1日目 PM12:00―ブラック・アウト―
ギルドとか冒険者って…なに?
PM12:00 西海岸地区第15師団DPC(師団司令部)
「問題は何が起きているかより、どうするかだ?」
第15師団長、田中竜也陸将は、顔色を無くす幕僚達を前に決然と言い放った。
強力な電子妨害は、日本側に大混乱を引き起こした。
第15師団は衛星通信システムから個人携帯無線機に至るまで無線通信網は全滅。
防空、対迫、対水上各種レーダーサイトは白目を剥き、日本本土と沖縄は勿論、南西へ5キロ離れた西新島に布陣した防空監視サイトと地対艦ミサイル大隊との連絡も取れない。
第3電子隊があらゆる対抗策を試すが状況は好転せず、有線通信を除いて処置無しの状況が続いた。
混乱は海空にも及ぶ。
洋上の護衛艦隊は【あたご】【きりしま】のイージス艦が突然ブラックアウト。一瞬で各艦とのデータリンクを断ち切られた。
GPSが沈黙しCICの戦術ディスプレイが砂嵐状態の中、空自のAWACSからもたらされる早期警戒情報も失い、艦隊は発光信号により辛うじて陣形を保っていた。
異変は航空自衛隊那覇基地でも関知され、直ちに南西航空方面隊(2015年・南西航空混成団より昇格)警戒管制団によりESM(対電子対抗策)が執られるも未知のジャミング波に全く歯が立たず。ごく短時間で高射隊の防空レーダーから気象隊の気象レーダーに至るまで【アルカディア】上空の電子情報は全てブラックアウト。航空自衛隊は国端新島を中心に、半径35キロ圏内の航空管制機能を完全に喪失した。
取り分けCAP(戦闘空中警戒機)を含め、10機以上もの航空機を一瞬で見失った管制官達の狼狽は一際で、管制官達はロストした機体から最後に送られたデータより消費燃料値を逆算し、残りの航続時間を割り出すのに躍起だった。
一方、基地食堂内に設けられたプレスセンターで、各国の報道陣が一斉に携帯電話とインターネットが使えなくなったことに不審を抱き、広報に詰め寄り警備との間で押し問答が始まった。
広い天幕の中、唯一の通信手段となった有線電話がひっきりなしに鳴り続ける。対応に追われている信務員に混じり、見事な手捌きで受話器を取り上げる3科長の姿もある。3科長は事務室でも野戦指揮所でも電話を受けまくり掛けまくる癖があった。
決断が迫られている…敵が一発逆転を狙うなら、ここが標的に間違いない。田中は直ちに司令部を引き払い、全部隊を臨戦態勢に戻せと叫ぶ本能を抑え、司令部内の末席に目を向けた。
田中は2015年の博多大暴動で、第6師団司令部のS-2主任として従事していた。その時、福岡県庁に設営された指揮所には防衛省運用企画課から連絡調整官が張り付き、交戦許可を求める無線が入る度に口を挟んでは「官邸と協議しますのでお待ちください」とオペーレーションに後手を招き、被害の拡大と要らぬ犠牲を強いられた。
しかし今、目の前にいるのは背広姿の防衛省キャリアではなく、陸上幕僚総監部より派遣されてきた迷彩服の法務官だ。
八木孝3等陸佐。明治大学法学部を卒業し弁護士を目指すが、学費の返済に挫折。自衛隊入りした異色のキャリアを持つ。国際法の専門家で、何か閃くと、度の強い眼鏡を指で押し上げる癖から『司令』と渾名されていた。彼の役割は、国端新島を占拠する北中国軍との戦闘に法的裏付けを取ることだ。
八木3佐は田中の視線に気付くと、幾重に付箋紙が挟まれたファイル…『ほむら作戦・交戦規定要綱』を一瞥した。
「現地レベルでの事前協議もまだですし、現状で停戦は発効されていません。国際方上、未だ『戦闘中』と解釈して対応して問題はないかと?」
「永田町から打って出るなとの指示だが?」
まだ若い、童顔の法務官は静かに眼鏡を押し上げた。
「この件は統合幕僚会議を経由した物ではなく、政府が直接我々に発したものです。有事法制上、戦闘終結まで政府と言えど正規の手続き無しに軍事行動に介入できないのが原則のはずです。それに現在、状況を報告し命令の是非を質そうにも連絡が付かない」
「では、当初の任務を継続するしかない?」
「むしろ国連安保理で制裁決議を採択されかねない暴挙です。それに備えるのになにか問題がありますか?」
自衛隊創設以来60年余り。田中は幾多の悲劇を教訓にようやく定められた有事法制、武力侵攻事態対処法とROE(交戦規則)に感謝した。
しかし、北中国は国際社会より騙し討ちの謗りを受けてでもこの島を奪い返すつもりか?田中は中国共産党ブレーンの正気を疑った。
卓上に並んだ野外電話が鳴った。すかさず3科長が早押しクイズ宜しく、目にも留まらぬ早業で受話器を引ったくる。
「対空情報。第1前方支援地域上空に彼我不明の大編隊、南下中!」
田中は、脳裏に残っていた全ての淡い希望を振り捨てた。
「黄色対空警報発令。対空監視を厳とし、偽装・掩蔽退避を実施すべし。開括地に出るな」
そして一呼吸置いて続けた。
「交戦制限は解除、交戦制限は解除。以後、味方以外見かけたものは全て撃て!」
田中は後に、これが歴史が動いた瞬間となることを知る。
にわかに騒がしくなる天幕を、伝令達が通信筒片手に飛び出し、幕僚達が唯一の意思伝達機器となった野外電話機を奪い合い、命令を飛ばす。
「司令部を地下掩体指揮所に移動する!」
海岸より若干内陸に入った緑地帯に、ライナープレートとよばれる骨組みと鉄板で拵えた地下壕が掘られていたが、完成直後に制空・制海権が日本側に墜ちたため、今まで使われずにいた。
コンパスとチャート(海図)を頼りに爆撃機が来る前に急がなければならない。喧騒の中、天幕の前に幌を外したパジェロが滑り込んできた。
田中が助手席に乗り込む間際に、阿佐嶋副師団長が駆けよってきた。彼は一時的にせよ、指揮系統に空白が生ずることを恐れていた。
「師団長は幕僚たちと先に行ってください。私は地下指揮所が立ち上がり次第向かいます」
阿佐嶋は軽く敬礼すると、踵を返し天幕の中に戻っていった。これが田中が見た副師団長の最後の姿だった。
「警報ー!警報ー!未確認機接近中!」
誰かが、メガホンで叫びながら走り抜けていった。途端、割れんばかりの空襲警報が海岸地区全体に鳴り響く。
周りの隊員が掩体壕に向け、一斉に走り出した。ドライバーの陸曹は畜生と舌打ちし「ついてきてください!」とエンジンを止めた。
田中は座席から腰を浮かした瞬間、真上を何かが航過するのを感じた。反射的に空を見上げた瞬間、背後から爆風を叩きつけられ、パジェロごと空中に弾き上げられた。
田中は座席から放り出され、砂浜へまっ逆さまに叩きつけられた。
一瞬息が詰まり、固く瞑った目蓋の裏で、白い砂嵐が明滅し吹き荒れる。
しかし気合い一発。上半身を跳ね起こす。あちこち痛むが砂がクッションとなり、打ち身以外大事にはならなかったようだ。
しかし、自分の他は運に恵まれなかった。
『爆撃』は一瞬で周囲を火炎地獄に変えた。通信アンテナが溶けて倒れ、天幕が潰れ、爆風で巻き上げられたドラム缶が、人と一緒に燃えながら降り注ぐ。
師団司令部だった業務用天幕は、碗状のクレーターを残し跡形もなく消え失せていた。物凄い熱量らしく、クレーター中心部の砂は融解してガラス化している。司令部には副師団長と幕僚の大半がいたはずだった。
目の前に乗っていたパジェロが、空中で一回転しグシャリと着地した。肝を冷やした田中だったが、運転席で呻く人影を認めるなり駆け寄った。ドライバーの陸曹はステアリングに顔を叩き割られ、完全に伸びている。
田中は自分が人生の幸運を使い切ったと錯覚した。
助けを求めて周りを見渡すが、炎の中を誰も彼もが必死に逃げ回っていた。
恐慌をきたす中で見覚えのある人影を見かけた。両手に分厚いファイルを掲げた童顔の幹部が、炎上する天幕をバックにヘタリ込んでる。
「おい、無事か!?」
法務官、八木3佐は茫然自失のところ、背後よりいきなり声をかけられ、ビクッと振り返った。
「師団長ご無事で!」
「他の幕僚と阿佐嶋は!?」
八木3佐は何かを言い澱み、燃え盛る爆心地を振り返った。この瞬間、田中は最高のスタッフと信頼できる副官を失ったことを悟った。
再び爆音。今度は海岸地区南の合同通信所が狙われている。敵は徹底的に司令部機能を叩く気らしい。
上空には幾つもの一列縦陣で地上掃射を繰り返す3機編隊と、それを上空援護する矢じり型の3機編隊とが絶妙なコンビネーションで乱舞していた。しかしこの敵機、何かがおかしい。
「また来るぞー!」
誰かが叫んだ。西の空から急降下してくる機影が3機。見たことの無い機体でレシプロ機にしては早く、ジェットにしては静かだった。敵機から目を離さず、八木を引き摺り起こそうとして田中は我が目を疑った。【敵機】が羽ばたいたのだ。オマケに乗馬宜しく人が上騎して手綱を引いている。
中国人はこの戦争に一体何を投入してきたんだ!?
「竜だ!竜が飛んでる!」
八木が空を指差して叫ぶ。コイツにも同じものが見えるとすると、まだ俺は正気と言うことか。
そうこうしているうちに、竜が攻撃体制…顋を開いた。とてつもなく嫌な予感がする。
「立て、立つんだ!死にたくなければ今すぐ立て!」
腰が抜けた法務幹部を蹴り上げ、パジェロの陰へもつれ合いながら疾走する。時間的に避難できる場所がそこしかなかった。【敵騎編隊】が背後にぐんぐん迫ってくる。
頭上より頼もしい駆動音が降ってきた。燃え盛るバラキューダ(偽装網)を勢いよく翻し、自走高射機関砲が空に向かって35ミリの鎌首をもたげた。
だが、レーダーが使えないためか、車長がハッチから乗り出し直接目標を指示している。しかし乗員達はかなりの熟練者らしく、一瞬で目標を光学照準器に捉え、轟音を響かせて射撃を開始した。
降り注ぐ巨大な灼熱の空薬莢が田中等を小突き回し、極太の赤い曳光弾の束が、最左翼の一匹に強烈なカウンターパンチを見舞った。左翼と胴体が爆ぜ、クラダーが空中に霧となって消えた。残る【2騎】は攻撃を中止し、既存の航空機では到底不可能な機動で反転し、射線から逃れていく。
この一撃を皮切りに、各所の対空陣地より火球と曳光弾の激しい応酬が始まった。高射特科の隊員達は、相手が低速と見るや、掩蔽壕より飛び出した。レーダーが使えず、ただの置物と化した短・近SAMランチャーを放り出し、携帯SAMと50口径にとりつき反撃を始めた。
2000年代初頭の空で、ハイテクが介在しない、原始的な対空戦闘が始まった。
俺達は、今度は何を相手に戦っているんだ!?
空を覆い尽す、優雅ささえ感じる【敵騎】の姿に見とれる2人の幹部の背後に、力尽き、乗り手を失った竜が、重力と慣性に身を任せ、迫りつつあった。