1日目 AM10:05−誤報−
同時刻・東地区森林地帯。第3遁道付近。
「た、助かったのかナ?」
防空砲兵李上等兵は宙吊りのまま呟いた。
空襲警報が発令されると同時に、李は携帯SAMを持たされ戦闘部署に付かされた。
しかし配置に付いた途端、背後の立ち木にロケット弾が撃ち込まれた。
ただの発煙弾だったのでホッと胸を撫で下ろしていた矢先、今度は強撃機(攻撃機)が自分目掛けて猛然と突っ込んで来た。
自分が目標の傍にいるのだと分かり、慌てふためくが木の上では逃げ場がない。李は真正面から敵機と対決する羽目になった。
ところが前衛3(QW-3)を構え、電源を起動させるがどうにもこうにも調子が悪い。レーザー誘導装置が霧の中を狙っているかのように乱反射して目標を捉えられないのだ。
眼前に迫る日本軍の攻撃機を前に今度こそ死ぬと思ったが、強撃機は爆弾を投下すること無く飛び去っていった。
李は強撃機が地上に叩きつけていった衝撃波で木から振り落とされ、今は命綱で逆さまにぶら下がっている。
木から放り出される瞬間、枝がクッションになってくれた気がするが偶然だろう。命綱を繋いだ枝が勝手に下がり、ゆっくり地面に近づいてきてるが気にしない。
一応、お礼だけは言っておこうかナ…。
自分の足元、天地が逆転した視界で高空の奇妙な積雲が四方に広がり出したのが見えた。それも急激に、色も白からどす黒く変わりながら。
李は既に諦めてはいた事だが、今度こそ留学の夢が完全に潰えた気がしてならなかった。
同時刻・中央地区平野部。国端富士より3キロ地点。
BBCNEWSカメラマン、アンドレ・ビンセントの意識を呼び覚ましたのは鳴り続けるクラクションの悲鳴だった。
目を開けると立ち上る黒煙越しに、眩しい陽光と澄み渡る青空が広がる。
どうやら自分は仰向けに倒れているらしい。
それにしても暑い。まるで直火に炙られているようだ。
「おい、しっかりしろ!」
視界の上、前後逆さまにバーグマンの顔が現れた。
酷く煤けて傷だらけだ。
視界が反転し、バーグマンに上半身を引き起こされた。直ぐ傍で乗っていた日本版ランドローバーが、クラクションをがなり立てながら焔を噴き上げていた。
やけに熱いと感じたのはそのせいか。
バーグマンに数メートル引き摺られたところでマークスが加勢に加わった。彼も負けじと酷い有り様だった。
アンドレは窪地まで運ばれ、そこでやっと解放された。窪地は以前爆撃か砲撃で開けられたクレーターのようだった。
「車列目掛けて爆撃しやがった!」
「俺も見た。だが飛行機じゃない、小さすぎる。あれはミサイルだ」
アンドレは腕時計を見ると、頭の中で時系列を組み立て始めた。
現在は日本時間で午前10時35分。
サポートエリアで気の進まない昼食を摂ったのが1時間前。
胸焼けで結局もどしたのが50分前。
ハラヌマ中尉の前線での最後の注意事項を聞いたのが40分前。
ランドローバーに乗り込んだのがその後5分後。
護衛の装甲車を引き連れ、サポートエリアを出発したのが30分前。
そして車列が攻撃されたのが3分前。
あちこち火傷だらけだったが、とにかく仲間も自分が無事なのは分かった。
首から下げたハンディカメラの電源を入れ、レンズを覗き込む。
レンズにはヒビも無く、自分の顔にオートフォーカスが反応しテレプラスが自動で回るのを見て安心した。
レンズに赤い飛沫が滴り落ちた。反射的に首に巻いたバンダナで拭こうとするが、飛沫は次から次へと量を増して落ちてくる。
遂にバンダナが血を限界まで吸収してしまったので、面倒だがレンズクリーナーを使おうとした。
しかしメンテナンス・グッズを納めたカメラバックが見当たらない。
やむなく、その辺に生えている葉っぱで拭こうかと適当な草をムシッていると、マークスが額に手を伸ばしてきた。
「目の上が切れている」
「目は無事?」
「ああ」
彼の傷が意外と深いと見たバーグマンが、負傷者の手当てに駆けずり回る衛生兵の1人を捕まえた。
バーグマンがロイヤルイングリッシュ訛りの日本語でアンドレの手当を頼むと、以外にも流暢な英語で返事が返ってきた。
衛生兵はアンドレの傷を診察するなり手早く処置を始めた。
傷口に止血剤を振りかけガーゼを押し当ててる。
「これで傷を押さえて。それ以外は大丈夫です。サー」
アンドレは衛生兵からガーゼを少し分けてもらい、それでレンズを拭いた。
今はこれ位しかできない。
アンドレはハンディカメラを構えると撮影を始めた。
消火器を持った日本兵が走り回って絶望的な消火活動を続けているが、火勢が衰える気配はない。
数えただけで4台の車輌が焔を噴き上げ、3台が横転していた。
アンドレは違和感を感じた。
惨状からしてナパーム弾と通常爆弾のコンビネーションらしいが、爆弾は空中で炸裂したのか、地面には爆弾痕がなく、周りを焼き尽くすゲル状の炎からは、ナパーム特有のガソリン臭がしない。
時折、炎上する車輌から銃声のような鋭い破裂音がしてくる。
音がする方へ足を向けかけ、バーグマンに腕を捕まれた。
「燃えてる車に近付くな。弾薬に引火してる!」
警護担当の注意を意に介さず録り続けていると、更に説得にマークスが加わった。
「おい、兄貴の二の舞は御免だぞ!」
アンドレの兄、ポールはハカタ大暴動鎮圧作戦を取材中、流れ弾に頭を撃たれて死んだ。
彼の人生最期の映像は、アスファルトに投げ出されたカメラが偶然捉えた、半狂乱のマークスに引き摺られていく自分の姿だった。
渋々引き下がり、別な被写体を求めて周囲を見回した。
あちこちで日本語の叫び声が交差し、負傷者の悲鳴が上がっていた。
地面に散らばる手足や遺体の一部を避け、横転した重装甲機動車に近付く。
確かこれには共同通信社のカメラマン、カシザキが乗っていた筈だ。彼とはイラク戦争で知り合い、以来友人付き合いだった。
上部ハッチから中を伺うが中は無人だ。
まさか車の下じゃないかと車体の下を覗き込んだが誰もいなかった。
少し離れた窪地に救護所兼遺体集積場所が設けられていたのでカシザキの姿を探してみた。
カシザキはいなかった。
と言うより見つけられない。
遺体は皆損傷が酷く、人種はおろか性別すら分からない。
「おい、攻撃を止めるようにちゃんと伝えたのか!?」
幸運にも軽傷で難を逃れたCNNの記者が、凄まじい剣幕で右往左往する日本兵に怒鳴り散らしていた。
彼の足元ではドイツ人記者とアルジャジーラのテレビクルーが放心したように座り込み、片足を失ったマレーシアTVの記者がこの世と思えぬ叫び声を上げていた。
そして生存者達は一様に2度目の攻撃を恐れていた。
無事だったハラヌマ中尉が必死に落ち着くよう制止しているが、上空からジェット機の爆音が聞こえる度に悲鳴が上がり、動ける者は逃げ惑っている。
正に混乱の極みだった。
1台の装甲車の屋根に日本兵が日章旗を広げ、その回りで兵士達が空に向かって必死に手を振っていた。
護衛部隊の通信士が、無線機に何事か叫び続けている。日本語は分からないが大体内容は想像はつく。
それを見たハラヌマ中尉が、突然物も言わず通信士の元へ駆け出した。
その切羽詰まった様子に何か予感めいた物を感じたアンドレだったが、プロデューサーのサム・ドノバンが衛星電話を片手に駆けつけてきたので追うのを止めた。
ドノバンは肝心なときに姿を見せないと現場スタッフとマークスからの評判だったが、流石に今回は例外であるようだ。
「事態をロンドンに知らせたぞ、リポートするのか?」
「当然だ、今この事実を世界に配信できるのは俺達だけだ」
マークスは衛星電話を受けとると、受話器の向こうのスタジオと電話リポートの打合せを始めた。
『だから該当機はないと言っているだろう』
「ふざけるな!さっきから飛んでるのは味方だけだ!俺達を撃ったのは何処の馬鹿だ!?」
護衛隊の前線統制官、島崎卓三等陸曹は緊急周波帯でFAC(航空前線統制官)機を呼び出して怒鳴り付けていた。
彼は完全に頭に血が昇っていた。
事前に制空権確保と、友軍機が上空で游弋待機中との情報を受けていただけに、的を得ない空からの説明に冷静さを保てなかった。対照的に落ち着いたFACの声に比例し島崎のボルテージは上がっていく。
『全飛行隊に照会中でAEWACSからの返答待ちだ。済まないが、今はこれ以上の情報はない』
「貴様…!?」
島崎が続きを言いかけて、誰かに送話機を取り上げられた。
「落ち着け!これは空襲だ、誤爆じゃないぞ!」
広報幹部原沼晃二尉は荒ぶる通信陸曹を叱り飛ばした。
「通信代わった、広報本部二尉、原沼晃。敵機は小型機編隊。北西から超低空で車列中央を攻撃した後、南南西へ離脱した。送レ」
本来、交信には身元照会が必要なのだがFACは応じてくれた。
『アズチ01(護衛隊の呼び出し符号)、続けろ。間違いないか?』
「機種は不明、見たこともない機体だった。グライダー並みの大きさで高度約30〜40メートルで音も無く迫ってきた。送レ」
『アズチ01、待機しろ』
島崎三曹の非難じみた視線に耐えながら待つこと20秒。
『アズチ01、AEWACSがルックダウン・レーダーでそこより南東へ15キロ付近を移動する〈車輌3台〉を確認した』
「数は3、弓矢型編隊で速度は時速90〜100キロ。違うか?」
『アズチ01、その通りだ。最寄のCAP(空中戦闘哨戒機)を向かわせる。流星17終わり』
「何で車なんですか?」
すっかり冷静さを取り戻した島崎三曹に原沼は送話機を返しながら答えた。
「スピードと高度が低過ぎて警戒管制機のコンピューターは自動車だと判断したんだ」
原沼は呆気に取られる島崎を残し、必死に空へ手を振り続ける隊員達に配置に戻るよう怒鳴った。
間もなく、遅まきながら対空戦闘準備が発令され、装甲車が炎上する車輌を中心に円陣を組みはじめた。
各車輛の50口径機関銃が空へ向けられ、部隊は恐慌状態の牧羊から軍隊としての姿を取り戻した。
原沼は救護所へ戻ると無事だった取材チームの人数の少なさに愕然とした。
判っているだけで60人いた取材班のうち、約半数以上が死亡、負傷者も手遅れの状態だった。
とにかく無事なメディアを纏め、前方支援地域に戻らなくてはならない。
視線の先で、燃える高機動車の傍を衛星電話を片手に歩く男が目に留まった。
イギリスのメディアクルーだと直ぐに分かった。食堂天幕で日本軍のセンスは最悪だと文句を言っていた奴だ。
どうやら電話リポートをやっているらしい。
原沼は駆け寄って制止ししようとしが、通話内容を聞いて戦慄した。
こいつ、何を言っていやがる!?
国端新島海岸区。15DPC(第15師団司令部)
「一体こいつは何を言っている!?」
第15師団長、田中竜也陸将以下本部幕僚達は大天幕で戦慄した。
メディア・クルーの車列が空襲されたとの一報で大騒ぎの真っ最中に、市ヶ谷から直通回線で陸上幕僚長から「とにかくテレビを見ろ」と叫ばれた。
この忙しいのにと、渋々テレビのスイッチを入れて(情報収集用の一環として、NHK、民放等を受信している)みれば全てのチャンネルが異口同音のテロップと、英語の電話リポートを流し続けていた。
『・・・取材チームは私を含め数人が軽傷を負いましたが、皆無事です。しかし他のメディアの取材陣は多数が犠牲になりました。周りには燃えた遺体と車の残骸が散らばり、悲惨な状況です。この【誤爆】により日本軍にも多くの死傷者がでたと思われます』
後々の戦いにおける、悲劇の布石が撒かれた瞬間だった。