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1日目 AM09:25−精鋭無比−

観測所手前200メートル。火力支援チーム。


山岡の視野一杯に閃光が走った瞬間、重火器を据えた一角が炎を上げて吹き飛んだ。

叩きつける衝撃波に唖然としていると、背後から誰かに蹴り倒された。首を後ろにねじ曲げると、同じ目線の高さに大野の引き吊った顔があった。粉々になった機関砲の破片が降り注ぐなか、2人は何が起きたのかと顔を見合わせた。

彼らの背後には得意気にロケットランチャーを肩から下ろす金突がいた。


M-72LAWE6は個人火力向上計画の一環で採用された使い捨て軽量ロケット砲である。従来型が射撃時の後方噴射のため40メートルの安全距離が必要だったの対し、E6モデルは砲身チューブ内にカウンターマスを装備し、安全距離が10メートルとなった最新型だ。


大野は挽き肉にはならずに済んだが、嫌な予感がした。案の定、特小無線機から呼び出し音。液晶ディスプレイの送信元表示は谷本一曹。がっくり肩を落として回線を開き、怒声に備えた。


谷本一曹はその轟音を煙幕のカーテン越しに聞いた。鳴り響いていた機関砲の砲声が止み、白煙の空間から観測所の銃座のある辺りから真っ赤な炎が上がるのが見えた。

谷本は血相を変え無線機を掴むと、呼び出し符号も使わず怒鳴り付けた。


「バカ野郎、重火器を使うな!斥候班がまだ中にいるんだぞ!」




気象観測所北棟1階。


階上から轟く爆音に、斎藤士長は反射的に横たわる弘田に覆い被さった。


「00アルファ!こちら飛騨偵アルファ!送レ!」


小山二曹はウエビィングに着けた無線機に叫ぶが、レシーバーからは空電が帰ってくるばかりだ。

さっき手榴弾を受けたとき壊れたらしい。アンテナは折れ曲がり、無線機本体にヒビが入っていた。


「おい、寝るなよ!そのまま逝っちまうぞ!」


手榴弾の破片で全身針鼠状態の弘田の容態が悪化し始めた。斎藤が出血で意識を失いかけている相棒を必死に揺り動かすが反応は鈍くなる一方だ。

斎藤自身も背中に銃弾を受けて、防弾ベストの下は血塗れだった。

小山は軟禁状態から抜け出るべく、撃たれた足を引き摺り部屋を調べて回った。

窓は全て鉄格子と瓦礫で塞がれており、唯一の出入り口である防火扉は開けた瞬間天井の銃眼から撃ち下ろされた。

正面玄関から一際激しい銃声が聞こえた。手榴弾の炸裂音も聞こえる。

小山は興奮した味方が、銃を撃ちながら部屋に飛び込んでこないよう、目印に鉄帽を扉の前に置いた。



気象観測所1階・エントランス。


前衛を進む五十嵐三曹がエントランス入り口で急に立ち止まった。後に続く糸山三曹は何事かと声を掛けかけてやめた。中央階段の上から人の気配と共に殺気を感じる。待ち伏せの匂いがした。


小山二曹からの連絡は途絶えたままで、無線は通信規則で糸山からの送信は禁じられている(受信した時のみ応答出来る)。やもえず糸山は緊急時呼出手順に従い、無線機のプレストークスイッチを2度押した。


カチッ カチッ 。


返事はなかった。いよいよ困った糸山は本隊に直接掛け合うか迷った。遠山が「どうするんです?」と目で訴えてきているが、進むも戻るも状況が掴めない。


判断がつかないまま動けずにいると、国道3号線をこちらに向かって疾走してくる重装甲機動車と装輪装甲車が現れた。糸山は渡りに船と増援と合流して小山達を探しに行くことにした。

階上より腹に響く重い射撃音が轟き、特大の曳光弾が機動部隊を捉え粉砕した。どうやら屋上か何処かに重火器が隠されてたらしい。もはや彼等に迷っている時間はなかった。

糸山は「手榴弾は使うなよ」と2人に念を押して閃光手榴弾を2つ取り出した。遠山が不思議そうにしてたので五十嵐が「味方が何処にいるか分からんだろ?」と説明した。

安全ピンを抜いて1発は階段の向こう側、1発は階段の踊り場に向けて投げ込んだ。閃光手榴弾は放物線を描いて狙い通り爆発した。


「行け!行け!行け!」


五十嵐を部屋に押し出し、背後に遠山を従えて駆け出した。階段を横切ると、踊り場に土嚢を積んだ即席バリケードに軽機関銃を伏射の姿勢で構えている北中国兵がいた。北中国兵は格好の射撃位置にいたが、閃光手榴弾で目が眩んだのか直ぐには撃ってこなかった。五十嵐が小銃で牽制しながら走り抜け、糸山は必死に後を追うが差は開くばかりだ。


五十嵐昇三等陸曹は県内の私立大学を卒業後、自衛隊に一般枠の二等陸士で入隊した。彼は自衛隊に入隊はしたが戦闘職種は自分に向かないと思い、衛生科を希望していた。

しかし、大学で陸上部のフルマラソン選手だった五十嵐は、教育入隊した第17普通科連隊(自衛隊は一般二士の基礎教育は部隊で行う)で、体育教官も追い付けない健脚を見せつけ、駐屯地持続走新記録を打ち立てた。

その結果、稀に見る逸材と連隊長が直々に「彼を手放すな」と教育隊長に命令し、彼は半ば強制的に普通科隊員となってしまった。

射撃の腕は悪かったが箱根駅伝や富士剛力走で数々の記録を作り続け、三曹昇任を契機に結婚も決まり、今年の春から体育学校へ入校する筈だった。


当然、全力疾走する五十嵐に糸山が追い付ける筈がなかった。遠山はもっと遅かった。折れた助骨が痛みスピードが出ない。

3人の間隔は3メートル以上広がってしまった。糸山がエントランスの中央に差し掛かった時だった。真上から1発の手榴弾が降ってきて、糸山と遠山の間の床に落ちるなり爆発した。

糸山は爆発の瞬間、両足を思い切りバットで殴られたようなショックを感じ、その場で倒れ込んだ。右足の感覚が無いので千切れたかと思い首を曲げて足を見たが、ブーツの通気孔から血が流れ出ているものの、ちゃんと体に付いていた。

少し安心すると遠山が後ろにいたことを思い出し、彼の姿を捜した。遠山は爆風で北棟の入口付近まで吹き飛ばされ、壁にもたれて伸びていた。


立ち込める爆煙の向こうで機関銃が唸りだした。射手が閃光手榴弾の影響から立ち直ったようだ。

だが糸山が見えないらしく、狙いは頭上を通り越している。糸山は立ち上がろうにも下半身に力が入らないので這って遠山の方へ向かいだした。


一方五十嵐は東棟入口に無事たどり着いたはいいが、誰も後ろに付いてきていないので慌てていた。

なんで俺だけなんだ!?みんな何処に行った!?

恐る恐るロビーに戻ると、床に血の跡を曳きながら這いずる糸山を見つけた。彼の頭上を曳光弾が猛烈な勢いで飛び交っていた。

五十嵐は壁に寄ると、炸裂弾(本来は薄い壁やドアを撃ち抜くための特殊弾)をショットガンに込め、銃撃が途切れるタイミングを見計らった。天井からパラパラとコンクリートの欠片が降ってきた。何気なく上を見上げたら、天井に開いた無数の孔から手榴弾が降ってきたので仰天した。五十嵐は慌てて床に身を投げ爆風を避けた。

手榴弾は機関銃手に被害が及ばないよう時間調整をされており、床に落ちてから炸裂した。爆風に驚いたのか、機関銃の銃声が一瞬途絶えた。チャンスと見た五十嵐はショットガンを踊り場に向け一気に全弾撃ち込んだ。半分消し飛んだ土嚢の奥から凄まじい怒号と、焼け焦げた鉄帽が階段に転がってきた。

機関銃手を倒したと確信した五十嵐は、糸山を樽でも背負うように担ぎ上げ、玄関目指して走り出した。糸山が「遠山!遠山!」と叫んでいたが今は応えてられなかった。


玄関を抜ける直前、いきなり背後から呼び止められた。中国語だったので予想ではあるが、多分「待ちやがれ!」的な勢いだったと思う。糸山の身体越しに振り返ると、階段の踊り場に北中国兵が仁王立ちになって88式通機(汎用機関銃)を構えていた。

顔半分を汚れた包帯で覆ったその兵士は、また何事か喚くと、彼らに向け引き金を引いた。5,8ミリ弾の嵐に背中を連打された五十嵐は、防弾ベスト背面のセラミックプレートを叩き割られ、前のめりで倒れ込んだ。床に投げ出された糸山は、止めを刺しに近づく北中国兵を荒い息で見上げた。

デジタル迷彩に黒い防弾チョッキを着込んだ厳つい男で、恐らく空挺か海兵隊に相当する兵士のようだ。身に纏う雰囲気からして、自分達と格が違うのが分かった。

しかし北中国兵は突然機関銃を肩付けすると、玄関の外へ掃射し始めた。外からは応戦する複数の89式の銃声。何時の間にか外に装輪装甲車が来ており、降車した普通科分隊が玄関に押し寄せてきていた。


数での不利を悟った北中国兵が機関銃の弾丸を一弾帯分送り込むと、救出部隊が怯んだ隙に踊り場へ駆け戻っていった。

糸山達に助けが来た。糸山は遠山が取り残されていると必死に訴え、それを聞き取った峠幸昌一等陸士が助けに向かおうとした。

しかし遠山の元へ駆け出した峠を、横殴りの弾幕が薙ぎ倒した。

踊り場のバリケードの上にさっきの北中国兵が右手に88式通機、左手に75連弾倉を装着した95式歩槍を構えて乱射していた。高台から撃ち下ろされる圧倒的な火力に、救出部隊がエントランスから押し出され始めた。大柴浩司三等陸曹は89式を撃ちながら、うつ伏せに倒れた峠一士を引き摺って玄関から飛び出した。


峠一士は二十歳になったばかりの青年だが、下手なパチプロ師顔負けのパチンコ歴5年のベテランだった。年齢制限の事を年上の先輩達から突っ込まれると、まだ少年の面影が残る、愛嬌のある笑顔でゴマかす悪い奴だ。


大柴は装輪装甲車の影に峠を寝かせ、偶然追い付いてきた猪野衛生二等陸曹を捕まえると峠の防弾ベストを脱がしにかかった。

峠の左腕からは血が噴き出していて、猪野が射入孔を探すと左腕を貫通した弾丸は防弾ベストの隙間を突き抜け、両方の肺を貫通して背中から抜けている。

猪野にできることはなかった。猪野は直ちに緊急搬送を指示し、部下が折り畳み式担架を準備している間に峠は息を引き取った。


峠に続いて糸山が運ばれてきた。最初は意識が無い五十嵐が重傷かと思われていたが、弾丸は全て防弾ベストが防ぎ、弾着の衝撃で〈脳震盪〉を起こしているだけだった。

猪野が大きな鋏で糸山のブーツを斬り、ゆっくり脱がすと踝から先がズタズタに引き裂かれ、ささくれだった爪先から白い骨が突き出ていた。ブーツを逆さまに振ると血塗れの靴下の切れ端にくるまった指が数本、ボタボタと落ちてきた。


「おい、冗談だろ!?」


ブーツは無事なので、大したコトは無いと思っていた糸山は仰天した。みるみる顔が青ざめていく。猪野は冷静に足の指を拾い集め、医療バックから取り出したナイロン袋に指を入れ口を縛ると、それをマジックで時間を書いた保冷パックに納め糸山に握らせた。


「なくすなよ」


止血剤を傷口に振り掛け滅菌包帯を巻いてる最中、糸山はショック状態で呆然となっていた。手当をする側には好都合ではあるが、徐々に呼吸が浅く早くなっていくので、猪野は治療中にいきなりショック死しないか気が気でなかった。


そこへ彼等の元に谷本一曹が火力支援チームを引き連れ駆けつけてきた。


「大丈夫か、小山達はどこにいる!?」


谷本一曹の問いに、失神寸前の糸山はブツブツと答えた。


「小山二曹の組は東棟の何処かです。応答がありません。敵は天井に孔を開けて手榴弾を落としてきます。遠山がエントランスの北側に取り残されています」


救出部隊の通信手、羽形邦夫二等陸曹が中隊本部から施設の占拠を断念するとの指示を谷本に伝えた。


「斥候班を救出次第、撤収すると伝えろ!」


中隊長の原田一尉は味方を見捨てるような事はしないと思うが、一応その旨を報せる。案の定「急がれたし」と返事が来た。


「気を付けて下さい。玄関にはランボーみたいな奴がいます」


糸山はそう言い残すと遂に気絶した。彼は高機動車で拵えた応急救急車に、五十嵐と峠一士の遺体と共に載せられた。

谷本は救出部隊指揮官の曹長を呼び寄せ、2人で短い打ち合わせを始めた。その間にも屋上からRPGが撃たれ、地上との間で手榴弾と重機関銃の応酬が続く。


「俺と火力支援班は正面玄関に行く。救出部隊から5名出して他に出口がないか探せ。残りは屋上の奴等を黙らせろ!」


戦いは佳境に迫った。


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