第四十一話、友情
魔力を制御する理論とは、すなわち自分を如何にして正当化するかという、その一点に集約されるから、魔術師という人種は総じて、驚くほど人の話を聞こうとしない。
あんた大人だろとツッコミ続けて生きてきたマウだから、いざ自分が給料泥棒の立場になってみると、いたたまれなくて仕様がないのだ。
一応、帝国魔術師という肩書きは持っているものの、女王は魔術師を手元に置いただけで満足してしまったから、業務内容が曖昧の一言に尽きる。
魔霊たちはあれこれと無理難題を言ってくるが、交渉の余地があるだけ生易しいとすら感じていた。
だからだろう。
まんまと夜勤を押し付けて睡眠時間を獲得した将軍が「しっかりやれよ。うむうむ」とか言って去り行くのを、憮然と眺めていたマウは、内心そう満更でもなかった。
素直に喜ばなかったのは、厄介ごとに首を突っ込む→気付けば四面楚歌というルーチンワークをこなしている内に形成された人格が、ろくなことにならないぞと耳元で囁くからだ。
「なんだよ、もう…」
けど本人に自覚はないから、感情とは裏腹に悪態を吐くのだ。
唇を尖らせたマウは、腕を組んで瞑目し、何度か身体を揺する。
(….ま、女の子だしな。夜中に出歩くのはどうかと思うぜ)
心の着地点を定めた彼は、「よし」と一つ頷き、屋上を漂っている鬼火を手招きした。
「おいで、ウィスプ」
ウィスプというのは、鬼火の呼び名の一つだ。「人魂」と呼ばれることもあるこの魔霊は、人懐っこく陽気な反面、臆病な面がある。
好奇心が旺盛なので、呼べば近付いてくるが、手の届く範囲まで寄ると不安になって一定の距離を保とうとする。
いくら夜目がきくとはいえ、光源が近くにあるのとないのでは、魔眼の精度が違ってくる。
マウは、口を利けない魔霊に対しては自然体で接することが多い。
「ほら、集まって集まって。はい、輪になって。そこでくるっとターン」
手拍子で音頭を取るマウが、鬼火と一緒になってくるりと回る。
「あらよっと」
女の子の一人歩きは危ないからと、マウが将軍を彼女の部屋まで送り届けるのは不自然ではない。
彼女の寝室は屋上にはないから、鬼火を引き連れたマウが城内に居るのは当然の流れだ。
影を踏むというのは、そういうことだ。
無駄足を踏ませるということであり、影を「畳む」…つまり主体を移すという意味でもある。
自身だけでなく他者を伴える術者はそう多くないが、要は相手の同意を得られるかどうかが鍵なので、条件付けを常識的範疇にとどめておけるマウとは相性の良い魔力だ。
この場合は、将軍に善意を抱いている鬼火だから成立したと言える。
鬼火からしてみると瞬間移動以外の何物でもなかったから、彼らは大いに驚き、喜んだ。
妹姫には大層好評だったからどうかと思ったのだが、喜んでくれたようで何よりである。
こうしてコツコツと信頼を積み上げておけば、有事の際にも安心だ。
マウの魔力が一風変わった特性を備えているのは、彼の考え方が他の魔術師とは根本から異なる所為でもある。
マウを取り巻く鬼火たちが、城の内壁を淡く照らしていた。
寄り集まっても光量そのものは変わらないのが、彼らの大きな特徴だ。
帝国には、純粋に炎属の魔霊が存在しない。
あらゆるものを灰燼に帰す魔霊が居たなら、それは確かに無敵かもしれないが、他の魔霊との相性が悪すぎる。
人類の滅亡は女王の飢餓をも意味するから、代表的なところで「火」と「水」を秤に掛けた折り、彼女は後者を選んだ。
今、マウの足元に立ち込めつつある夜霧は、そうした経緯で誕生した魔霊だ。
泡を食って浮上する鬼火を嘲笑うかのように、レヴィアタンは凝り固まり渦を巻いて屹立し、髪の長い女性のシルエットを取った。
《まさか本当に来るとは思わなかったぞ、人間》
「何か誤解があるようですが…」
その口振りから待ち伏せされたのだと知って、マウは早くも逃げ腰になる。
《分かっている》
レヴィアタンは、皆まで言うなと頷いた。
彼女は気分屋ではあるものの、人魔を問わず気に入った者には手を差し伸べる大らかさがある。
《…夜這いだな?》
「待て、話せば分かる」
将軍の寝室と王族の寝室は同じ階にある。
「…エメスの差し金か?」
レヴィアタンと仲良しのエメスは、王族への忠誠心が強く、女王嫌いのマウを一方的に敵視している。
《その度胸は買おう。だが…》
もしもレヴィアタンが姫姉妹の寝室に近付いた不埒者を抹消する任に就いているなら、魔術師並みに我が道を行く彼女を説得するより、まず先に依頼者を特定して命乞いする必要があった。
《だが、貴様が愛に殉じるというなら、わたしは友に応えねばならない…分かるな?》
実に面倒くさい友情である。