第二十九話、真相
「これで、もう大丈夫でしょ?」
と、何もかも見透かした瞳で囁かれて、頭の中が真っ白になった。
…それから先のことは、あまりよく覚えていない。
元々そのつもりで多めに作ったのだろう、残ったぶんのシチューは、将軍が綺麗に平らげたらしい。
その後、お腹が膨れてお眠になった将軍を、妹姫がお風呂に連れて行ったらしい。
らしいと言うのは、気付けば食堂に取り残されていて、ワイングラスを傾けている姉姫とテーブルで向かい合っていたからだ。
「あ、こら」
未成年の飲酒は禁じられている。
少なくともマウの知る常識ではそうなっていたから、彼は慌てて席を立ち、彼女の手からワイングラスを没収した。
没収してから、これは罠だと気付いた。
蜘蛛の巣を連想して、ぎくりとしたマウに、姉姫が言う。
「マウは察しがいいよね。わたしの周りにはあんまりいなかったタイプだから、ちょっと新鮮かな」
これは計算された状況だ。
まあ、元より…マウは姉姫に腹の探り合いで勝てるとは思ってはいなかった。
彼女は頭がいい。
少なくともマウの嘘をさっくりと見抜ける程度には。
いたたまれなくなったマウは、手元に残されたワインを眺める。血のようなワインレッドだ。
透かして見たらさぞかし綺麗だろうと思って角度を変えるも、ぼうっとしている間にとっぷり日も暮れてしまったらしく、食堂のカーテンはきっちりと閉められていた。
マウは思った。
(これは…あれか。どうして分かった? とか言わなきゃならない流れなのかな…ハードボイルド的に)
いやでも…と逡巡するマウに、姉姫が取った行動は劇的だった。
彼女は、すらりとした長い脚を組み直し、架空の肘置きに片肘を乗せて頬杖を突くと、妖艶に笑った。
「わたしは命令されるのが嫌いだ」
「ぶふっ!」
女王のモノマネだった。
思わず吹き出してしまったマウは、それは卑怯だろと内心で批判せざるを得ない。
女王は姫姉妹の雛形なのだ。似て当然だし、こっちは気を遣って女王と同一視しないようにしているのに、それを逆に利用してくるとは。
まさしく渾身のネタで、おまけに完全な内輪モノだった。
(やばい、ツボった!)
顔を背けて、ふるふると小刻みに震えているマウを、姉姫は満足そうに眺めている。
「だからさあ、隠しててもしょうがないんだよね。はっきり言って疲れるだけじゃん?」
言葉は便利だ。
だから母は、魔霊の多くに発声器官を設けなかった。
魔霊と人間の共存の道を絶つためだ。
「将軍の性格からいって、最初にスライムの部屋に寄るのは分かってたんだ。
そのあと、エメスと鉢合わせしたでしょ?
わたしが呼んだんだよ。
言葉が話せて、魔術師のことに詳しい魔霊となると、どうしても限られてくるからね」
エメスは強い自我を備えているが、あれで忠実な面もある。
そして純粋な戦闘能力で言えば、魔霊の中でもトップクラスだ。
「わたしは猜疑心が強いからね。将軍は意識こそ高いんだけど、具体的にどうするかってなると甘さが目立つ。
妹は、まだ幼い。
だから、わたしがあなたに最初に接触したの。
わたしはあなたの人となりを観察して、信用できると思ったけど、同時にこうも思った。
感情に振り回されやすい人だなって。
だから心配だったの」
呼吸を整えているマウに、姉姫は艶のある声で尋ねる。
「エメスに聞いたわ。マウ。あなた、この部屋で何を見たの?」
ん…とマウは言い淀む。
しかし隠していても今更だ。
自分が別に素材があれだからといって…いや、それも確かに嫌だったが…食堂を避けていたのではないと見抜かれていたからだ。
「…雰囲気かな。ここはたぶん将軍にとって大切な思い出で溢れていて…おれが立ち入っていい場所なのかどうか分からなかった」
幸い、王宮の周りは豊かな森で囲まれていたので、食べ物に困ることはなかった。見た目がちょっとアレなだけで。
「雰囲気なんて見えるの?」
「あれ、ひょっとしてカマ掛けられましたか、おれ…」
姉姫は綺麗な笑顔で頷いた。
「うん。だってエメスも言うほど知らなかったんだもん。
ちなみに、将軍が言ってた魔術師殺法ね、あれもはったりだよ。どう考えても不可能でしょ」
「凄いな、あの人」
悔しいと言うより感心してしまった。