−プロローグ−
この度、大規模な話数統合と再構成を実施いたしました。
数ヵ月に渡る放置、お詫び申し上げます。
桃源郷…中国版理想郷の意味。国端新島の別名。
戦時中に北中国軍将兵が、島の奇怪な生態系を皮肉ったのが由来。
沖縄県国端新島。
沖縄本土より南東約204キロ。北緯27度3分。東経126度5分。全周189キロの無人島である。
東地区、中央地区、西地区の三つに区切られ、広大な森林地帯と水源地があり、中央地区の岩山「国端富士」の地下には、無数の洞窟と遺跡と思われる人工物が確認されている。
国端新島と周辺国年表概略。
【沖縄沖大地震】
2011年9月3日未明。沖縄南東沖204キロを震源とするマグニチュード7強の地震が発生。
これにともなう津波により沖縄九州全域、中国東海地区、朝鮮半島黄海沿岸部、フィリピン諸島が甚大な被害を被る。
同年9月4日。海上保安庁が震源地海上に「島」の存在を確認。
日本政府「国端新島」と命名し領有を宣言。
当初その出現は海底火山による海底隆起と発表されるが、発見時すでに樹木が群生しているなど海底隆起では説明できない事象が多々あり、調査活動も津波被害の復興のため2012年末からとなる。
【国端新島開発事業団発足】
2013年5月20日。沖縄沖大地震の復興も終わり、日本政府は同島開発と調査に本格的に着手。
天然ガスや石油など有力な地下資源の発見はなかったが、未知の鉱物と常識外な生態系をした動植物に加え、遺跡と思われる人工物を発見。世界各国より学術的価値が期待される。
国端新島開発事業団は南北縦断道路と灯台、港湾設備を整備に着手。国際的公共事業第1段として、沖縄沖大地震を教訓にした「東アジア地震・津波早期警報システム計画」の先鋒に気象観測所の建設を開始。
同年9月31日。中国政府が「国端新島」の領有権を主張。日本の同島整備事業の中止を要求。
日本政府これに対し抗議するも、対外摩擦を避けるため開発事業を一時凍結。
【北朝鮮動乱】
2015年2月23日。北朝鮮で内乱勃発。
沖縄沖大地震の津波が止めとなり、体制崩壊とともに無政府状態に。
北朝鮮国内より難民が韓国、中国国境に殺到。日本にも対馬と博多に武装難民が大挙して漂着。
極度に治安が悪化し、九州全域に戦後初の戒厳令布告。国防体制見直しの切っ掛けとなる。
【第2次朝鮮半島危機】
同年3月1日。人民解放軍が大挙して北朝鮮国境を南侵。
「中国に亡命した北朝鮮政府高官からの要請により」北朝鮮の信託統治を宣言。これに米韓猛反発。
人民解放軍撤退を巡り、38度線を挟み触即発状態に。
【インドネシアイスラム革命】
同年8月4日。インドネシアでイスラム過激派が武装蜂起。各地で外国人虐殺と国外企業の排斥が繰り広げらる。同月6日、インドネシア政府の要請により秩序回復に多国籍軍が介入。
半島危機に兵力が拘束されている米軍に代わり、外圧で日本がPKF初参加。自衛隊過去最大規模の海外展開となる。
しかし装備、法整備の不備から犠牲が続出。
今後の活動に大きな課題を残す。
【半島危機収束】
2016年1月16日。ロシアの仲介で人民解放軍が少数の治安部隊を残し、北朝鮮国内より撤退する。
【中華内戦】
2018年8月15日。中国でクーデター勃発。
香港特別行政区を本拠地とする自由主義勢力と中国共産党が南北に別れ内戦に突入。
この混乱で北中国(共産党)で在留邦人の殺傷事件が続発。日本政府、北中国政府に厳重抗議する。
同年10月9日。南中国(自由主義)への海上航路封鎖のため、北中国の潜水艦が尖閣諸島近海に出没。
同年10月18日。尖閣諸島付近を哨戒中だった海上自衛隊の護衛艦が、国籍不明の潜水艦を捕捉し追尾したところ当該潜水艦に雷撃される。
北中国政府は関与を否定するも音紋データの解析により北中国軍青海艦隊所属の「漢」級潜水艦と判明し、以降日中関係が急激に悪化。
【第3次台湾海峡危機】
2019年9月28日。台湾が南中国政府支援を表明。台湾国内の海軍基地の使用を認める。
北中国政府、青海艦隊に台湾侵攻準備と思われる空母を含む機動部隊の編成を指示。米機動部隊が台湾海峡に急行し、アジア全域が緊張状態に。
同年10月2日。北中国軍空挺部隊が国端新島を占拠。
日本政府、国連安全保障理事会に提訴し北中国政府に国端新島からの即時撤退を要求。
北中国政府は「国防上の問題」と以前から主張する「沖縄トラフト」を理由に国端新島に中国名「青宝島」と命名し中国領土編入を通告。更に一個軍団の増援を送り込み防備を固める。
国端新島を台湾攻略の前進基地にする意図は明白であった。
同年10月5日、日本政府は非常事態を宣言。自衛隊に防衛出動待機命令を発令しアメリカに日米安全保障条約に基づき軍事支援を求めるが、アメリカ政府は非公式会談で「尖閣諸島近辺は日米安保の対象外」との立場を示す。
自衛隊への情報支援は確約するも、台湾海峡危機の対応で戦力に余力がないことを日本側に理解を求める。
同年12月8日。日本政府、国家安全保障会議で自力での国端新島奪還を決断。自衛隊に奪還部隊の編成を指示。第15師団を中心とした陸海空奪還部隊が編成され西表島で上陸演習を開始。北中国政府圏内の邦人に帰国命令。
同年5月17日。北中国政府が国連に世界地図の「国端新島」から「青宝島」への表記変更を申請し、日本政府猛反発。
同年月7月20日。奪還部隊の訓練が終了。
日本政府は北中国政府に対し最後通告を行うも、北中国政府はこれを拒否。駐日大使を召還する。
日本政府は同日午後の臨時国会で、国端新島奪回に関する特別法案を可決。
北中国大使館(旧中国大使館)を閉鎖し、中国関連防諜網の一斉摘発を開始。徹底した情報統制に入る。
同時に沖縄九州全域に戒厳令を布告、予備自衛官の招集を開始(実質的動員は既に7月初旬から開始)。
北中国政府は日本の大使館閉鎖と予備役動員を受け、日本側の奪還作戦がブラフでないことに気付き、清宝島守備隊に警報を出すも、青宝島防衛体制は大幅に遅れた。
【国端新島事変】
同年7月25日。国端新島奪還作戦「ほむら」発動。
自衛隊奪還部隊、北中国軍「青宝島守備隊」との戦闘に突入。
同年8月3日。青宝島守備隊司令部が壊滅。組織的抵抗が終結し戦闘は掃討戦に移行。
同日、北中国政府が国連安保理を通じて南中国と日米政府に停戦交渉を打診。
以後アジア一帯の緊張は緩まり、国端新島事変は終結に向かう・・・筈だった。
国端新島海岸地区上空300メートル。
「絶対日本じゃねぇ」
一等陸士・山岡大樹は大型輸送ヘリコプター・CHー48JBの開け放たれた後部ハッチから眼下の風景を見て呟いた。
切り立った山影、乱立する幹の直径が2メートルを超す巨木、恐ろしく透明度の高い湖。
何もかもが自分の知っている風景とかけ離れ、まるで別の惑星を飛んでいる錯覚に陥った。
山岡は今年で19歳、第17普通科連隊第3中隊第2小銃班の擲弾手だ。
彼は地元の山口県の高校を卒業後、自衛隊にスポーツ枠で入隊した。
人生の一部となっている柔道を社会人になっても続けたかったからだ。
神奈川県の武山駐屯地で前期教育を受け、東京の練馬駐屯地で普通科(歩兵)の後期教育を受けた後、埼玉県朝霞駐屯地にある自衛隊体育学校に送られた。
しかし世界への壁は厚く、中高と県大会優勝の実績を持つ彼の技量を持ってしても超えられるモノではなかった。
結局半年ほどで体育学校を去る事になり、その時は退職を考えたが、折角自衛隊に入ったのだから大型免許くらいは欲しいと思い自衛隊に留まることを決意した。
地元である第17普通科連隊に配属を希望し3ヶ月前に着隊したばかり。まさかの有事勃発であった。
重苦しい空気が支配する機内には、山岡をはじめ1個小隊の完全武装した男達が寿司詰めとなっていた。
視線を前に向けると、落ち着き払った小隊陸曹の谷本学一等陸曹がいた。
自衛隊歴21年の43歳。物静かなマラソンが趣味の男で性格は至って温厚。滅多に声を荒げる事はないが人を見る観察眼は鋭い。
先週小児癌で6歳になる1人娘を亡くしており、隊員達には何事も無かったかのように振る舞ってはいるが表情には常に影が憑いてまわっていた。
小隊陸曹の右隣。1班長の小山亨二等陸曹が厳つい顔で鎮座していた。
小隊のポジションでは谷本が仏で小山は鬼だ。レンジャーの有資格者で指導矯正に直ぐに手が出ることから班員から「軍曹殿」と呼ばれ恐れられていた。
特に190センチを超える体躯を利用して繰り出す頭頂部への垂直拳骨打撃、通称トールハンマーは例え鉄帽の上からでも脳震盪を起こす。
自分のすぐ左。山岡の2年先輩で教育係、中隊選抜射手の大野汰太陸士長が広い肩幅を無理矢理縮めて座っていた。
熱烈な戦争映画ファンである大野は、離陸の時などある名台詞から「アイリーン!」と叫び周囲の失笑を買った。
すかさず小山二曹に「縁起が悪いだろ」と拳骨を喰らい目を回した。
彼は中隊有数の【トールハンマー被弾記録保持者】でもあった。
今は小山二曹に聞こえないよう、小声でワーグナーのワルキューレ騎侯を口ずさんでいた。
向かって右側。山岡を挟んで大野と小声でハミングしているのは分隊支援機関銃手の金突良博陸士長だ。
東京出身で長身細身の体躯ではあるが実は合気道の有段者で、8キロ強の機関銃を軽々と扱う腕力の持ち主だ。
しかし特技が黒魔術と宣う珍しい趣味の持ち主で、周囲より「呪術師」と渾名を拝命している。
どういう訳か同期の大野とは気が合い、相棒のポジションに収まっている。
このコンビが中隊の忘年会や結婚式等で披露するコント「大明神カオス金突」は毎回大好評で他中隊からも出演依頼がくる程だ。
最近このコントに山岡を引き込もうと画策しているらしく、山岡は金突から逃げ回っていた。
「あと5分!」
小隊長の後田義明三等陸尉が機内インターホンを通じ到着を告げた。
後田三尉は部隊内幹部候補生上がりの叩き上げ。
幹部として部隊を預かったのはこの第2小隊が初めてで、朝一の部隊朝礼で語学課程で鍛えた英会話ワンポイントレッスンが彼の日課だった。
山岡は小銃を引寄せ着陸に備えた。
彼の89式小銃3型には、銃身下に40ミリグレネードランチャーが取付けられ、身長が164センチしかない山岡が持つとかなりアンバランスに見えた。
大野がビニールテープをマウスピースよろしく大口開けて突っ込んだ。
何の積もりか聞いてみたら「前の降下訓練で舌を噛んだ」と答え、ニカっと笑い山岡にビニールテープを差し出した。
「降下はしねぇって言ったろうが!」
途端小山二曹の拳骨が炸裂し、大野が妙な悲鳴を上げてビニールテープに歯を食い込ませた。
「良かったな、それ無駄にならなくて!」
こっそりビニールテープをポケットに仕舞いながら金突が突っ込む。それを機会に一斉に笑いが巻き起こった。
ヘリの乗員まで加わった24人の大爆笑に、張り詰めていた重い空気が一気に和らいだ。
後田三尉もこの日初めての笑顔を見せていた。
部下達がいつもと変わらないことを知り安心したようだ。山岡も内心胸を撫で下ろしつつ笑った。
束の間の笑顔見せる小柄の擲弾手にとって、国端新島は人生で忘れられない体験となるが、彼は未だそれを知るよしもなかった。
山岡が所属する第17普通科連隊は、有事勃発より山口市内で重要防護施設の警護任務についていた。
しかし今朝未明、第3中隊に国端新島への移動命令が下り、第15師団隷下で東地区の敵残存部隊掃討を命じられた。
2025年8月3日、午前8時35分。
世界を危機に陥れた、運命の3日間が始まった。