第四十七話、図書室へ行こう
という訳で、やって参りました図書室。
魔剣のことなら、魔剣の持ち主に訊けばいいというのが姉姫の案である。
姉姫は、姫姉妹の教育係でもある老騎士が苦手だ。
一応は同行を渋ってはみたものの、「一人は嫌だ」と懇願するマウが事態の深刻さを理解していないため、元より一人で行かせるつもりはなかった。
そして今、二人はどちらが先頭に立って図書室へ乗り込むかで揉めている。
「じゃ、よろしくマウ」
「語尾みたいに言っても駄目。姉姫の方が親しいでしょ。おれに至っては図書室に入ったことすらないよ」
魔術師と言えば知的なイメージがあるのに、この少年はまったく本を読まない。
感性を磨く、思考力を養うという意味では読書も悪くないが、結局のところ「答え」は自分の中にしかないから、活字を読まない魔術師だって居る。
姉姫は頬を膨らませて、つんとそっぽを向いた。
「やだもん。わたし、あいつ苦手だもん」
だが、それならマウにだって言い分はあるのだ。
「おれなんて、いっぺん殺され掛かってるんだからねっ」
このままでは平行線だ。
交わらない道を交差させるためには、妥協しかない。
そして、勝負とは敗者が己を曲げるための交渉術でもある。
無言で拳を掲げる姉姫に、マウが「上等」と応じる。
「じゃん、けん、ほいっ」
姉姫の勝ちは揺るがなかった。
何故ならマウは、自覚はないらしいが、チョキを出さないからだ。
魔術師にとって、人差し指と中指を立てた「刀印」は特別な意味を持つ。
剣の儀式的側面である「破邪」を象り、転じて「封魔」…魔力の暴走を押さえ込む意志の表れだ。
だが、魔力の暴走を利用することさえ出来るマウにとっては、「敵を打ち砕くための刃」という認識が強いから、親しい者にそれを向けることを無意識の内に拒んでしまう。
昔からジャンケンで勝てないマウは、貧乏くじを引いても「まあいいや」で済ませるから、あまり深く考えたことはないのだ。
精々が、男はグーだろ程度だ。
彼を打ち負かすのは、いつだって差し伸べられた手であるかのようだった。
渋々と門扉の前に立ったマウが、負け惜しみを言う。
「…でも本当の意味で勝ったのはおれだからね?」
「マウや、歴史を紡ぐのは勝者なのだよ」
姉姫にぐいぐいと押されて、マウが「くそう…」といじけた背で門に片手をつく。
そう、これは「門」だ。
魔霊も通れる造りの扉はジャンボにして重厚である。
だが、将軍に黒騎士が付き従うように、マウには魔力がある。
手を触れた状態からなら、彼は使い魔の助け無しでも、筋力が許す範囲で物体に干渉できる。
図書「室」と言うよりは、図書「館」と表現した方がしっくり来ると思った。
この世の全てがここにあるとでも言うように膨大な蔵書が、整然と並ぶ本棚にぎっしりと詰まっている。
遥か頭上では、天井から吊り下がっている木造の羽がくるくると回っていた。
部屋の中央には、大きな円卓と椅子が数脚、疎らに配置されている。
かつて姉姫が学んだであろう円卓に、今はその妹が教科書を広げていた。
その傍らに立つ老骨の剣士が、片手に支え持った書籍をぱたんと閉じた。
《ちょうどいいところに来たな、魔術師…》
ザ・ナイスタイミング…マウ。
筆を置いた「剣聖」が、襤褸を翻して振り返った。
《実に。…そう、今まさに魔術師の倒し方を教えていたところだ》
「何を教えてんだ、あんた!」