらに向けた。金突が何かに気付いて振り返った。長身の機関銃手はあらぬ方へ武器を構えている相棒の肩を掴んだ。
「こっちだぞ」
大野は少し驚くと、慌てて小銃を反対方向に構え直した。おい、ちょっと待て。
「敵が行ったぞ!」
廊下の奥から谷本の叫び声がした。同時に消火剤のカーテンを切り裂き、大柄の影が跳躍した。
敵だと気づいた自衛隊員達が狙いをつけるより早く、ナイフとマシンピストルを振りかざした北中国兵が猛然と襲いかかった。