第七話、遠い彼
はっきり言って、姫姉妹は仲が悪い。
女王の「力」をより色濃く受け継いだのが、年少の妹姫だったからだ。
建国から一貫して弱肉強食の理念を掲げている帝国。本来ならその時点で王位継承権の逆転が起こるのだが、実際にはそうなっていない。
しかし、将軍には何となく分かる気がした。
目に見える力だけが全てではないのだと。
より本質的なものを受け継いでいるのは、むしろ姉姫の方かもしれない…
例えば、微妙なお年頃の妹の頬を無造作に摘んで引っ張るという…血も涙もない残虐非道な振る舞いに、将軍は時として戦慄を覚えるのだ。
「…姉様、いい加減にしないと本気で怒りますよ」
年長者を立てる良識に恵まれた妹姫は、こんなときですら冷静だ。
しかし姉姫はこのとき、静粛に、そして真実、怒り狂っていたのである。
「妹よ、お前は最近…調子に乗っている」
同時に彼女は、血を分けた実の妹の神をも恐れぬ行いに、深く嘆き、また苦しんでいた。
「何故、わたしと一緒にお風呂に入らない」
「馬鹿な…!」
二人の遣り取りを固唾を呑んで見守っていた将軍が、驚きのあまり椅子を蹴倒して立ち上がった。
彼女は信じられないという目で妹姫を見詰め、震える口元を片手で覆った。
「嘘だと言って下さい、殿下…そんなことがまさか…」
許されて良い筈がない…
姉姫の激昂も理解できようというものだ。
衝撃に慄く将軍を、妹姫は白けた目で見る。
「そのコンビ芸を即刻やめろ」
その軽蔑しきった眼差しに、将軍は素早く掌を返した。
「はあ…しかしお一人だと、何かと大変でしょう?」
この姫姉妹は、二人とも髪が長い。幼な心に母親である女王の長髪を真似たものであろうことは想像に難くない。
かく言う将軍も女王に憧れて髪を伸ばした口であるが、さすがに腰まで届く長さを維持しようとは思わない。
動きの邪魔になるし、手入れが大変そうだからだ。
将軍は、憮然としている妹姫の艶やかな銀髪を眺める。
実際これだけ長いと、洗うのも一苦労ではないのか。
将軍の意見に賛同した姉姫が、小刻みに頷いて実妹の華奢な肩に腕を回す。
「何だ? お姉ちゃんと一緒にお風呂に入るのが恥ずかしいのか? ん?」
その手を払い除けて、妹姫が端的に言う。
「いちいち、うっとうしい」
彼女は、過保護に扱われるのが我慢ならないようだった。
ふと、会話にまったく加わってくる様子がない魔術師を不審に思い、目線を振る。
二人揃うと悪さばかりする実姉と忠臣を叱ってもらおうと呼び出したのに、使えない男だという意味を込めての視線だった。
すると、どうだ。
つい先程まで別のテーブルでちびちびと水を飲んでいた少年が、自分たちに何の断りなく食堂を出て行こうとしているではないか。
そのあまりにも自然な所作に、妹姫は驚きを通り越してびびった。
「ちょっと! 勝手にどこ行くの」
自分でも驚くほどの剣幕だったが、魔術師の反応は鈍かった。
食堂から廊下へと続く扉に手を掛けた姿勢で一時停止し、何事か物思いに耽ることしばし。
「んー…まあいいか」と独りごち、結局そのまま退室するべく扉を閉めようとした拍子に、妹姫と目が合って、そこでようやく、
「え、おれ?」
と吞気に呟いた。
魔術で消えないだけましであると将軍は思ったが、妹姫はそう捉えなかったようである。
「どうしたお前! 無関心にも程があるだろ!」
腑抜けきった対応に業を煮やし、ばんばんとテーブルを叩く。
姉姫もそれに追随する。
「どしたん、マウ?」
この姉妹の温度差は、やはり彼と接してきた時間の差から来るものなのだろう。
女王直属の帝国魔術師という大層な身分のマウだが、世間一般では魔術師の実在そのものが危ぶまれている昨今、具体的な仕事がこれと言って特にない。
同じく暇を持て余している第一王女と行動を共にする機会が多くなるのは、ごく自然なことだった。
しかしこの王女、随分と気さくである。
図らずも無視する形になってしまったことを察して、マウは「めんごめんご」と非礼を詫びた。
「ちゃんと謝りなさい!」
とうとう女児に叱られる始末である。
「まず座る!」と手近な椅子をばんばん叩く彼女に、マウはあえて逆らう愚を冒さなかった。
しかし反省の色はない。
人の話をきちんと聞けというのは、魔術師をやめろと言うに等しいからだ。
社会に溶け込めない彼らは、それ故に歴史の表舞台から姿を消したのである。
魔術師としては希有なほど常識的な観点を併せ持つマウだからこそ、上辺だけでも詫びることができたのだ。
「ホントにごめんね。ほら、おれ、たまにその辺をさまよってる変なのと交信してて二重音声状態だからさ」
そしてこれ、実に危ないひとの発言である。