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1日目 AM11:15−陣地変換−

空域不明。10SQ(第10飛行隊)・雷電01。


エアブレーキオン、フルフラップ、急速上昇。


HUDのG数値が跳ね上がり、全身の血流が下半身に下がっていく。それを防ごうと耐Gスーツが下半身を締め上げるが、それでも意識が遠退いていく。

墜落死より脳溢血で死にそうだ。


衝突まで1300フィート。

駄目だ間に合わない!?―――ベイルアウトを覚悟した赤松は、射出ハンドルを掴んだ。


激突まで1092フィート。

奇跡が起こった。

HUDの水平バーが上向きに変わり、地表との距離が急速に離れていく。


赤松は十分高度を取ったと思い、水平飛行に移る前に高度を確認した。

フライトアシスト系航法システムは回復しつつあるが、ジャイロとGPSは未だ不調のまま、高度計は8000フィートを示しレーダーディスプレイも地表ではなく飛行中の巨大な障害物だと言い張っていた。


システム故障と判断しVR(有視界飛行)に移る。

慎重に高度を下げ、国端富士を探した。

確か最後の交戦空域はアルカディアの中央地区上空だった筈、国端富士を基点におおよその位置は判特定できる。


しかし国端富士は無かった。


赤松も流石に焦り始めた。知らぬ間に海を越えたらしい。チャートを引っ張り出して速度と飛行時間を概算し、予想飛行圏内で全周10キロ前後の島を探した。


2回計算し直したが該当するサイズの島は見当たらず、最悪の事態が現実味を帯び始めた。


レーダーを探査モードにシフトし、注意を地上に向けた。

周囲は視程10キロ程度の霧に囲まれ、地表以外見える物がない。

草原一色…いや、一部岩肌が見えるが地形は平坦そのものだった。


「雷電01より富嶽27、応答せよ」


不安を押し殺しAWACSに呼び掛けたがレシーバーからは虚しい空電しか返ってこない。


レーダー警戒装置からメッセージ、全周より未確認機複数捕捉。

慌ててディスプレイに目をやると、四角形のシンボルマークが12個、中心の自機シンボルに向け群がってくる。

統合電子戦システムが不明機の電波輻射パターンから機種の洗い出しを始めた。その間にも続々と機数は増え続けている。


検索完了。

HUDの自機シンボルを取り囲む四角形が一斉に三角形、すなわち〈敵機〉に変化。機種は不明、数分前に当機との交戦記録あり。


……冗談だろ?



同時刻・東地区南端【第90独立小哨】付近。



「冗談でしょ!?」


一等陸士志水仁は、両腕にのし掛かる重機関銃の凶悪な重量に悲鳴をあげた。


矢岳二曹の説教の途中、小隊陸曹がいきなり現れ、志水に火力支援班への編入を告げるなり、そのまま国道を走るトラックに詰め込まれた。


機動予備部隊の車列はお祭り騒ぎで、最初は何事かといぶかしんだが、事情を察すると納得した。


しかし激戦の末、多くの仲間と教育係の斎藤が負傷後送処置となった志水は喜ぶ気にはならず、嬉々としてコーラスに加わる2人の陸士長へ冷ややかな視線を送り、それに挟まれた山岡が居心地が悪そうに縮こまっていた。


志水は18歳の一般曹候補生。3歳下の弟と6歳下の妹の3人兄弟の長男として生まれた。

有名進学校出身で大学進学を目指していたが、高校三年の夏に父が失業。

諸事情から奨学金制度を受けられず、進学を諦め働き口を探していたとき、自衛官だった叔父に自衛隊を勧められた。彼は、無理をする必要はないと諭す家族に決然と意思を伝え、父と母、兄弟のためにも早く大人になることを選んだ。


自衛隊での生活は予想通り厳しいものだったが、学生時代に登山部で培った体力と彼の教育係りの斎藤士長が聡明な人格だったのが幸いし、今までなんとか切り抜けてきた。


斎藤は人を見る観察眼とそれをネタにしたブラックユーモアの持ち主で、勤務優秀隊員と評される青年だった。

結婚したい恋人がいて、任期が終わったら除隊して地元に帰ると言っていたが、中隊先任は自衛隊に残るよう説得を続けていた。



火力支援班一行は、途中県道60号線第246号交差路に下ろされ【第90独立小哨】に配属となった。


この第246号交差路は国端富士への交通要衝であり、この第90独立小哨も元は北中国軍の警戒陣地であった。それが一昨日に日本側に奪取され、中央地区進攻の矯頭堡として重要戦略地域と目されていた。故に他の警戒線より敵陣に深く食い込んでいた。


指揮本部に申告がてら問題が起きた。

陣地を担当する普通科大隊の准尉が、400メートル先の前哨陣地まで重機関銃を三脚架付で運ぶよう命じてきたのだ。


50口径M2重機関銃は1933年の開発以来、大した改良を加えられる事もなく西側各国の軍隊で第一線で使用されている傑作機関銃だ。しかし頼りになる反面、重量は三脚を含めると50キロ近くに及ぶ。

大野が分解搬送にしてくれと具申したが聞き入れてもらえず、諦めた4人は一番背の低い山岡を弾薬手にすると、三脚の端に付いてヨイコラショと持ち上げた。


重機を分解せずに搬送するのは、短距離か戦闘中のためのもので、3人の背丈が揃ってないと1人に過重がかかってしまい、長くは持ってはいられない。

折悪しく志水を加えた火力支援班は、178センチの金突筆頭に154センチの山岡に至るまで見事背丈がバラバラだった。

両腕にのし掛かる思いがけない重さに、志水がくいしばった歯の間から悲鳴をあげた。


「さあ、兵隊駆け足!急げ!」


准尉がその様子を面白がり要らぬ発破をけしかけ、思わず「畜生」と舌打ちがもれた。

それを聞き及んだ准尉が眉毛を跳ね挙げたが、上官の怒りを察知した大野が間髪置かず「独立重機関銃隊、前へ!」と、准尉が何か言う前に全速力で走り出した。

山岡は背後で准尉の怒鳴り声を聞いたが「縁起が悪いだろ」との周囲の大爆笑に上手く掻き消されてたので、聞かなかったことにした。


本部との間には50メートル幅の灌木林があり、大野は林の中へ一直線に走り込んだ。

重機関銃に各々の武器の重量が加わり、全員が大汗をかきながら荒い息を吐いた。金突が「あまり走るな」と文句を言ってきた。


山岡は10キロある弾薬箱を2つ提げ、更に2人の陸士長が持ち出した滷獲武器を押し付けられたものだからたまらない。

しかし大野は誰にも見つからないであろう地点で不意に停止を命じた。


「分隊銃下ろせ、ここからはバラしてくぞ」


突然の命令無視宣言に山岡と志水は戸惑った。


「チンタラ歩いてるのを見られて文句言われても面白くないだろ?こんなアホみたいなコト、真面目にやれるか」


それでも躊躇う2人の新兵に、大野はやれやれと畳み掛けた。


「大丈夫だ、叱られるのは俺が引き受けるよ。さあ分解搬送用意、銃身部外せ!」


そこまで言うならと志水が銃身に取り付いたが「えーと…」と言ったきり、固まってしまった。槓悍を銃身の解除位置まで引ききった金突がその様子に声をかけた。


「ん?バラしかた知らないのか?」


「はい」


きまりが悪そうにしている友人に代わり、山岡が銃身の提げキャリングハンドルを持って左回しに引き抜いた。

山岡とは部隊勤務の点で体育学校に行っていた分、自分とは半年近いキャリアの差がある筈なのに、何故彼が重機関銃の取扱いを知っているのか不思議だった。銃身を大野、機関部が金突、三脚を志水が持った。


一行は灌木林を抜け、道無き道をてくてく歩くこと数10分。いきなり何処からか誰何された。


「止まれ、誰か!?」


「第17普連、3中隊大野士長他3名!」


と、銃身を担いだ大野が声を張り上げると、前方のボサから陸曹が出てきた。


「連絡のあった連中だな、ここは分哨でこっから先は前線だ。本哨に案内するからついてこい」


陸曹の案内で少し引き返したところに畳七畳分ほどの空き地があり、その中央に偽装された掩体壕がポツンと掘ってあった。


「組長だけ同行せよ。他はここで待機していてくれ」


残された3人は壕の縁に三脚を据えて機関銃を組み立てた。と言っても志水はやり方を知らないので、主に金突と山岡の2人作業だった。


壕は2メートル程の縦溝に横穴が掘られて退避所が設けられており、3人は機関銃を組み終わると、弾薬と装備を退避所に下ろし、交代で壕から頭を出して見張りを立てた。

見張りの一番手は金突が名乗りあげ、重機搬送で息も絶え絶えで恐縮する新兵達に「気にせず休んでいろ!」と命じた。


壕の中はカンカン照りの日射しの中、天蓋(屋根)に張られた偽装網が程よく日陰となり、なかなか快適だった。

余裕が出てきたので、志水がさっきの疑問を山岡にぶつけた。


「『お前の半年の空白を埋める』って、2人にしょっちゅう武器庫に連れてかれてね。撃ったことないけど拳銃から迫撃砲まで分解結合と射撃動作は全部できるよ」


斎藤は服務を中心に、自分を手本にさせる形で志水に隊務を仕込んでいたが、大野は技術の継承という形で山岡に臨んでいるらしい。


実のところ、志水は山岡が心配でならなかった。

火力支援班の組長であり山岡の教育係でもある大野は、斎藤に比べてあらゆる面で見劣りしていたからだ。


大野は食い意地が張っていて、どこでも眠るし要領が凄く悪い。しかし射撃に関しては全自衛隊射撃競技会第3位の成績保持者で、狙撃教導隊と体育学校との大野を巡る争奪戦の逸話は有名だった。

典型的な射撃馬鹿―――これが志水の評価だった。


しかし考えてみたら斎藤とマンツーマンの自分と違い、山岡には金突という事実上【助教】がついている。実は金突は飄々とした風体に反し機関銃射撃の名手で、大野とタッグを組んでの防御戦闘は対抗部隊から非常に嫌がられていた。

ただし営内服務は2人してしっちゃかめっちゃかで、要領よくズボラのかき方を山岡に伝授しようとして失敗。

「余計な事を教えるな!」と、2人揃って小山二曹より【トールハンマー】を頂戴していた。


「戦争終わったらお前も使い方を教えてやるよ、いいだろ閣下?」


突然頭上から大野の声が降ってきた。彼はいつの間にか掩体壕の縁に立っていた。


「許可する。斎藤も糸山さんも暫く帰ってこれなさそうだし、曹学のお前さんをそれまで放置は可愛そうだからな」


志水も内心それも良いかもと思った。採用枠は違うが同期で気心の知れた山岡と一緒の方が安心する。山岡も敬語を使わないで済む相手と一緒になれて嬉しそうだった。


本哨からの説明だと、陣地は停戦発効と同時に戦略価値は低くなり、現在小哨を一般警戒線まで下げるか協議中で、よって火力支援班は出番がなく、別名あるまで待機の状態。

一番近い味方は、丘を挟んで北に50メートル行った県道沿いに前哨点(2人用のタコツボ)が1つ。

特別守則として、1時間前にCRFの施設が第2交差路地雷閉塞作業のため前哨点を抜けていき、帰還予定は3時間後。

そして重機関銃の件は、やはり停戦で出番がなくなった准尉による嫌がらせだったとのこと。


一通り大野の説明が終わると、おもむろに金突が立ち上がった。


「ステイ…」

大野が神妙に折り敷いた。


「ステーイ…」


一瞬、2人の間で空気が張り詰めた。


「ハウス!」


次にブリーダーよろしく、横穴をさして大野に命じた。大野はソソクさと横穴に入り込むが、スグに「コラー!」叫んで出てきた。

その様子に尊大にふんぞり返って高笑いする金突。

2人の新兵は唐突に始まった古参のコントにどう反応して良いか分からず、互いに顔を見合せた。


少しして山岡は肩を落として苦笑いし、志水は友人に深い同情の視線を送った。


迫撃砲班伝令、片山卓陸士長は壕の中でくつろぐ4人を見かけた。

実のところあれは掩体壕ではなく、北中国軍が死体置き場に掘ったものだだった。

発見されたとき砲撃にやられたと思われる【およそ】6体の遺体が並べてあったが、奇妙なことにこの酷暑で腐敗も虫も沸かず綺麗な状態だった。

しかし遺体を豪から運び出した瞬間、一気に腐敗が進み白骨化してしまった。

以来、皆気味悪がってこの壕には近寄らず忘れられた存在となっていた。


たっぱの低い陸士が、ボサを引き抜いて機関銃に偽装を施すと豪の中に引っ込んだ。

組長らしき古参の士長は、出番がないと見て交代で昼寝を決め込むつもりらしい。片山は何も知らない4人に同情の視線を送った。

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