1日目 AM10:05−インターセプト−
国端新島南西沖30キロ。東シナ海上空。
誤爆該当機の確認の為、CAP(戦闘空中哨戒機)を除く作戦機は同空域に集合中。
『富嶽27より雷電フライト、スクランブルオーダー。ベクター0―1―2、エンジェル2』
AWACSからの急報。
情報共有システムで全武装未使用が確認され【白】と判定された矢先、赤松三佐は事情が飲み込めなかった。
「富嶽27、CAPはどうした?」
『CAPはグループ1が燃料切れでRTB(帰投)、グループ2は別目標のインターセプトに向かった。FS(支援戦闘機)飛行隊は飛行停止命令で全機地上にある』
「雷電01ウィルコ!01より02、ライトターン!」
赤松は、列機の坂井と共に2機同時の急旋回、スプリットバンクで編隊をから離脱した。
途中海上で主翼両端のAAM-3(赤外線誘導対空ミサイル)以外の爆装を棄て、3分後には接触予想空域に差し掛かった。
AWACSの誘導に従い、レーダーを探査モードで地表付近を走査するが、レーダーレンジには何も映らない。
AWACSによれば目標は超低空でNOE(匍匐飛行)しているとの事だが、元々電波反射率が極端に低い機体な上、地上からの反射もあり追跡に難儀しているらしい。
敵機を捕捉できず、空域を旋回すること2回。3航過目に入ろうとした時、坂井が機体をロールさせ背面飛行を始めた。
『タリホー!ボギーズ11オフロック・ロー!』
赤松は相棒の並外れた視力に驚きつつ、探査用電子ビームを左斜め前下方へ向け絞り込む。
レーダースコープに四角型…不明機のシンボルマークが3機、こちらに尻を向けるかたちで、高度100〜150フィートを海上へ抜けるコースで飛行中。IFF(敵味方識別装置)に応答無し。捕まえた!
『富嶽27より雷電フライト。攻撃を許可する』
「雷電フライト了解。02、エンゲージ!」
マスターアーム・オン。レーダーレンジを空対空モードにシフト、2機のF2Cは猛然と不明機に襲いかかった。
高度1000フィート、大気速度480。経路120。
使用兵装にフォックス2、AAM-3を選択するがIRシーカーが目標の排気熱を捉えられない。使用武器変更、HUDをガン・モードに切り替える。
高度800フィート、大気速度変わらず。目標を目視で確認。全長5メートルあるかなしで全体的に黒。一部迷彩のように白と灰色のストライプが入っている。形状は限り無く鳥に近い。こんな機体は見たことがなかった。
機関砲の射程内に突入、安全装置解除。ガンカメラ作動。
高度600フィート、大気速度400。射撃まで5秒。
目標が増速し回避機動を開始、見掛けに反して速い。3機が一斉にバーチカルズーム(垂直上昇)かけ、赤松達の鼻先をすり抜けていく。
お陰で敵機を間近で見ることができた。
赤松はその機動性より敵機の正体に驚愕した。
明らかに航空機ではない。全長5〜6メートルの翼を生やした爬虫類。しかも馬にでも乗るかのように手綱を引いて人が跨がっている。
それは彼が少年の頃、映画やテレビゲームで見たモノにそっくりだったが、常識が邪魔して存在を認める事ができない。
「02リードしろ、俺は疲れているらしい」
しかし坂井は現実として受け止めていた。
『02より01、あんたは狂っちゃいない!【ドラゴン】に逃げられるぜ!』
坂井の叫びで頭のスイッチが切り替わった。
あれが何であれ、地上部隊を焼き払った敵には違いない。
やはり頼れる相棒だ。
「追うぞ、ライトターン!」
『合点承知!』
敵機は…もといドラゴンは時速800キロまで加速し、一気に高度3000フィートまで上昇していった。
性能的に第2次大戦中の傑作戦闘機・P51ムスタング並みといったところか?
しかし、パイロット…いやクラダーは大丈夫なのか?
一瞬ではあったが鞍など騎乗用の補助具は見えたが、耐Gスーツや酸素マスクの類いを装備しているようには見えなかった。
高度7000フィート。
火器管制装置がドラゴンの排気熱を捕捉した。鳥は飛翔運動で発生する体内の熱を、翼の羽毛より放出していると言うが、ドラゴンも例外ではないらしい。
急激な回避運動で体内熱が発生したのか、IRセンサーが両翼よりロックオン可能レベルの【排気熱】を探知した。
それでもレシプロ機程度で、旧式のL-9ミサイルだったら追尾できそうもなかった。
赤松はコンピューターにレーダー輻射波と排気熱パターンをデータ登録、AWACSへデータ転送した。
進路上に奇妙な雲が見えてきた。真っ白い円錐状の積雲で中空に静止している。雲を中心に急激に天候が悪化し始めていた。
雲の中に逃げ込まれると厄介だ。速度差によるオーバーシュートを防ぐ為、スロットルを抑えて追跡していた赤松は一気に勝負に出た。
アフターバーナーに点火し一気に距離を詰める。
赤松はAAM-3を先頭の【1番騎】に、坂井は右翼【2番騎】にロックオン。
赤外線シーカーから力強いオーラルトーンが響く。
フォックス2をコール寸前、編隊がぱっと4方に散った。
3騎のドラゴンはそのまま天空に向け背面宙返り、アクロバット技で言う上向き空中開花を演じ、今度は編隊を縦列から横列に変化させ、見事な立体逆三角形でF-2Cに反航戦を挑んでくる。旋回半径の小ささに驚く一方、チームワークの良さに感心した。
『ザ・インメルマン?』
坂井の疑問符がレシーバーから聞こえた。
ザ・インメルマンは追跡機を振り切るか、攻撃高度を稼ぐ場合に急上昇し、上昇頂点から反転降下または水平飛行に移る空戦技術だ。
…攻撃高度!?
次の瞬間、コクピット内にレーダー警報が鳴り響いた。HUDに脅威情報を呼び出す。統合電子戦システムは12時方向から未知の周波数によるパルス電波の照射を受けていると表示していた。
「ブレーク!」
パイロットの本能でロックオンを解除し、操縦捍を引き起こした。
坂井も同じ事を考えていたらしい。しかし反応が一瞬遅れた。
ドラゴンが3騎同時に顋を開き、逆三角形の中心にいる支援戦闘機目掛け、焔を放射した。
焔は火球となり、雷電フライトの40メートル前方で炸裂した。
赤松の機体は衝撃波で切り揉みに陥ったが、冷静にスロットを絞り、フラップを開放して姿勢を回復した。
息つく間も無く僚機を探す、しかしキャノピーには自機を弾き飛ばした黒煙しか見えない。
「雷電01より02、どこだ!?」
応答がない、あいつキル(撃墜)されたか!?
赤松の脳裏に例えようの無い焦燥感が走った。
『…生き…るぜ』
雑音混じりに聞き覚えのある声、同時に左側同高度に僚機が現れた。機首のレーダードームから機体上部のエアブレーキパネルにかけて酷く焼け焦げていた。
「02無事か!?」
被害を整理する為、少し間を置いてから応答がきた。
『インテイクから焔を吸い込んだらしい。テイルパイプの温度が上昇している。さっきからマスターアラームが鳴り止まない』
今まで沈黙していたAWACSが通信に割り込んできた。
『富嶽27より雷電02、緊急事態を宣言するか?』
『富嶽27、ネガティブ。飛行に支障無し、エスコートも不要だ。しかしレーダーシステムがアウト、誘導を頼む』
『富嶽27ウィルコ。雷電02は直ちにRTB。那覇ベースに緊急車輌を待機させる』
亜音速すら出せない相手に、ベテランが乗り組む最新鋭機が手傷を負わされるとは!?
赤松はドラゴンに対する評価を改めた、あれは生き物ではなくレーダーを装備した戦闘機だと。
再びレーダー警報、今度は後方直下。
『警告!雷電フライト、チェックシックス・ロー!』
AWACSからの急報に機体を180度ロール。上下逆転の世界で、ドラゴン…いや【敵騎】のトライアングル・スプリットが高度3000フィートから迫っていた。
OK、上等だ…。
赤松は背面からそのまま急降下に移った。坂井とAWACSが何事か喚いていたが、構わずマスターアームを立ち上げ、ACM(空中戦機動)に入った。
【敵騎】はトライアングルの環の中へF-2Cを捕らえようと起動修正を試みるが、赤松はCCV特有の水平旋回で包囲をかわした。
急降下を速度に変換し、今度は垂直上昇に移る。
上空ではトライアングル編隊が、再度インメルマンターンで切り返してきたが、赤松はアフターバーナーを焚いて編隊が旋回しきる前に一気に距離を詰めた。
容易に音速を突破し迫る敵に動揺したのか、【敵騎】の旋回半径が大きくなる。
赤松は再び逆三角形の頂点【1番騎】にロックオン。
「雷電01フォックス2!」
翼端に装備した赤外線誘導ミサイル・AAM-3が勢い良くレールを飛び出し【1番騎】に迫っていった。
【1番騎】はAAM-3に気付くと、航空機には不可能な旋回半径で螺旋状の旋回、バレルロールでミサイルをやり過ごした。
予想通り近接信管が作動しなかったが、AAM-3は優れた運動性をもって、今度は上方から再び目標を追尾しはじめた。
ミサイルを振り切れないと見た【1番騎】は、翼を広げエアブレーキの要領で空中に静止、正面に向け火球を扇状に立て続けに3発放つと、背面で垂直降下に移る。
AAM-3の赤外線検知センサーは、火球の余りの高熱にエラーを引き起こし火球の一つを追尾していき自爆した。
どう見ても、最新アビオニクスと縁がなさそうな輩が、対ミサイル防御をやってのけた事に戦慄したが、まだ勝負はついていない。
【1番騎】より更に1000フィートほど高度を稼ぎ、速度が0になるとラダーを鋭く切って垂直降下に入った。
バーチカル・リバース…失速旋回の現代版である。
運動エネルギーを使い果たし、加速が間に合わない【1番騎】へ20ミリ機関砲を叩き込んだ。
右翼、胴体、クラダーと赤い肉片を撒き散らしながら、最後は体内に火球の燃料を蓄えていたのか、被弾孔から紅蓮の炎を吹き出し爆散した。
【1番騎】を失い【2騎】となった編隊は即座に反転、脇目も振らず遁走し始めた。
【2騎】とも例の積雲に向かって行く。
『雷電01、深追いするな。貴機の前方の雲は積乱雲の可能性あり。気象レーダーでの探査ができない。注意せよ』
赤松はレーダーとIRST(赤外線探査装置)の出力を全開にし、雲の中へ愛機を突入させた。