第三十八話、マウ、オンステージ
ひかりのきしと まほうつかいが
おしろに せめてきました
ぜつぼうから うまれる
いのりと ねがいを つるぎにかえて
にんげんの えいゆうに じょうおうさまは いいました
よくぞきた ゆうきあるにんげんよ
ひかりのきしが つるぎをかかげて いいました
まれいのおうよ いまいちど ねむりなさい
じょうおうさまは わらいました
まほうつかいが つえをかかげて いいました
はい どうぞ
「…それ、おれ、つらいんだけど…」
とうとうステージに引っ張り込まれていた。
ぴったりと息が合った連携で、懐中時計をマウに向けた姫姉妹が、目尻に涙すら浮かべて笑っている。
何故か魔霊たちにも大ウケだった。
マウは、穴があったら入りたい。
「こら! ちゃんと歌うの。あなた大人でしょ!」
少し目を離した隙にハジけてしまった妹姫が、楽しそうに叱り付けてくる。
「そんなこと言われてもさあ、選曲がちょっと…おれ完全にアウェーだよね?」
あと、姉姫は笑い過ぎだと思います。
「照れてるの?」
妹姫が、大胆不敵にもマウの訴えを無視した。
冷たい微笑の中、目だけが爛々と輝いていた。
いつも実姉と忠臣にからかわれている少女が、今、その鬱憤をぶつける相手を見付けていた。
しかしマウにだって年上の意地がある。
「照れてません」
「照れてるんだ。ふうん…」
「ちょっと誰か! この子を何とかして!」
間奏の度にイジられるマウは、もう何が正解なのか分からない。
両手で顔を覆って嘆くマウに、妹姫が無表情にぐいぐいと懐中時計を押し付けてくる。
「何で照れてるの? 何が恥ずかしいの?」
自分の半分しか生きていない女の子に言葉責めされていた。
「ねえ、何で? ちゃんと言ってくれなくちゃ分からないわ」
妹の成長に、姉姫がふくふくと笑って目を細めている。
こうなっては将軍だけが頼りだった。
会場でぐびぐびとグラスを呷っている少女に縋るような視線を向けて、すぐさまマウは目を逸らした。
マウの記憶が確かなら、色の付いた液体は水に分類されない筈だった。
頬にぐいぐいとサイレン邸を押し付けられながら、マウは小声でスタッフを呼んだ。
「黒騎士、黒騎士…!」
手前の階段で「そこでボケて」というカンペを掲げていた黒騎士が、何ぞ何ぞと近寄ってくる。
「おいっ、大丈夫なのか、あれ?」
そもそも帝国には法律という概念が存在しない。
従って飲酒を咎める道理もないのだが、マウに言われて振り返った黒騎士がぎょっとしたのは、きっと目の錯覚ではない。
とりあえずと手渡された空のグラスを、マウは呆然と見詰める。
「…これでボケろと…?」
ひっくり返して思案するも、何も思い浮かばない。
ここでボケる必然性もよく分からない。
それでも妹姫の追及は一向に収まらないし、魔霊たちの期待は高まる一方だ。
及び腰になったマウは、おずおずとグラスを掲げて…彼の名誉のために言う、何か考えがあった訳ではない…
「が…ガラスのハートなもんで」
「面白いわ」
妹姫が、にっこりと笑ってくれた。
ほっと胸を撫で下ろしたマウに、彼女は言う。
「もう一度、言ってみて」
「将軍! 助けて!」
もはや形振り構っている場合ではなかった。
すると将軍は…とろんとした瞳で、手元の杯をじっと見詰めた。
「お手本とか要らないから!そういう意味の助けは求めてないから!」
マウの必死の訴えに、「あ、うん…」と曖昧に頷いた将軍が、えへへ…と照れくさそうにはにかんで、グラスを掲げた。
「かんぱーい♪」
すっかり使いものにならなくなっていた。
「かんぱーい♪」
それでもツッコむことが全てではないのだと、本日一番の笑顔で応じたマウは、自らを犠牲にして示したのだ。