第二十八話、心
そ
れ
な
の
に
…料理は真心であると教えてくれた魔術師は、食堂に来ない理由を将軍に問い詰められて、こう言ったのだ。
「だって、素材がグロいんだもん…」
よりによって、言うに事欠いて、ビジュアルの問題であると。
ましてや料理以前の問題であるとのたまったのである。
黒騎士は、怒り狂っていい筈だった。
「……」
無言で迫る黒騎士に、慌ててマウが弁解した。
「いや、分かるよ。言いたいことは分かる。でもね、同じだけ分かって欲しい。おれ魔術師じゃん? でね、なんつうの? あんな…」
と、そこで彼のお腹がきゅるると鳴いた。
全員の視線がマウの腹部に集中する。
「……」
羞恥に頬を染めて赤面したマウが、ふと悔しげに眉根を寄せて、突然その場で床に突っ伏した。
「あんなっ…意思の塊みてえな野菜食えねえよおーっ!」
魂の叫びであった。
その目尻には光るものがある。
魔術師の拡大した知覚力は、植物の意思をも捉えるのだ。
物を考える脳がなくとも、世界と密接に結び付く五感が具わっていなくとも、生きとし生けるものには「生きたい」という生理的な欲求がある。
その欲求を満たすために生物は思考能力を獲得したのだと考えるなら、思考の前段階にはまず「願望」がなくてはならない。
脳とは願望を自覚するための器官だ。生み出すための器官ではない。
願望を心の働きと捉えるならば、植物にだって意思はある。心はあるのだ。
ただ自覚できないという、たったそれだけの違いでしかない。
そして、王族の「力」にあてられたものは、この「生きたい」と願う希求を強く刺激される。
死を招く力と、生を促す力は、相反するようで、実は二つで一つということなのだろう…
「肉ならいいのか」
「もっと無理」
好き嫌いの激しい男である。
面倒な…と将軍は黒騎士に目線を遣る。
黒騎士は、力なく首を振った。
肉も駄目、野菜も果実も駄目となると、手の打ちようがない。
他国から食料を取り寄せようにも、交易がない。
しばらく我慢してもらうしか…
悩む面々に、姉姫が溜息を吐いた。
「簡単なことでしょ」
彼女は、黒騎士に命じた。
「連行」
ああ、そうか。無理やり食べさせればいいんだ。
まったく問題なかった。
…そして今、マウは天国と地獄に直面していた。
「さ、たんと召し上がれ」
どん、とテーブルに置かれたのは、とろとろになるまで煮込まれた(あるいは溶かされた)肉と野菜がぷかりと浮いている、透明なスープだった。
ほかほかと湯気が立っている。
匂いも悪くない。
「シェフ、本日のメニューは?」
「ウィ、ムッシュ」
将軍と姉姫の掛け合いは余計だったが、仲直りしたようで何よりだ。
エプロンもよく似合っている。
そして、ネーミングは最低だった。
「変な生き物と野菜っぽいシチューのスライム風味でございます」
「死ぬだろ、それ」
率直な感想を漏らすマウに、姉姫は「ちっちっち」と指を振った。
「分かってないなあ。おやっさんは生命のスープ。出汁がきいてるどころじゃないと将軍も大絶賛の究極調味料だよ?」
文字通り身を削ってくれたスライムには申し訳ないが、何もかもが胡散くさかった。
スライムの溶解液には、この世の如何なる物質も敵わないとされている。
剣で斬り付ければ、何の抵抗も感じずにあっさり振り抜ける。
何故なら刀身が一瞬で融解し、手元に柄しか残らないからだ。
火で炙れば、気化して大惨事だ。
噂によると寒さに弱いらしいが、だから何だという話である。
適量なら大丈夫なのだろうか。
そういう問題ではない気がする。
しかし事実、しっかりと器に盛られている。
不思議な生き物である。
当然、マウの願いも虚しく、透明な液体を掬ったスプーンは健在だ。
そして悲しいことに、粘度も健在だった。
もしも両腕が自由だったなら、マウは両手で顔を覆って嘆いただろう。
心のどこかで諦めていた彼は、とろりと糸を引いた煮込みスープという予想だにしない惨劇を目の当たりにし、自分の覚悟が如何にちっぽけだったかを思い知らされた。
「ほれ。あーん」
あーんしてくれている姉姫は文句なしの美少女だが、可愛ければ何をしても許されるという法則は、きっとマウの命を救ってはくれない。
彼を救い、助けてくれたのは、いつだって頼れる使い魔だった。
「アプリカ! アプリカ!」
迫り来るスライム汁に、必死に身をよじって首を仰け反るマウ。
魔術師の社会は才能が全てだ。
平凡の烙印を押された魔術師は、その大抵が魔力の制御に幻術という理屈を当て嵌める。
マウも例外ではない。
だから彼は、条件さえ整えば、この苦境を乗り越えることができる筈だった。
身動きを封じられているのは辛いが、アプリカが協力してくれるのであれば。
助力を乞う主人に対し、アプリカは…悪徳レフェリーさながらに首を傾げ、聞こえなかったふりをした。
「あれれ? 聞こえなかった? アプリカ~!」
テーブルの縁に腰掛けたアプリカは、窓から覗く大自然のパノラマに魅入られているかのようだった。
バイオリンを爪弾く背中に哀愁が漂っている。
「アプリカさん? もしもーし」
結局アプリカは、嬉しかったのだ。
孤独な幼年期を過ごした主人が、初めての友達を得ようとしている。
学校ではうまく行かなかった。
魔術師なのに。
優しい世界は、主人を受け入れてくれない。
魔術師だから。
幾重にも連なる世界を重ねて見ているのに、めくってもめくっても見えてこない不確かなものを信じようとするから、主人はどこに居ても異端だった。
ここに、彼の居場所があるといい。
「あ、ちょっと、やめて。謝るから。ねえ」
「噛めば噛むほど、味が出る。さあ」
「ひっ…!」
夕日が綺麗だった。