第三十七話、命
女王の眷族たちを二つに大別すると、「魔獣型」と「魔霊型」に大きく分かれる。
魔霊という呼び名が定着したのは、時代の変遷と共に魔獣型の眷族が数を減らし、廃れていったからだ。
その特性上、不可避の「弱点」を抱える魔霊型の眷族は、冷気や暴風といった現象と同化し、操ることができる反面、非常にコストが掛かる。
女王が、この世界に来て、まずやるべきことは自らの存在を人間たちに知らしめることだったから、当初彼女はコストが低い魔獣型を大量に生産した。
魔霊型の欠点をもう一つ挙げるとすれば、複製が出来ないことだろう。
例えばエメスが二人居たとすれば、砂を操れるという権能が互いに互いを喰い潰してしまう。
それならば、わざわざ手間を掛けて同種の魔霊を生み出すよりも、異なる属性の眷族を増やした方がよほど効率がいい。
だが、魔獣型には、その欠点がない。
総合的に見て強力なのは魔霊型だったから、今や指折り数えるほどになってしまったが、建国して間もない頃の帝国を支え、己が身一つで時代を切り拓いたのは、違えようもなく魔獣たちであった。
スライムとスケルトンは、魔獣型の生き残りだ。
スケルトンが幾許かの幸運と磨き抜かれた技量で以って、同胞たちの意志を継ぎ、帝国の発展を見守ってきたのに対して、スライムが生き永らえてきたのは、ひとえに彼の特性に依るところが大きい。
限りなく不死に近い魔獣。
それがスライムだ。
たとえ全身の細胞が活動を停止しようとも、この恐るべき生命体は死の誘惑に屈さない。
ステージを姫姉妹に預けた将軍が、火照った身体を冷まそうと軽い気持ちで「わたし参上♪」とかやらかしたのは、スライムの並々ならぬ生命力を深く信頼していたからだ。
しかし新参者のマウが、スライムは死なないなどという嘘みたいな本当の話をどうして信じられよう。
「ぜえっ、はあっ、ぐっ…!」
お前が大丈夫かという有様だった。
滴り落ちる汗が、顎を伝って一滴二滴と床に落ちる。
近くで、腕を組んだ師匠がうんうんと小刻みに頷いていた。
マウは、自分が近い将来、全世界の人間たちから裏切り者と蔑まれるだろうことを知っている。
極論ではあるが、魔霊にとって人間は女王に捧げる供物でしかない。
人間は、命を尊いと言う。
だから魔霊が憎いのだと。
だが、これも「命」だ。
マウは聖人君子ではないから、赤の他人が死んでも、とくに感慨を抱かない。
一度でも関わってしまえば情が移ると知っていたから、アプリカと二人でひっそりと暮らせばいいと思って郷を出た。
それなのに、こんなにも命は眩く愛しい。
今、人肌の温もりを取り戻したスライムが、生まれたての赤ん坊のようにぷよよんと震えた。
マウは泣いた。
「でも残念。スライムは何をどうやっても死にません」
と、水で喉を潤しつつ見物していた将軍がネタばらしをしたからだ。
息を切らして床に突っ伏したマウが、恨めしそうな目で傍らの骸骨剣士を見上げる。
「…それなら、そうと…」
大陸屈指の剣豪は、鼻で笑った。
《教えたところでどうなる? 何も変わらぬ。だから結局、お前は甘いのだ》
魔力は便利で、不平等な力だから、その存在を知る人々は魔術師に縋るしかない。
彼ら魔術師が徹底した個人主義を貫くのは、自分の身を守るためだ。
魔霊との戦争に駆り立てられることが分かりきっているから、魔術師たちは人間を見捨てた。
何故なら魔霊は、その多くが人間に負けないよう設計されているから強大で、そんな彼らの「声」を魔術師だけが聞き取れる。
こんな魔術師も居るのかと、女王に立ち向かってきたマウを見て、老騎士は驚いたのだ。
その場で首を跳ねなかったのは、まだ少年の魔術師が、魔霊の命すら惜しんだからだ。
そのとき、自分の心を震わせたものを、不出来な弟子にも僅かでいいから伝えたかった、というのは余計なお節介なのだろうか。
人間も捨てたものではない…