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1日目 AM09:25−接敵−

東地区気象観測所付近。


荒れ放題の国道3号線を見下ろす、長い間風雨に晒され全体が黒ずんだ3階建て鉄筋コンクリート施設。

正式名称は沖縄気象台国端新島出張所。2013年に沖縄沖地震を教訓に地震予知と台風観測を目的として建てられるが、中国政府(当時)の横槍で建設が途中で中止され今日に至るまで放置されていた。


小山二曹が率いる斥候班が施設内に突入してから5分、1階を制圧したら本隊を呼び寄せ、後は接敵するまで索敵を続ける。緊急時には機動部隊が装甲車で救援に向かう手筈となっていた。

大野を組長とする山岡、金突の3人は火力支援チームとして斥候班を援護するため、観測所より200メートル南の位置に配置され、倒木を遮蔽物に息を潜めていた。


第17普通科連隊第3中隊の任務は、気象観測所の占拠と国道3号線を通過する後続部隊の安全確保だった。

海岸地区ヘリポートに到着した山岡達増援部隊は、短いブリーティングと編成完結の後、第15師団が用意した車輌に乗り込み、護衛の戦車小隊と共に一路東地区へ向け前進したのだった。

進出経路は特殊作戦群の哨戒挺身部隊(戦闘パトロール)に確保され、警戒されていた待ち伏せも無く、物事は万事滞りなく進んでいるかのように思えた。


斥候班より1階エントランス・ホールを確保との連絡を受け、中隊長の原田昌史一尉が本隊への前進命令を下した直後だった。突然施設内から銃声が響き無線ががなり立てた。


『敵とコンタクト!真上から撃たれている!』


斥候班からはそれっきり連絡が途絶え、即座に原田一尉は機動部隊に出撃を命じた。


機動部隊は重装甲機動車2輌に40ミリ自動擲弾銃装備の96式装輪装甲車2型1輌で編成され、指揮するのは第2小隊長の後田三尉だ。

機動部隊は重装甲機動車を先頭に国道3号線を猛スピード瀑進した。


その時、火力支援チームには銃声が聞こえても成り行きを見守るしかなかった。後方から重装甲機動車と装輪装甲車の車列が猛スピードで近づいてきた。

やはり斥候班が危機に陥っているらしい。何処を狙えばいいか分からず狼狽える山岡に大野は「屋上を見張れ」と命じた。

山岡が屋上から重火器で装甲車を狙う敵が現れないかと見張っていたその時、施設3階の壁の一角が爆破された。中から25ミリ双連高射機関砲の太い銃身が現れ、重装甲機動車を認めるや否や連射を見舞った。


機関砲…正式には87式25ミリ双連高射機関砲。旧ソ連のASUー23ー2のコピーである85式の口径を、ソ連式の23ミリから欧米式の25ミリに変更したものだ。

北中国兵はそれを施設内に分解して運び込み、日本側の予想進路方向に据え付けたのである。


重装甲機動車(HLV)は、基となった〈ライトアーマー〉こと軽装甲機動車を乗員の生存率向上を目指し重装甲化・重武装化された物だ。しかし25ミリのカウンターパンチには耐えられず、先導車が紙細工のように宙を舞い、一瞬でバラバラになった。

後に続く小隊長車も射線に捉えられ、前輪とエンジンを撃ち抜かれ擱座した。

ドライバーの三輪士長が上半身を粉砕されて即死。無事だった後田三尉は破片を浴びて伸びている通信手の平田三曹の襟を掴んで、ハッチから外へ引っ張り出した。

装輪装甲車が乗員を救助すべく、自動擲弾銃を撃ちながら高射機関砲の射線に割り込んだ。


96式装輪装甲車2型は従来型の装甲、火力向上に加え情報共有化システムを搭載し〈ストライカー装甲車〉の日本版を目指した物だ。しかし装甲車両の宿命、上面からのRPG釣瓶撃ちには無力だった。

装輪装甲車は煙を上げて停止し、後部ランプから消火剤まみれの乗員達が大慌てで脱出した。

小隊陸曹の谷本一曹と共に転がり出てきた矢岳友重二等陸曹は、部下と一緒に装甲車の陰にへばりついて銃撃を凌ごうとしていた。

擱座した重装甲機動車の方を見ると、後田三尉が平田実三等陸曹の手当をしつつ、無線で何処かと連絡を取っていた。


通信手の平田三曹は両手を世話しなく動かしながらしゃべる男で、格舌が悪く、よくドモる。しかし一旦受話器を握ると流暢にしゃべりだす珍しい才能の持ち主だった。

ラーメンが好きで、休日に隊舎に残っている陸士を見つけると、近所のラーメン屋に引きずっていくので皆非常に迷惑がっていた。


手当を受けている最中も平田三曹は頚から血を流しながらピクリとも動かず、既に死んでるようだった。

後田三尉が谷本へ向け大声で叫んだ。


「小隊陸曹!そっちに行きます。援護してください!」


直後、後田三尉は頭上で炸裂した迫撃砲の破片を全身に受け、倒れ込んだ。平田三曹は半身を砕かれ完全に息絶えた。

後田三尉は無線機にもたれ掛かり、血塗れの顔を矢岳の方へ向けていた。

矢岳の中で何かが爆発し、回りに向けて叫んだ。


「小隊長を助ける、みんな撃て、撃ちまくれ!!」


自衛隊員達が一斉に銃を撃ち始め、屋上からの銃撃が弱まるのを見定めると全速力で後田三尉の元へ走った。回りで銃弾が飛び回っていたが、そんなの気にしていられなかった。

重装甲機動車の残骸の陰に飛び込むと、後田三尉を地面に引き倒して、平田の遺体から無線機を外そうとした。しかし無線機のハーネスを掴んだ途端、銃弾が当たり本体がバラバラになった。

無線機の残骸を投げ捨て、後田三尉の体を折り畳むかの様に抱えると、もと来た道を駆けを戻った。

後田三尉を抱える矢岳を狙って再び高射機関砲が唸りだし、迫撃砲が再び火を噴いた。擱座した重装甲機動車が完全に破壊され炎上した。屋上の敵からも狙われ始め、たちまち2人は銃弾の土埃に包まれた。


矢岳二曹と小隊長の危機に、火力支援チームは屋上へ射撃を開始した。金突のSAW(ミニミ)が轟然と曳光弾を吐き出し、山岡は89式の単連射を見舞った。

機動部隊との撃ち合いに夢中になり、目前の脅威を失念していた北中国兵達は、伏せる間も無く火力支援チームの銃撃に晒された。


「山岡!銃座を撃て!」


大野が屋上の北中国兵を狙撃しながら叫んだ。

大野の持つ89式小銃は、山岡が持つ3型とは違い〈高級品〉と言われる初期型だ。

左右非対称の握把。緻密に計算され、日本人の体格に合わせて湾曲した銃床。掴みやすい被筒部。質実剛健と言えば聞こえは良いが、量産性とコストパフォーマンスを優先させ、味も素っ気もないデザインとなった3型と元は同じ銃には見えない。

大野はそれに12倍率のスコープと減音器を着け撃ちまくる。恐ろしい精度で屋上の敵が減っていった。


「早く銃座を撃て!小隊長達が殺られちまう!」


慌ててダットサイトを覗き、機関砲に向けて引き金を引いた。機関砲の防盾に火花が散った。


「馬鹿!違う!40ミリだ!」


大野に怒鳴られ、震える手で40ミリ擲弾発射器に榴弾を装填する。

こちらの位置を掴んだ敵が撃ち返し初め、山岡の頭上を銃弾が飛び交った。

擲弾発射器の尾栓を閉じて、再びサイトのレクティルを機関砲に合わせる。

しかし、今の銃撃で砲手の注意を引いてしまったようだ。サイト越しに自分を狙う機関砲の銃口と目が合った。

山岡の思考が止まった。

大野から「早く撃て!」と叫ばれていたが体が鋤くんで動かない。

次の瞬間山岡の視界は閃光に染まった。




高射機関砲からの射撃が唐突に止み、これ幸いと後田三尉を担いだ矢岳二曹は装輪装甲車の陰に駆け込んだ。

再び背後で迫撃砲の砲声が響いたので、最後は後ろも見ずに滑り込んだ。

矢岳は防弾ベストをさすり、あれだけ撃たれたのに1発も当たらなかったことが信じられなかった。

衛生隊員の猪野光夫二等陸曹が後田三尉の手当てを初めた。後田三尉は重傷ではあったが意識はしっかりとあり、しきりに「左足の感覚が無い」と訴えた。

猪野が止血のために対人榴弾で千切れ飛んだ左足にバンテージを巻き、ストラップを締め上げると後田は悲鳴をあげた。


「早く後送しないと死んでしまう!」


谷本が消火剤の泡風呂と化した装輪装甲車のキャビンから車載無線機を探しだすと中隊本部を呼び出した。


この森で日中両軍共に悩ませたのは通信手段の確保であった。

樹木の下からでは電波は飛ばない。しかし傘の下、近距離の部隊間通信であれば精度と通話距離が極端に下がるが可能だ。

結局この森で一番信頼できた通信手段は電話線を用いた有線通信で、通信隊は通信線を巻いたドラムをもって第3中隊の戦闘指揮所開設地域を駆け巡った。

目標との中間地点では、旅団司令部と前方航空統制所との連絡確保の為、電波搬送中隊が中継用ホイップアンテナを建てており、上空には航空自衛隊の電子支援機が旋回し、不測事態の場合、電波をリレーする手筈になっていた。


谷本は送信ボタンを押して原田一尉を呼び出した。


『飛車○一アルファ(後田三尉の呼び出し符号)が重傷です。増援と負傷者後送をお願いします。送レ!』

原田一尉より既に向かっていると返され、すぐに国道3号線から90式戦車改を先頭にした装甲車の車列が現れた。

先頭の戦車が猛スピードで突進しながら主砲を発射した。砲弾は観測所手前に着弾すると白煙を吹き出し、北中国兵の視界を奪った。

戦車は発煙弾を行進射で3発撃ち込むと車列から外れ、谷本達の装輪装甲車の盾となり停車した。

屋上の北中国兵が戦車に向け、69式火箭を見当を付けて撃ち込んできたが、増加装甲に全て弾かれ、逆に同軸機銃の返礼を受けた。

装甲車の車列は、搭載火器を撃ちまくりながら迫撃砲の弾幕を突破し、正面玄関の手前でハの字型に停車、増援部隊を降車させた。

装甲車の自動擲弾銃と迫撃砲との激しい応酬が続くさなか、1台の高機動車が急ブレーキを掛けつつ谷本達の所にやって来た。


「負傷者を早く載せろ!


こちらの位置を掴んでいる北中国兵は、高機動車の接近を察知し、煙幕越しに機関銃を撃ってきた。

戦車がFLIRを頼りに同軸機銃を撃ち返す。自衛隊の赤い曳光弾と北中国軍の青い曳光弾が白煙の中を飛び交った。

戦車が機関銃を引き付けている間に、矢岳は先導車と小隊長車の残骸を調べ、他の乗員達の安否を確かめた。生存者はいなかった。

矢岳は全員の認識票を集め装輪装甲車に駆け戻った。


「あの銃座を潰せ、火力支援班に機関砲を破壊するように伝えろ…」


モルヒネの影響で朦朧としながらも指揮を取ろうとする後田三尉を猪野は必死になだめていた。

後田三尉はすぐさま高機動車に乗せられ、後方の包帯所に運び込まれた。


第2小隊の指揮は小隊陸曹の谷本に引き継がれた。

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