第五十二話、吐露
魔霊は、生みの親である女王に対して必ずしも忠実ではない。
魔霊同士の仲間意識はあるから、大抵の魔霊は帝国に与することを選ぶが、一方で傲慢な女王に反発を覚えるものもいる。
特に魔獣だ。
彼らは霊体を外殻で保護されているため、権能の盛衰に左右されにくい。
それはつまり、帝国の庇護を必要としないということだ。
「ほら、おちび! お姉ちゃんに謝りなさい! お姉ちゃん大好きでも可!」
だから、妹姫に馬乗りになった姉姫が愛情を強要するように、
女王の食欲を満たすために戦う生活に嫌気が差して離反する魔霊だって居る。
「本当のこと言っただけでしょ! そうやってむきになるところが子供なんです!」
しかし妹姫が姉姫の要求を跳ね除けるように、戦わない魔霊に価値はないと女王は言う。
魔霊の権能は女王の「力」を変換したものだから、無駄な消費を嫌った女王は、配下の魔霊に討伐を命じることになる。
両腕を突っ張って姉姫を押し退けようとする妹姫のように、魔霊同士の争いが起こるのだ。
「わたしのこと子供扱いする癖に、姉様は自分勝手です! いい加減、お風呂について来るのやめてって言ってるでしょ!」
しょせん、女王にとって魔霊は道具に過ぎないのだ。
そこには、膝を立てて体重を掛けないようにしている姉姫のような慈悲はない。
「お前は何も分かってない。将軍なんて十五歳になっても未だにお風呂でよく転ぶんだぞ!」
「あの人、何もないところでも転ぶでしょ!」
将軍がお風呂でよく転ぶように、スケルトンの膂力には先天的な限界がある。
鋼より強靭な魔霊が相手だった場合、第三者の協力が要る。
「知ったような口を…。じゃあお前、将軍が最後におねしょしたのいつか知って「アプリカ!」
さすがに同情を禁じ得なかったマウが、使い魔の力を借りて姉姫の身柄を拘束した。
「はわっ!?」
ふわりと浮き上がる姉姫。
重力から解き放たれ、とっさにドレスの裾を抑えた彼女が、空中でくるりと回る。
「ふおお…」
マウが指を手前に引くと、それに応じて、姉姫の身体が不自然な等速運動で寄ってきた。
(…正常に作用する。さっきのは…アプリカ?)
マウは、魔霊と話すときでも言葉を声に出して言う。読心術ではないからだ。
しかし相手が使い魔なら話は別だった。
ちらりと見ると、肩にとまっているアプリカが、前脚に持つ弓でちょいちょいと首をつついてきた。
スケルトンが言うように、確かに呪縛なら必中だったろう。
マウもそう考えた。
だが、アプリカの考えは異なる。
彼には、術者のマウですら見えないものが見える。
あの場面で貪欲に勝ちを拾おうとしたなら、だからこそ物理干渉に賭けるべきだったのだ。
胸を張る使い魔に、マウは肩を竦めた。
アプリカは、こう見えて好戦的なのだ。誰に似たんだか…
手の届く範囲まで近付いてきた姉姫を受け止めて、隣の椅子に降ろしてあげる。
ここはびしっと言っておくべきだろう。
「目上の人が話してるんだから、ちゃんと聞きなさい」
姉姫が唇を尖らせる。
「だっておちびが…」
「言い訳しないの」
ぴしゃりと言うマウに、しかしスケルトンが言った。
《もういい。お前が老人の昔話より、パンチラに興味があるのはよく分かった》
「…そういうとこあるよな、おれ…」
きちんと自覚があるマウだった。