第五十三話、誤算
要約すると、スケルトンが使っている剣は、何の変哲もない鉄剣らしい。
同じ部隊にいた戦友の形見なので愛着はあるが、酷使すれば曲がるし、欠ける。そのたびに研ぎ直しているのだという。
ときには魔術師に依頼することもあったとか。
その縁で魔術師と浅からぬ付き合いがあったスケルトンは、剣だけではどうにもならない魔獣を相手取った際に魔力を剣に宿してもらったことがある。
怪しくも冴え渡った剣は、魔獣の強靭な外殻さえも打ち砕いたのだという。
だが、形あるものはいずれ滅びるように、永続する魔力などない。
ただの鉄に戻った剣は、それでも今なお、伝説の名剣として語り継がれている…
「…え、じゃあ将軍の剣はどうすんの?」
言ってみて、用件を思い出したマウの血の気が引いた。
剣の切れ味を上げる魔力と聞いても、まるでぴんと来なかったからだ。
マウの魔力を乗り物に例えるなら、このままならない現実と接続するサーキットは、錯覚や幻聴をベースとした暗示催眠術という…「辻褄合わせ」だ。
魔力の定義があやふやだから、それを操る魔術師たちは、一定の法則と方向性を定めて、「だからこうなる」と自分を納得させねばならない。
マウもそうだが、大半の魔術師が魔力を幻術という理屈で制御するのは、それが一番簡単で、通りがよく、しかも使い勝手がいいからだ。
だからと言って万能という訳では、もちろんない。
一例として…幻術式の魔力は、こと物体に対して、しばしば無力に陥る。
木石は物を考えないからだ。
マウは、魔力に幻術という方程式を当て嵌めることに慣れすぎていて、その考え方から抜け出せないし、「別の方程式」にシフトするという発想自体がない。
複数の回路基盤を持ち、自在に切り替えることができる一握りの天才を、「高等魔術師」と呼ぶのだ。
マウは、直に手で触れて工程を省略する術と、指定の空間に斥力を発生させる術が、結果は同じ物体干渉でも、実はまったくの別物であることすら知らない。
聞いても理解できないだろう。
仮に理解できたとしてもだ、自分に嘘は吐けない。
だから彼には、魔剣を作れと言われても無理なのだ。
将軍は、スケルトンの弟子の一人だ。
正直、あまり関わり合いになりたくなかったが、師弟でも何でもないマウにばかり負担を掛ける訳にも行くまい。
《…あやつが、どうした?》
「将軍が…あやつがどうしたと老師が嫌々ながら興味を示しております」
とことこと近寄ってきた妹姫を抱き上げて、姉姫とは反対側の席上に安置しながら、マウは姉姫に報告した。
この姉妹を隣り合わせると話が進まないと学習したからだ。
姉姫が妹姫に構うのは、妹の将来に期待しているからだ。
手が届く範囲にいないなら、殊更に構ったりはしない。
姉姫は、円卓を挟んで向かい側の席に腰掛けている老教師を見据えると、腕を組んで鼻を鳴らした。
「新しい剣が欲しいんだと。今度は魔剣が欲しいとか言い出した」
妹姫が、か細い吐息を吐いた。
「…まだそんなこと言ってるの、あの子…」
おねだりされてホイホイと安請け合いしたマウが、将軍を庇って言う。
「まあまあ。やっぱり将軍くらいになると、普通の剣じゃ満足できないんだよ。おれとしては、魔剣とまでは行かなくとも、名のある鍛治職人に一振り打ってもらおうかなと」
魔剣が実在しないなら、その旨を告げればきっと彼女は分かってくれると、このときのマウは考えていた。
「……」
妹姫が、信じられないという目でマウを見ていた。
今、彼は何と言った?
将軍くらいになると? 普通の剣じゃ満足できない? そう言ったのか?
妹姫は、マウに気付かれないよう、そっと姉に目配せした。
妹の視線に気付いた姉姫が、然りと頷く。
マウは、勘違いしている。
将軍は、剣に関しては素人だ。
残念な運動神経をしているので、そこら辺の村娘にも負けるだろう。
だが、当の本人である将軍には自覚はない。いや、あるにはあるのだろうが、剣聖の直弟子にして黒騎士の宿主でもある彼女は、頭の中で自らを美化しがちなのだ。
《…!》
スケルトンが、烈火の如く姉姫を睨んでいた。
謀られたことに気が付いたからだ。
将軍は、帝国で育てられた人間の少女だ。
人間である以上、魔霊と同等の個体戦力は望むべくもなかったから、幼い頃から戦術指揮官としての英才教育を施された。
現存する魔霊で、曲がりなりにも部隊長を務めた経験があるのは、スケルトンだけだ。
だから、もしも彼がその気だったなら、将軍を一端の剣士に仕立てあげることも可能な筈だった。
そうしなかったのは何故か? 剣一つで守れるものなどたかが知れていると思ったからだ。
事実、将軍は黒騎士団団長として数多の戦果を挙げ、今や全軍を率いる元帥職にまで登り詰めた。
だからスケルトンは、彼女に「お前に剣の才能はない。よく転ぶし」ときっぱり告げたことはない。
妙な自信もはったりの一部として有効だったから、すっかり機を逃してしまっていた。
その点に関して、スケルトンは責任を感じていた。
ここに至って、知らぬ存ぜぬは通らないだろう。
…そう、共犯者は多いに越したことはない…