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1日目 AM08:35−敵情監視−

エピソードの誤掲載につき、再度掲載しました。


優太殿、ご指摘ありがとうごさいます。

気象観測所より北へ2キロ一番遁道付近。〈監視ポスト01〉


「よっこらセ」


FM無線機と05式冲蜂(短機関銃)を片手の木登りは骨が折れた。それが高さが30メートル以上あれば尚更だった。

防空砲兵李大平兵長は楊下士と別れ、再び配置に就いた。

配置場所は枝が(直径が60センチ以上ある)三股に分かれている幹に板切れで足場を作って人一人座れるスペースを拵え、野外電話機が据え付けてられてあった。

適度に偽装は施されてるが土嚢などの掩蔽物はない。敵に発見されたら直ちに死を意味する地上30メートルの孤独な職場である。

いくら李が高い所が好きな青年でも、余り好ばれる状況ではない。


「やあ、お嬢サン。また隣を宜しいですか?」


李は監視ポストによじ登るなり「彼女」に声を掛けた。

「彼女」とは足場とした幹に浮き出た女性の形に似た瘤だ。ガレア船のレリーフの様に若い乙女を型どった半身像が監視ポストを見守っている。


これが東地区森林地帯名物「如体瘡樹」である。

しなやかな四肢に腰迄ある長い髮、ふくよかな胸。サイズに大小差はあるが、大体同じ顔と身体的特徴。これが1本2本なら自然の神秘で済むが森全域に無数にあるのだから恐ろしい。


青宝島に上陸してから「如体瘡樹」に関する怪談じみた噂が絶えない。

「見る度に表情が変わってる」「蹴っ飛ばしたら睨まれた」「銃で撃ったら悲鳴を上げた」等である。


中でも極めつけの話しが悲惨だった。

日本軍の反撃が始まる前。ある通信隊の若い兵士が、有線ケーブルを架設するのに樹に登ったら、てっぺん辺りで例の人面瘤に出くわした。その兵士は女日照りの禁欲生活が長かったせいと「彼女」が余りにも艶かったので「下半身の射撃訓練」の的にしたという。その夜は仲間と大いに盛り上がったが、しかし翌朝になって架設したケーブルが何故か外れ、彼はもう一度登る羽目になった。

もうすぐまた例の「彼女」がいる辺りに迄上がった時だった。

突然兵士が「悪かった!許してくれ!」と叫んだかと思うと、風もないのに枝がしなり、兵士をを振り落とした。落ちた兵士は首の骨を折り即死したという。

以来、自ら進んで樹に関わりたがる奴は居なくなり今日に至る。


李はそんな都市伝説じみた怪談を本気にしなかったが、楊は酷く気味悪がり「気が付くと俺を見ている」だの「居眠りしてたら鍋を叩き鳴らされた」だのと樹に登るのを嫌がった。


もうこの島に纏わる超状現象じみた話しにはウンザリしていた。一々気にしていたら切りがない。

日本軍の90式担克(戦車)に追われるより遥かにマシだろうに?


05式冲蜂を傍らに置き。無線機のスケルチを廻し始めた。ボリュームを抑えたチューニング音が響く。

一瞬背後の同居人を振り返った。

絶対気のせいに違いないのだが、樹が顔をしかめた気がした。心なしか周りから睨まれているような視線を感じる。


「うるさくしてゴメンなさい」


そう彼女達に手を合わせると刺々しい気配が消えた。李は再び作業に取り掛かった。


李は「如体瘡樹」に対して万事この調子だ。

彼は世間一般に言う「フェミニスト」ではない。李のそれは女性に敬意を表しての物であって、大くは両親の影響を受けていた。


彼は縫製工場で従業員用送迎バスの運転手をしていた父と、その工場に勤める母の間に産まれた。

父は人の良い男で、滅多に声を荒げないし、李に手を上げた事もない。バスの送迎経路であれば近所のお年寄りを乗せてあげたりする優しい男だった。


代わりに母が凄まじかった。人が良すぎて危なっかしいと、押し掛け女房となり、生活力の無い父にかわり家計から子育てを洗濯機のように切り盛りした。

躾には信賞必罰を徹底し、父が共働きを理由に給料を減らされかけたときは、他の従業員のオバサン達を引き連れ工場長に詰めより撤回させたりもした。


こんな母をもったが故か、李は女性に対し畏怖と尊敬の念を持って接するようになる。

だが意外なことに李が軍に入ると言い出した時、母は大反対した。


中国は兵役があるが、人口が多いため、徴兵適齢期の男子全員を入営させることができない(軍事費を圧迫する)ので抜徴兵制を導入していた。

軍幹部だった父方の叔父から、李が選考から外れたのを知らされ、母が素直に喜んでいた矢先だった。


「アンタはお父さんに似ておっとりしているから軍隊には向かない!」


どうしても日本への留学が諦めきれなかった李は除隊後の優遇特典目当てに必死に食い下がる。

そこへ父が助け船を出してくれた。


「好きにさせてやりなさい」


李は初めて両親の夫婦喧嘩を見た。物凄い剣幕で捲し立てる母に、冷静に毅然として諭す父。遂には母が折れた。


入営当日。見送りにきてくれた社宅の住人の前で、人目もはばからず号泣する母がいた。


あれから2年。李は中距離地対空ミサイルのレーダー手となった。

内戦勃発当初は北京の防空任務につき、最前線とは無縁な生活が続いていたが「青宝島防衛作戦」が発動されると、彼の部隊は守備隊防空戦力に引き抜かれてしまった。

かくして、予期せず前線勤務と日本への来日を果たした李を待っていたのは、守備隊司令部付通信大隊への転属だった。

李の履歴書を見て、大学で日本語を専攻していたこと知った上官が、司令部へ李に傍受した日本軍の交信の翻訳させることを具申したのだ。


配属先の【特設傍受分隊】には、各部隊から抽出された将校1人、下士官3人、兵卒が2人がいた。ただし専門の諜報訓練を受けた者はおらず、みな李のような大卒者と日本への渡航経験者だった。そこで初めて楊と出会った。


監視も兼ねての人事だったようで、任務中は背後に「分隊長」という名の監視役が常に張り付き、翻訳内容に不審な点がないか目を光らせていた。

居心地が悪いこと極まりだが、お陰で原隊の対空陣地が空爆され壊滅したとき死なずに済んだのだから文句は言えない。



遠くで銃声が響いた。

気がついたら1時間以上経っていた。

銃声は散発的だったものが、急に勢いを増して本格的な銃撃戦になっているようだ。通信からも気象観測所で日本軍が苦境に陥っているのが分かった。

施設を占拠しようとして失敗。中に閉じ込められた偵察兵を助け出そうと右往左往している。

他にも符号変換装置経由の圧縮電波が頻繁に出ているが内容までは解らなかった。森の上までアンテナを伸ばしたか、上空の日本軍機に中継をやらせているのか?だとしたら我が軍は制空権も失ったか。


『・・・・』


何故かレシーバーから英語の通信が入ってきた。

美国(アメリカ)が参戦してきた?いや違う、発音が日本語っぽい。


えーと、ディスイズ、ライデンフライト、スタンバイナウトゥザ・2000アルチュード。アンチグランドフォーメーション… ?これってまさか!?


交信ソースを理解した李は血相を変え野外電話機に飛び付き呼び鈴転杷を廻した。


「・・・!!」


誰かに呼ばれた気がした。

言語ではなく、感覚でそれを感じた。正確には呼ばれたというより叫ばれた。「危ないと!」と。

本能的に「彼女」の方へ振り返った直後、一秒前まで頭のあった位置を、銃弾が通り過ぎた。

大口径弾の直撃を受けた枝が弾け飛び、衝撃が李を足場から投げ落とした。

真っ逆さまに墜ちて行ったので、地面が迫って来るのがみえた。

李が観念して目を瞑ると、地上寸前で何かに受け止められた。 恐る恐る目を開けると、太い複数の枝に地上3メートルのところでキャッチされていた。


枝なんて生えてたっけ?さっきまで真下には無かった気が…?


そうこうしている内に足元の地面が盛大な土煙を上げた。

李は狙撃されていることを思い出し、慌てて近くに落ちていた05式冲蜂を拾うとアタフタと樹の陰に飛び込んだ。


赤外線探知が使えないから勘で狙ってきている筈。この日本軍の狙撃兵は凄腕の持ち主に違いない。口径は多分12,7ミリ。着弾方角から南に800メートル離れた崖から撃ってきているようだ。どう見ても短機関銃では勝ち目はない。


ザザザ…。


またもや風もなく木々が揺れ動いた。枝が李の姿を射線から隠すようにしなる様は、まるで樹が「早く行け」と言っている様だった。


「ありがとう!」


李は幹を2度叩くと、白中尉のいる第一遁道へ向け疾走した。




森林地帯から南東方向約800メートル。〈狙撃ポイント3〉


陸上自衛隊特殊作戦群、特別編成第1哨戒挺身隊の磯部憲治(仮名)二等陸曹は、初めて相棒が狙いを外すのを見た。

狙撃手を務める穂刈(ほかり)瑞児二等陸曹は(仮名)がM95対物狙撃銃の安全装置を掛け深々と魂を吐き出すかの如く溜め息を吐いた。全身から「何故だ!?」というオーラが吹き出ていた


「頭目、こちら伊賀。標的の排除に失敗。送レ。」


磯部が司令部に淡々と報告する。

国端新島奪還作戦「ほむら」発動より彼ら特殊作戦群は、第15戦闘団と呼称され第15師団司令部直轄部隊として運用されていた。

任務は後方撹乱、破壊工作、強行偵察等である。

磯部と穂刈の2人は、増援部隊の進出経路確保の後、森林地帯の敵対空監視ポイントの排除を命じられた。

だが結果は散々。北中国兵は狙撃寸前、頭を上げて弾丸を避けると、樹から真っ逆さまに樹から落ちていった。しかし地表スレスレで無風状態にも関わらず、枝がしなり北中国兵をキャッチした。

追い撃ちを試みたが今度は狙いを撹乱するかのように木々が勝手に揺れ動き、北中国兵の脱出を援護した。偶然にしては出来すぎる、もう、腕でどうこうどころの話じゃない。


磯部はスポッティングスコープを覗いて北中国兵がいた監視ポイントを見た。

太い幹の「人面瘤」と目が合った。磯部はなんだか嘲笑われている気がした。

この島の不可解さは今に始まったことではないが、戦争が続くにつれ、命にか関わる事案が増え始めた。

一昨日は何故か浮力が全く無い小川を知らずに渡河して2人犠牲になった。


「野郎ぉ・・・」


M95のボルトを操作するコッキングノイズが響いた。

見ると穂刈もスコープを覗いて同じ方向を見ていた。

相棒が何をしようとしているのかを悟り慌てて制した。狙撃屋が無駄弾を撃つのは自殺行為なのを分からない筈はないのに。穂刈はそれだけ追い詰められていた。


司令部から移動命令がきた。今度は航空統制官として攻撃機を誘導することになった。

目標指示レーザーが使えないので(森が何故かレーザーを吸収してしまう)爆撃は特殊作戦群が入手した偵察情報から図上標定し、目標へはマーカー射撃とドライラン(爆撃予行演習)を繰り返しての攻撃となり、攻撃機にとって昔ながらの急降下爆撃で非常に危険な作戦になる。

このちっぽけな島では日中共々あれだけ予算を掛けたハイテク兵器の恩恵をまったく受けれず、戦争は50年前の高性能な兵器を必要としない超接近戦へと退化しつつあった。


まだまだ一杯人が死ぬ。俺達の出番はまだあるさ。


2人のコマンドは次の任務に就くべく、静かに移動を開始した。

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