1日目 AM11:15−驚愕−
同時刻・中央地区上空。F-2C(コールサイン雷電01)。
「何てこった!」
赤松三佐は珍しく狼狽した。
雲に突入した瞬間、HUDが滅茶苦茶な情報を表示し始めたのだ。自機の傾斜角度を示す水平バーがぐるぐる回転し、高度と速度を表示するパラメーターが測定不能のエラーメッセージを灯しレーダーはホワイトアウト。追尾していた【2騎】は完全にロストした。
さて困った。この情報が事実であれば、目下機は錐揉みで状態で墜落中と言う事になる。
しかしエンジンは正常、Gも一定、少なくとも今は普通に飛んでいる。
人の感覚などGの前では容易く狂わされる。
勘より計器を信じろ――
航空学生時代、散々教官から叩き込まれた事だが、これでは勝負にならない。
視界は0。自機の状況を確認する術はなかった。
突然雲海が開けた。
同時に全システムが回復し、赤松は小さく息をついた。
降下率15度、やや右翼に傾斜。高度5000フィートで大気速度750ノット…衝突警報!
弾かれたように視線を上げ、絶叫した。
彼の目前には、高空の蒼穹ではなく青々と繁る【大地】が迫っていた。
同時刻・東地区七番遁道。
「何てこった…」
楊は資材置場を埋め尽くす各種爆破機材を前に、ただ狼狽えるしかなかった。
「これはどういう事だ!?」
転進監督指揮官の少校(少佐)に詰め寄られるが、そんなコトは逆に自分が聞きたいぐらいだ。
転進指揮所で今後の作業命令と発火具を受領して戻ってきてみれば何やら部下が騒がしい。部下達を問い詰めてみればこの事態である。
彼らによれば異変に気付いたのは楊が出ていってから直ぐ、資材置場から複数の気配と話し声がするので、覗いてみれば、天井一杯まで各作業現場より消えた爆薬や導火線等が積み重なっていたとの事。
その結果、ただでさえ転進作業が遅れているうえ、名前だけの指揮官という立場に不満が積み重なっていた少校は、怒りの矛先を楊にぶつけだした。
「どうやって盗み出した!?」
想像通り窃盗嫌疑を掛けられた。報告した事を心底後悔し、しらばっくれて埋めてしまえば良かった。
「いや、自分にもサッパリでありマス…」
遂に少校が爆発した。
「貴様等全員を逮捕する!」
後ろに控えていた衛兵が進み出た。楊以下、作業班の面々は銃殺されると浮き足立った。
「……待って頂けませんか?」
いつの間に紛れ込んだのか、白中尉が衛兵を押し止めた。衛兵達は白中尉の姿を認めると弾かれたように直立した。
少校はそれが面白くないのか「邪魔をするな」と白中尉に噛みつくが、白は意に介さない。
「今はこれ等を各現場に手配するのが先です。それに5分前に私もここを訪れましたが、その時は何もありませんでした」
それは本当だった。爆破作業の進捗具合を見にやって来たが、入れ違いに楊が指揮所に向かったと聞き、白も後を追い指揮所に向かったが、そこでもまた入れ違いになったのだ。
「中尉。余計な庇い立ては身の為になら無いぞ?」
苦し紛れの少校の言葉に、トンネル内の空気が凍りついた。白中尉が凄まじい殺気を放ち始めたからだ。
白中尉が絶対零度の言葉をを吐いた。
「私が不穏分子を生かしておくとでも?」
流石に少校もただならぬ気迫を察知し口をつぐんだ。楊も噂で聞き及んでいる程度だが、北朝鮮からの編入連中は前職の人民武力偵察局で美国を初め日本や韓国を含む西側各国で非合法な対外工作に従事していたらしい。とくに白中尉はインターポールから国際指名手配されていて、彼は死よりも捕虜になるコトを恐れていると。
トンネル内を支配する気まずい沈黙は、伝令が駆け込んできた事で破られた。
伝令の若い兵士は資材置場に飛び込むな否や、敬礼もそこそこに白中尉に一枚の紙片を手渡した。
即座に殺気を引っ込めた白は、紙片に目を通すなり、手帳を取りだして新たな指示を書き留めた。
頁を破って伝令に渡す直前「読めるか?」と問い、伝令が文章をたどたどしく読み出したので「お前に伝令を任せた者か字が読める者に渡すんだぞ」と念を押した。
少校は自分ではなく白中尉に報告したのが気に入らないらしく、伝令に詰め寄ろうとしたが、白が静かに押し止めた。
「少校殿。こちらに来られることを、本部の誰かに知らせましたか?」
返す言葉に言い淀んだ少校に白は畳み掛けた。
「敵は観測所の占拠を諦めました、閉じ込められた偵察兵を助け出すのに右往左往していますが長くは持たないでしょう。この周辺にも特殊部隊が浸透し、上空の強撃機〈攻撃機〉を誘導しているようです」
強撃機と言う単語に色をなした少校は「ここは任せた!」と言い放つと、踵を返して出口に向かっていった。
少校が去ると、トンネル内の空気が一気に弛緩した。しかし、今度は白中尉が射るような鋭い視線を向けてきた。
「……何があった?」
一瞬息を飲む楊達だったが、白のそれは疑惑から来るものではなく、楊も腹をくくってをありのまま全て報告した。
横穴に足跡、中華鍋。白の気迫に誤魔化せる余裕など微塵も無く、やったとしても一瞬で見抜かれて射殺されそうだった。
今度は部下達も必死だ。訳が解らないのは自分達も同じだと口々に捲し立てた。
「その横穴って言うのはどれだ?」
白が楊達の必死な様子に思わず苦笑しながら尋ねた。
「コレです!!」
全員が一斉に指差した先にあるモノに、楊は目を剥いた。其処には見慣れた中華鍋が「立って」いた。
「……あるじゃないか?」
白中尉の指摘に慌てる楊。さっき迄確かに鍋はなかった。横穴の周囲に視線を走らせた。しかし置いた筈の煙草が、無い!?
パタリと鍋が倒れた。否、誰かが取り落としたのだ。そこには人の形をした誰かがいた。
身長は50センチ位で、子供とは違う完全な二頭身。白目の無い瞳に真っ白な肌に銀髪。革で出来ているらしい、ポケットが沢山付いた黒のベストを着ていた。性別はハッキリしないが多分男らしい。
【小人】は大勢が整列している部屋に迷い込んだ子供の様にペコリと一礼すると、脱兎のごとく横穴へ向け走り出した。
見かけに反したその素早さに、楊達は唖然として動けなかった。ただし、白を除いて。
電光石火で脇に吊るした拳銃を引き抜くと【小人】の足元目掛けて3発撃ち込んだ。【小人】は驚いて横穴から飛び退き、今度は壁沿いに沿って走り出した。
白はそのまま拳銃を撃ち続け、逃げ場のない隅へと追い立てていく。
白が弾倉を換えながら叫んだ。
「何してる、捕まえろ!」
大捕物が始まった。
同時刻・気象観測所跡地付近。第13普通科連隊、第3中隊指揮所。
「何てことだ…」
一等陸尉、原田房史は中隊付准尉(先任)より渡された死傷者のリストに愕然とした。
用紙の端まで名前が延々と続き、更に「裏面にもあります」と耳打ちされたときは、思わず崩れ落ちそうになった。
犠牲者の大半は機動部隊からだった。
第15師団から配属された重装甲機動車のドライバー2人と平田三曹以下、下車戦闘要員全員が戦死。指揮官の後田三尉も危篤状態だ。
救出された斥候班も全員が戦闘不可の重症、救出部隊からも2名の戦死者と重軽傷が10名以上、演習ならば全滅と判定される数字だった。
原田一尉は大卒の一般幹部候補生上がりで、幹部任官以来ずっと情報畑を歩んできた。
第3中隊を指揮する前は青森の第9師団司令部で情報幹部を務め、第13普通科連隊で初の中隊長職を拝命した。
着任以来1年と9ヶ月、試行錯誤はあったが古参若年問わず隊員達と腹を割って付き合い、部下達の信頼を勝ち取っきたつもりだった。
「残念です」
先任が通信陸曹より新たな戦死者名簿を受け取り、原田に差し出した。
擲弾の破片を全身に浴びた後田三尉が、ヘリで野戦救護所に向かう途中、息を引き取ったとの知らせだった。後田三尉は最後まで意識があり、皆必ず助かると思っていただけにショックだった。
原田の脳裏に、毎朝朝礼で部下達に英会話ワンポイントレッスンを披露する新米幹部の姿が浮かんだ。
原田が各小隊長を集め、部隊の再編成を調整していると、国道3号線の方からお祭り騒ぎが聞こえてきた。
何事かと視線を向けると、国道3号線を進む装甲車やトラックの荷台で何やら隊員達が大喜びで騒いでいる。奄美大島で待機していた主攻の機動予備部隊だ。
信務員が解読済暗号指令書を持って駆け付けた。内容は停戦発効による戦闘停止指令だった。
喜ぶべき筈なのだが、原田以下その場にいた幹部達の間には例えようの無い怒りが沸いていた。
この通達があと30分早ければ、後田三尉達は死なずに済んだかもしれないのだ。
そんな指揮官達の思いを他所に、3号線のお祭り騒ぎはエスカレートしていき、ハイロウズの名曲「日曜日からの使者」の大合唱が始まった。
とても喜ぶ気にはなれない第3中隊の隊員達は、国道を無感動に眺めていた。
「そう言えば、今日は日曜でしたな」
先任が無味乾燥に呟いた。このベテラン准尉は、戦争さえなければ先月で定年を迎え、第2の人生を歩んでいる筈だった。
原田はやり場の無い怒りを抑え、皆の暗転した思考を幹部らしい言葉で切り替えさせた。
「彼等は我々が来る前からこの島で戦い続けていた。我々が今成すべき事をやろう」
各小隊長が散っていくなか、指令書の最後に「第3中隊より人員4名を警備部隊に差し出せ」とあった。
慌てて原田は、たまたま近くにあった幅広の背中を捕まえた。それは戦死した後田三尉の後を引き継ぎ、第2小隊長代理となった谷本一曹だった。
谷本は悩んでいた。
機動部隊と斥候班で大損害を受けた第2小隊は、本部預かりの予備隊となり再編成の傍ら、負傷者の後送と破壊された装甲車の回収作業当たっていた。(北中国兵の遺体埋葬は、さすがに本部班が担当した。)
少数のベテラン陸曹が叱咤し、若い陸士を奮い立たせてはいるが、小隊長以下多くの仲間を喪ったショックから未だ立ち直っていない者が多い。
負傷者の手当てと搬送を手伝う若い隊員の顔色を伺い、芯が折れていない戦える者を探すが、皆一様に顔を青ざめさせていた。
どこかで誰かを激しく叱責する声がした。
矢岳二曹が志水に「銃撃の真っ只中に後先考えず飛び込むとは何事だ」と責めていた。
自分も後田三尉の危機に弾雨の中を駆けだしたクセにと苦笑したが、それは援護射撃があってのこと。
志水が慕う斎藤を思っての行動かもしれないが、あの観測所での短距離走は自殺行為以外何物でもなかった。
激しい叱責に晒されながらも、志水の目には揺るぎない闘志を見た。
1人決まった。残り3人。
最低1人は組長動作ができて、ある程度腕が立つ奴。
谷本が小隊の運用低下を覚悟で、ベテラン陸曹を引き抜こうかと思い詰めたとき、視界の先に回収された北中国軍の武器をオモチャにはしゃぐ火力支援班の面々がいた。
山岡は呆れていた。
火器陸曹から気象観測所跡地で回収された敵の武器を見張るよう命令された途端、大野と金突が山積みの中国製兵器を嬉々としていじくり回していた。
武器に全く興味がない山岡には、何が楽しいのかサッパリ理解できなかった。
少し遠巻きに2人と武器の山を眺めていたら、唐突に岡本が現れた。
彼は気配もなく笑顔で山岡の背後に立っていた。しかし目は笑っていない。
思わぬ小隊陸曹の来襲に慌てふためく3人に、谷本は笑顔のまま言い放った。
「好きなの持っていって良いから、厄介な仕事を頼む」