第三話、人間二人
「それ禁止。それ禁止!」
苦労して行き止まりに追い込んでも、次の瞬間には姿を消して、はっと振り返れば廊下の曲がり角からこちらを呆れ顔で眺めている…
似たような事を三回ほど繰り返して、ようやく将軍は無駄な努力であることを認める気になったらしい。
「瞬間移動は反則だろ、常識的に考えて!」
金切り声を上げて地団駄を踏む少女を、マウは半ば無視する形で、誰もいない城壁に話し掛けている。
「…うん、解散していいよ。彼女には僕から言っておく」
その声が思いの外、温かみに満ちていて、より一層に将軍の疎外感が煽られるのだ。
「無視するな!」
柳眉を逆立てて怒鳴る少女に、魔術師は困ったように眉尻を下げる。
絵本の中に出てくる「悪い魔法使い」が身に付けているのは、ねじれた杖に黒いローブと相場が決まっているのだが、彼の場合はその限りではないようだった。
清潔感のあるカッターシャツは丈が合っていないのか、しきりに腕まくりをしている。いかにも少年らしい筋張った細腕が露わになっていて、思わず直視してしまった将軍は、自分が赤面していないか不安になった。
散々走り回った所為で、呼吸も乱れている。いったん冷静になってしまうと、部下の前で醜態を演じさせられた怒りを持続することは難しい。
「…お前は、どうしてそう、いちいち、わたしに構う」
この魔術師が帝都に来てからというもの、将軍には心が休まる日がない。
帝国は魔霊が住まう地だから、人間たちと敵対している。外部の人間という時点で警戒するべき対象なのに、怪しの技まで使うという。
女王が連れて来たのだから信用してもいい筈なのに、将軍は同じ人間だから…人間同士が仲良くしている姿を、あまり周囲に見せたくはないのだ。
「……」
だが、黒騎士たちの考えは異なるようだった。
廊下の曲がり角で、二人の遣り取りをおろおろと眺めていた黒騎士たちが、顔を見合わせる。
将軍は知る由もないが、古く力ある者は太古より魔術師たちを重宝してきた。
魔力を使える人間は、希少で便利なのだ。
この二人には、是非とも仲良くして頂きたい…
結束した黒騎士たちが、少年魔術師の背を押し出す。
「ちょっ、何?」
振り返ったマウが目にしたのは、いつの間にか集まっていた黒騎士たちの、文字通り「鉄壁」であった。
退路を断たれたマウは、内心で焦る。
物理的にどうにもならないものを、魔力でどうにかすることはできない。
先程の「影踏み」一つ取ってもそう。将軍は「瞬間移動」などと評したが、実際は違う。簡単に言えば、あれは幻術の一種に過ぎない。
「待て、お前ら。それはあんまりだろ。このっ」
掴み掛かる魔術師の腕は細く、貧弱だ。たちまち黒騎士に取り押さえられる。
将軍の前に突き出されたとき、彼は罪人よろしく両腕を黒騎士によって拘束されていた。
「くっ…お前らあとで覚えてろよ」
肩越しに呪詛を吐く少年を、黒騎士たちは意に介さない。
「あとで…か。そんな機会があればいいが」
今や立場は逆転した。腕を組んで立っている将軍が、愉悦に目を細める。
「…女の子が仁王立ちするのは、どうかと…」
せめてもの抵抗にと苦言を呈す少年に、将軍はにこりと微笑する。いつも憮然としている少女の、それはとても魅力的な笑顔だったという。
「連行しろ」
自分たちが望んだ結果とは違うが、将軍が嬉しそうなので別にいいかと…黒騎士たちは少年の小柄な身体を引きずる。