第五十四話、露呈
腕まくりをしながら、別に興味はないけど…というように目線を逸らして、マウが言った。
「で、どうなの? ああ、これは飽くまでも参考までに訊くんだけど」
と前置きしてから、
「彼女、老師と試合して三本中一本は取れるとかそんな感じ? 腕とかめっちゃ細いもんな、やっぱ軽くて細身な剣の方がいいんかね」
マウが知る限り、「剣」と呼ばれるものは三種類。
ブロードソード、ロングソード、ショートソードの三つだ。
ブロードソードは厚身の剣で、重量はあるものの、一撃の殺傷力が高い。黒騎士たちの制式武装がこれだ。
ロングソードは、刀身が長く、扱いに熟練を要する。騎士が用いるのは専らこれだ。スケルトンも愛用している。
ショートソードは、小剣とも呼ばれるもので、ややこしいが短剣とは違う。刃渡りは五十センチほど、屋内でも振り回せるし、扱いやすい。
将軍が帯剣しているのは、師と同じ長剣だ。
禍々しいデザインになっていて、見た目だけで言うなら、よほど魔剣らしい。
将軍の腕前を尋ねるマウだが…
《……》
彼女の師は、気まずそうに目線を逸らした。
実際に気まずかった。
馬鹿弟子一号とその妹が、揃って期待の眼差しを寄せていたからだ。
もしも女王が二人いたなら、確実に共倒れになるから、その娘たちは能力あるいは人格的に差異が出るよう調整されている。
最初に姉姫が生まれて…
しかし女王の「期待」を満たしたのは、むしろ人間である筈の将軍だったから、第二子の妹姫が生まれた。
母親が自分に求めている役割が、他の魔霊たちが言うように、女王の後継者「ではない」と姉姫は気付いていたから、こんなにもひねくれてしまった。
その点、馬鹿弟子二号は、一号と違って素直だ。
性格的にちょっとアレな部分はあるものの、大きくなっても昔と変わらず師匠、師匠と慕ってくれている。
それでもスケルトンが迷いを捨て切れないのは、最終的に自分が従うのは女王だと決めているからだ。
だから、せめてそれまでは…という思いをどうしても捨てられない。
軽い気持ちで訊いたのに、一向に返事がないから、マウは戸惑うしかない。
「…あら? えー…と」
困ったときに使い魔に頼るのは、彼の悪い癖だった。
さっと視線を振ると、アプリカは素早く身を翻して、バイオリンの調律を始めた。
「ちょっ、今、完全に目が合ったよね?」
使い魔の補助を交えた魔力は、確かに強力だが、術者への反動もまた大きい。
だから、ときとして心を鬼にすることだってある。
マウは使い魔に甘いので、見捨てられても決して怒らない。
それに、今は他にも頼れる友人がいる。
だが、姉姫からしてみれば、将軍は大きな妹のような存在だ。
縋るような目で見られても、真相を打ち明けるのは陰口を叩くようで嫌だった。
戦略的な見地ではどうなのか? 帝国魔術師が、帝国軍元帥のへっぽこぶりを知ることは有益か否か…
姉姫が師に期待しているのは、そこだ。
マウは年齢の割に大人びたところがある少年だが、秘密を守れるタイプではない。感情に走りやすく、余計な気を回して失敗するタイプだ。
帝国では周知の事実と化していることだが…敵国に知れ渡るのだけは避けたい。
しかし戦場では何が起こるか分からない。
仮にマウが出兵に参加するなら、「知らない」では済まされないだろう。
その辺り、おもにマウの扱いに関してが曖昧なまま、母が里帰り…というのは「ついで」なのだろうが…してしまったので、判断ができない。
師は、どう答えるのか…
実際に戦場でマウと矛を交えたことがある老騎士は、重々しく口を開いた。
《…あれはどこに居る?》
「え? んー…サイレン、将軍がどこに居るか分かる?」
マウは、使い魔の助け無くして遠距離の探査ができない。
距離に応じて、不確定要素が増えるからだ。
姫姉妹を通してではなく直接サイレンに話し掛けたのは、彼女たちが持っている通話用の携帯端末を、自分も欲しがっているというささやかなアピールだった。
それなのにマウの視線が食い付いたのは姉姫のふくよかな胸元だったから、彼の願いが通じることはない。
同じ端末を持っているのに一顧だにされなかった七歳児が、はっとして椅子をぴょんと飛び降りると、姉に駆け寄り、つま先立ちで姉の耳元に口を寄せた。
ひそひそと耳打ちされて、姉姫が「ほほう…」と目を細めた。
「…なるほど、女なら誰でも…」
「よし分かった。まずはエメスだ。やつはどこに居る?」
マウの尊厳が失われるとしたら、その経緯には、ごく少数のお喋り魔霊が絡んでいるに違いなかった。
「マウのえっち」
姉姫が身の危険を感じたように両腕で胸を隠したから、人間性を疑われたようでショックだった。
それなのに、隠れた膨らみを残念に思う気持ちを捨て切れない。
この怒りをどこへ向ければいい? …決まっている。エメスだ。
「ゴーレム…!」
いずれは決着を付けねばなるまい…