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魔法日和  作者: たぴ岡
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第五十五話、マウ包囲網

「影姫」と、将軍は人間たちによく呼ばれる。


今、人面樹たちの眼前で騎士の形状を獲得した魔霊兵士たちの正体が、将軍の影だからだ。


霧の魔霊が渇きを嫌い、嵐の魔霊が冷水を嫌うように、魔霊型の眷族には、必ず弱点がある。


黒騎士は数年前に生まれたばかりの幼い魔霊で、それはつまり最新型ということでもある。


池に小石を投げても水面の月は揺れさざめくだけだから、黒騎士は倒されても時間を置けば復活できる。

彼らの鎧と剣は、現実に干渉するために実体を得た「影」の一形態に過ぎないからだ。


生まれて間もない黒騎士たちは、他の魔霊のように、自らの権能を理解し発展させることができない。

一律、騎士の形状で統一されているのは、そのためだ。


物語の中で、姫君を護るのは騎士と相場が決まっている。


だから、つまり、黒騎士たちの致命的な弱点とは、本体である将軍なのだ。


彼女の命が散ったとき、黒騎士たちもまた同様に滅ぶのである。


無数の黒騎士を顕現した将軍が、深く長く呼吸し、剣帯に差し込まれた剣を、しゃんと洗練された動作で抜き放った。


剣の至る所に施された、煌びやかな宝玉が、木漏れ日を浴びて燦々と輝いた。


『まう』と書かれた看板を首から提げた案山子に、距離を隔てて剣先を向ける。


案山子の足元には、『小』と明記されたクマのぬいぐるみが置いてある。


王城を囲う樹海の奥深くで、将軍は、最後に大きく息を吸い、号令を飛ばした。


「進めーっ!」


「ちょっ…何やってんの、この人…」


茂みを掻き分けて現場に到着したマウが、呆然としていた。


将軍の号令に従い、じゃきっと一斉に剣を構えた黒騎士たちが、足下の草を踏み締めて突進した。


『まう』の末路は哀れなものだった。


四方八方から串刺しにされ、その衝撃に耐え切れなかった四肢が千切れ飛んだ。


「お、おれ〜!」


マウには、自分と同じ名前の案山子に感情移入できる程度の想像力はあった。


「何してんの!? ホントに何してんの! もうやだ! この子、怖い!」


半狂乱になって喚くマウに、将軍が何故か照れた様子で内股をもじもじと擦り合わせた。


「…ばか、言わせるな。お前が姫様を誘拐して森に逃げ込んだ状況をシュミレーションしていたんだ」


女の子の秘密を打ち明けるような態度で殺害計画を告げられて、マウはどうしていいか分からない。


将軍は城内で暮らす同族の先輩だから、きっとマウは、彼女の常識に見習うべき筈だった。


だが、作戦やら武装やらの話で羞恥心を覚えるようになったら、今後の人生に差し支えがありそうで躊躇いを覚えた。


黒騎士が大事そうに抱えて持ってきたクマのぬいぐるみに関しては言及したくなかったから、恥じらう将軍にマウは簡潔に用件を述べる。

「中」や「大」ではいけないのかと。何故『小』なのかという問いが踏み込みすぎだと…意識しすぎだと自覚していたからだ。


「将軍、あの…「も、もう見付かったのか…?」


午前中に雨が降ったのか、微かに湿った地面を立てたつま先で掘り返しながら、将軍が先に尋ねてきた。


魔剣のことだ。


黒騎士たちの目を気にしているらしく、恨めしげに上目遣いで見られていた。

よほど緊張感溢れる演習だったらしく、呼吸は浅く、薄らと紅潮した肌が汗ばんでいた。


マウは、もしかして自分は彼女にとても恥ずかしいことを強要しているのではないかと不安になってきた。


黒騎士たちの注目がマウに集中していたからだ。


「あ、いや…」


とても言い出せる雰囲気ではなかった。


「いや、いいんだ! 別に急ぎではないから、自分のペースで構わない…楽しみにしてる」


言い淀むマウに、慌てて首を振った将軍が、最後にそう付け加えて穏やかに微笑んだから、今、どんどん後戻りができなくなっていく。


わきわきと根を蠢かせて這い寄ってきた人面樹たちが聴衆に加わり、証人が更に増えた。


勝手に発現したアプリカにぺちぺちと頬を叩かれて、マウは「分かってる」と頷いた。


無理なものは無理だ。


「がんばります」


自らの限界を誰よりも知っている筈の少年が、しかし境界線の一歩先を目指すのはいつものパターンだった。


具体的なプランを訊かれても困るというか、むしろ自分が訊きたいくらいだったから、マウは早口で用件を告げる。


「あのね、今日は伝言に来たんだ。スケルトンが庭園に来て欲しいって」


伝言なら、サイレンに頼めば済む話だった。

魔剣は諦めて欲しいと言いに来た筈のマウが、実際にやったのは、己の首を絞めただけだ。


不甲斐ない自分を認めたくなかったから、責任の所在地を求めて、愚痴が口を衝いて出た。


「…呼び付けるくらいなら、おれと一緒に来れば良かったのに」


「とんでもない!」


将軍がわたわたと片手を振った。


「そうか、お前には言ってなかったな。スケルトン殿は、わたしの師だ。こちらから出向くのが筋だろう」


「でも、君は元帥なんだろ? 立場で言えば君の方が上なんじゃないのか?」


マウの素朴な疑問に、将軍は少し悩んだ。


彼の会話のペースは、将軍のとって少し早い。


彼女が遅いという訳ではなく、


魔力の応酬の合間に信念をぶつけ合うのがマウの日常だったから、自分の気持ちを言葉で表すのに長けているのだ。


その話術を用いれば、将軍を幾らでも丸め込むことだって出来る筈なのに、相手が女の子というだけで、マウはこんなにも弱くなる。


魔術師の社会では男女平等を是とするが、そんなものは絵空事に過ぎなかった。


一息挟んで、将軍がたどたどしく言う。


「…いや、でも、やっぱり、師弟の関係は別だ。もちろん戦場では…そうだ。わたしの指揮で動いて頂くが、平時でまでとなると、逆に申し訳なくて…その、困る」


「まあ、それが普通かな。おれにも魔力の師匠みたいな人は居たんだけどね、これが偏屈な人で」


マウが自分のことを話すのは珍しい。

先に歩き始めた彼に、興味を惹かれて、その背中に将軍が声を掛ける。

やや早足であとを追いながら、


「やはり魔術師というのは師弟制度なのか?」


彼女は、この魔術師の少年に心を許しつつあった。

魔霊たちに優しいからだ。


魔霊の存在を認めてくれる同士が一人居るだけで、こんなにも心強い。


将軍は、やはり人間だ。


幼い頃から一緒だった姉姫が、将軍に、あなたは人間であると、その自覚を捨てるなと常に言い聞かせていたからだ。


そうでもしないと、将軍は自分が人間であるという、その一点を心に抱え、卑屈に育つかもしれないと考えたからだ。


あるいは、影に巣食う魔霊に同調して人間であることを辞めてしまっていたかもしれない…


一方…

「人間」という定義にどれだけの価値がある?


マウはそう考えている。


「ん…皆が皆って訳じゃないね。おれの場合は、師匠って言うより、下宿先の家主って感じかな。おれ、あんまり才能がなかったんだ」


言外に「だから見捨てられた」と言うも、それは方便だった。


誰もがマウを劣等生だと認識し始めても、その人物だけはマウに強い期待を抱いていた。

「野望」と言い換えてもいい。


もしも使い魔の能力が独走しているだけならば、マウの並外れた魔力精度はどこから来るのか? と考えた高等魔術師が居るのだ。


それは使い魔の力を制限するためではないのか? と。


だからマウは、使い魔を守るために里を出た。

彼にとって、アプリカは家族だからだ。


帝国に流れ着いたのは、まったくの偶然だろうが、ここなら周囲を自分の戦いに巻き込むことはない。


魔術師は総じて自分勝手だが、魔霊と敵対する道を選ぶほど愚かではない。


帝国で暮らしてよく分かった。

魔霊と人間では視点が違う。

確かに魔力は魔霊に対しても有効だが、魔術師では決して魔霊には勝てない。


そういうふうに仕組まれている。


魔霊を倒せるのは人間だけだ。


この世界の異分子が、「女王」と「魔力」だからだ。


魔力に目覚めた人間は、世界から見ると「人間」の定義を外れるらしい。


マウは、帝国に来てから、ずっと女の子のことばかり考えている。


例えば、不老長寿である筈の女王が跡継ぎを生み出したのは何故なのか? とか、人間の赤子を拾ったのは何のために? とかだ。


マウは、女王が嫌いだ。


だから、彼女の目的は何なのかと考える。


ぴょんと軽く跳ねて隣に並んだ将軍が、身体を屈めて顔を覗き込んできた。


「やっぱりセクハラで追い出されたのか?」


「え、違うし。やっぱりってどういうことなの…」


ぞろぞろと着いてきた黒騎士たちが、順番に将軍の影へと沈む傍ら、いちいちこちらに疑惑の視線を寄越していた。


マウは、もうこの国は一度滅ぶべきなんじゃないかと思う。

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