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1日目 AM08:35−終結間際−

同時刻・国端新島東地区森林地帯。


「やっぱりここ、中国じゃないヨ」


防空砲兵李太平上等兵は、幹の直径が5メートルを超え、三階建てのビルほどある巨木の天辺に独り呟いた。


李は先月23歳になったばかりの上海出身の若者で、インターネット関係のシステムエンジニアを志していた。李は大学在学中、日本に留学したいと思い外国語履修に日本語を専行していた。

しかし苦学生だった彼は奨学金を申請したが給付選考から漏れてしまい、仕方なく大学を休学までして除隊後の奨学特典を目当てに陸軍に入隊した。


その結果、夢とは程遠い形で来日を果たした彼は、見張りに立つ傍ら、無線機を背負い傍受した敵の交信に聞き耳を立てていた。


東の空を見上げると、増援部隊らしい日本軍のヘリコプター編隊が悠然と海岸線を飛んでいた。

空には昨日迄は1日2〜3回は来ていた筈の友軍機の姿は無く、傍受無線も暗号化通信ではない平文の交信が増えていた。


こりゃ戦争負けたかナ?


新たな爆音。今度は別の方角から縦に平べったい偵察ヘリが低空で近づいてきた。

ここから南へ2キロ先には日本が数年前に建てた気象観測施設がある。

実質廃屋だが最近まで砲兵隊が本部兼兵舎として利用していたので、日本軍はそこが防衛拠点であると踏んで、ここ2〜3時間頻繁に偵察機がやって来る。


潮時だ、それに交代時間はとっくに過ぎてる。

李は足場の幹にくくりつけたロープを手繰り地上へと降下した。



「だから、俺は彼女に言ったのサ。『それでも俺と一緒になりたいのか?』って」


直下、巨木の根元。楊宝栄下士(軍曹)は既に30分近くこの海軍陸戦隊員の熱弁を聞き続けていた。


顔半分を汚れた包帯で覆い爆撃で左目を失ったという彼は、内戦が始まる前は第2海兵旅団で香港に勤務していて、その時知り合った駆け出しモデルの女と結婚する約束をしていたらしい。

3年前自分が北朝鮮に出兵するときプロポーズし、無事帰ってきたら一緒になる事を約束していた。

しかし内戦が始まり彼女とは音信不通になってしまい、ここに来れば台湾攻略を足掛かりに香港に行くことができると思い、自ら志願したとのこと。


熱弁はまだ続いた。


「ただ俺は1日でも早く戦争を終わらせて彼女に会いに行きたいのサ。いまじゃ彼女は売れっ子のトップモデルだ、それが結婚してくれるってんだ、軽い気持ちじゃない…」


楊は辛抱強く陸戦隊員の話を聞き入っていたが、微かな苛立ちは隠せなかった。

それでも陸戦隊員は意に介さず、ますます残った右目に熱を帯びて喋り続ける。全身から焦燥感を滲ませる楊に意外なところから助け船が出された。


「招集兵は集合しろ!」


この「集結地点」を統括する少校(少佐)がやって来て叫んだ。

元は兵站本部付の将校らしく、神経質そうなヒョロリとした体格で、おおよそ軍隊にいながら戦闘とは無縁な経歴を辿って来たようだ。

傍にいた下士官の一人に注意され、若干トーンを下げて繰り返した。


「招集兵は私の元に集まれ」


楊は一瞬、顔に微かな安堵を浮かべたがすぐに済まなさそうな顔を作り、陸戦隊員に向き直った。


「すまんな、話の途中だけど呼ばれているらしい」


陸戦隊員も流石に話を切り上げた。


「いや、こっちこそすまなかった」


「必ず彼女に会うんだゾ。こんな気色悪い島で死ぬんじゃねぇゾ」


陸戦隊員は楊に軽く敬礼すると、自分の部隊へ戻って行った。

彼の姿が見えなくなったところで、楊がやれやれと肩の線を下げた。

そこへ李が縄梯子を降りてきた。


「遅いから心配してたヨ。随分長いこと話し込んでたけど、海軍に知り合いがいたの?」


楊は若い相棒の問いに首を振った。心なしか顔のシワが増した気がする。


「いや、たまたま目があったらあの調子だ。最初は水餃子の話だった」


楊は40絡みの予備役工兵で招集前は食堂の店主だった。若いときに横浜の中華料街で料理人として働いていた事があり、ある程度日本語を話せた。

年齢差と階級の事もあって緊張気味の李だったが、楊の気さくな性格と日本での生活の話題で意気投合し、今では階級を超越した間柄となっていた。


「下で変わりは?」


回りを見渡すと随分と、味方の数が大分減っていた。交代前には300人程いたが、今では森に50〜60人位しかいない。


前日に青宝島守備隊司令部が全滅した後、指揮を引き継いだ第115歩兵連隊本部が、東地区で生き残った兵士達に示した集合場所がこの森だった。


地表を完全に覆い尽くす巨木の傘は、どういう訳か赤外線と電波を完全に遮断し、根元で息を殺す北中国兵達を日本軍の監視の目から完全に隠蔽した。

そして森の地下には中央地区へ続く地下洞窟が存在し、中央山(国端富士の中国名)を中心に無数の大小様々な洞窟が蜘蛛の巣状に拡がっていた。

工兵隊の測量班が確認しただけでもその数ざっと約13000本。北中国軍はこの中から人が通れる7本に手を加え、中央山との地下連絡道兼退避道として使っていたのである。

青宝島守備隊臨時司令部は中央山に残存兵力を結集させ、最後の抵抗を試みる腹積もりなのだ。


楊が少佐の元へ向かおうか迷っていると、この集結地点の実質的統括指揮官、白中尉が楊を手で制した。彼はいつの間にか2人の後ろに立っていた。


「貴様はいい、今の役目を続けろ」


白中尉は北朝鮮の「統治」後、人民解放軍に鞍替えした将校だ。

元人民武力偵察部の特殊部隊出身で恐ろしい程の冷静さと高い指揮能力をもち、李達のような「残兵」を拾い集めここまで引っ張ってきた。李達に今の任務を与えたのも彼だった。

今予備役兵に集合をかけてる少校は、階級の序列で今のポストに据えられた軍隊の指揮系統の原則を守る為のお飾りに過ぎない。平たく言えば白中尉のスピーカーだ。


「敵が我々の意図に気づいたらしい、遅滞防御部隊を編成するが、お前達はそのままだ。日本語を理解できるのは貴様らだけだからな」


酷薄な笑みを浮かべる白中尉に、楊は複雑な心境であった。

そこへ工兵隊の指揮官がきて、白中尉に全ての洞穴の爆破準備にあと1時間掛かる事を告げた。

30分で完了させろと言う白に、工兵指揮官は手が足りないと訴えた。


「楊下士、貴様元は工兵だったな?」


結局交代はお預けとなり、李は再び配置戻るため木に上り出した。

楊は洞穴に向かう途中、配置に向かう隊列とすれ違い言葉を失った。

「遅滞防御部隊」の殆どは予備役兵の年寄と歩ける負傷兵で編成されていたのだ。列にはさっきの海軍陸戦隊員の姿もあった。

陸戦隊員は楊に気が付くと笑顔で手を振り、足を引き摺る仲間に手を貸しながら観測所へ向かっていった。



同時刻。国端新島西海岸・15DPC(第15師団司令部)


第15師団長・田中竜也陸将と師団幕僚一同に、凶報と朗報が同時にもたらされた。

朗報は北中国が停戦交渉に応じ、明日までには国連安全保障理事会より停戦決議が出されるとのこと。

この異常な島に1万2千名で乗り込み悪戦苦闘の7日間。これまで220名以上の死傷者を出した戦争がやっと終わる。


凶報は東地区の敗残兵が、中央地区の主力部隊に合流しつつありとの知らせだった。

潜入した情報小隊の報告によると、東地区全域に配備されていた北中国軍部隊が司令部壊滅後一斉に陣地を放棄、森林地帯に後退中とのことだった。


東地区森林地帯は渓谷と平原に挟まれた孤立地帯である。

群生する木々は赤外線を透過しないという稀有な特徴を持ち、隠れるには絶好な場所ではあるが、木の密度が濃いため重火器の運用は難しく、重要高地や港湾施設からも離れ、戦略的価値は皆無だ。

森に入ったが最後、退路も補給を断たれ、敵が勝手に干上がるのを待てばいい。

しかし田中陸将は自ら牢獄へ向かう、北中国軍の行動に何か意図を感じずにはいられなかった。


国端富士の監視哨から「敵主力の戦力増強を確認」の報せに、田中の疑念は確信に変わった。

東地区で捕虜となった北中国兵を問い詰めるとアッサリ「抜け穴」があることを白状した。

中央地理隊製作の自衛隊地図には地下洞穴の記載はない。測量と遺跡調査を担当した国土地理院と文化庁に問い合わせたところ、驚愕すべき返答が帰ってきた。

遺跡の戦争利用を良くないとする文化庁の幹部が、洞窟の調査データを隠蔽したのである。

師団司令部は色めき立った。このまま合流を許したら敵を東西に分断した意味がなくなる。

場所は気象観測所より2キロ西。敵の後方地域への浸透は絶対に防がねばならない。

直ちに奄美大島に待機していた機動予備部隊を投入し、不足分は第17普通科連隊から1個中隊を増援に出させ充足に当てた。幸い本土へのテロ活動の可能性が低くなったので部隊編入の許可はすんなり降りた。

現況表示盤に張られていく増援部隊を示すピンを見ながら田中は頭を抱えた。


田中は第15師団初代師団長となって2年。その前は前身である第15旅団の副旅団長を務めていた。

幹部に任官して以来ずっと現場を駆け巡っていたせいか、齢49歳にして頭は完全に白髪となり実年齢の倍は老けて見える。


「その後、市ヶ谷からは?」


疲労で目が落ち窪んだ、情報担当の第2部長が答えた。


「未だ文化庁が情報開示に難色を示しているため、強制執行の手続きを…」


「解った、もういい」


どうせ、そんな事だろうと思った。


「捕虜からは他に何か聞き出せたか?」


「他に3名、無作為に尋問しましたが、全て答えが一致しております。ただし、何処に繋がっているかは知らされてなかったようです」


十中八九当たりか、次。


「航空偵察」


剃り残した無精髭が2センチを超えた、作戦担当の第3部長が魂を吐き出すかのように答えた。


「FLIR(赤外線暗視装置)が役に立ちませんので、大した情報は…。ただ、遁道所在地地点と思われる地域より携帯式対空ミサイルによる攻撃を受けました」


以前北中国軍が森にヘリと人力で分解した榴弾砲を持ち込み、秘匿野砲陣地をこしらえていただけに森の秘匿性は敵味方熟知済みだ。しかし木の密度が濃すぎて陣地変換が出来ず、最後は敵自ら爆砕処理した。

しかし木が鉛でできているのか?一体この島の生態系はどうなっている!?

対空兵器の待ち伏せが分かった以上、ヘリボーンは不可能。したがって、地上より敵が待ち構えている中を進まねばならない。

貴重な予備兵力を摺り減らすことへの忸怩たる思いが田中の脳内を支配していた。


「空自の対地支援体制は?」


「現在那覇基地で爆装した支援戦闘機2機が、警急待機中です。30分以内に最大2回の近接航空支援が可能です」


連日多勢に無勢の要撃任務に明け暮れていたのを考えると、これは感謝せねば。


「他には?」


目の下に盛大な隈を作った人事担当の第1部長が、読経のように口を開いた。


「各国のプレスが橋頭堡に到着、師団広報が補給段列地域に案内しております」


停戦交渉開始と国端新島攻略の目処が立ったのを受け、航空自衛隊那覇基地に設けられていた「プレスセンター」より、国内外の記者団を島内入させる事になっていた。

ただし、記者団滞在は最大48時間の期限付。戦時中という事もあり、指定地域外での生放送と衛星電話の使用は禁止となっている。


定例記者会見は午前と午後に2回を予定。

記者会見は副師団長がやってくれることになった。


「なに、災害派遣じゃ毎回のことですし、北朝鮮の時にも経験はあります。師団長は戦闘指揮に専念してください」


損な役回りである広報担当を、阿佐嶋誠陸将補は笑って引き受けてくれた。

彼は高射中隊にいた長男、阿佐嶋武志三尉を、8月1日の空襲で亡くしていた。


そうだ、俺は俺の役目を果たすんだ。


「では諸君、務めを果たすか」


口調を改めた田中の言葉に、幕僚一堂が背筋を伸ばした。

一瞬にして天幕内の空気が「会議室」から「作戦司令部」に変わる。



「即応部隊に下命。東地区森林地帯へ前進、敵秘匿遁道を確保せよ!」

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