第二十七話、果実
将軍はピーマンとニンジンが嫌いだ。
黒騎士たちは悩んでいた。
人間だった頃の名残りなのだろう、黒騎士には個性がある。
薙ぐように剣を振るう黒騎士が居れば、刺突を主体とする黒騎士も居る。
同様に…料理に情熱を捧げる黒騎士も居るのだ。
自分たちが調理したものを食べて、すくすく育つ将軍を見守るのが、彼らにとっての喜びだった。
しかし(何度でも言おう)、将軍はピーマンとニンジンが嫌いだった。
食堂は将軍のためにあるようなものだから、嫌いなものをわざわざ使っても仕方ない。
だが、果たしてそれでいいのか。
如何せん栄養が豊富だ。
将軍の発育が(一部)滞っているのは、自分たちの所為なのではないか?
黒騎士たちには個性があるから、議論も紛糾する。
こっそり混ぜて食べさせるべきという過激派と、さり気なくお皿によそって反応を窺うべきという慎重派。それでは何も変わらないと慎重派から分離した中立派。過激派の中でも、調理法で誤魔化そうとする融和派と、素材にとことんまで拘りたい自然派が台頭し、そもそも将軍の意に沿わないことは避けるべきという擁護派が睨みをきかせるに至り、それに対する反発、反発による内紛と、事態は混迷を極めつつあった。
唯一、彼らの中で一致したのが、戦争などやっている場合ではないという華麗なる存在理由の崩壊であった。
事態を憂えた各派閥の参謀らは、極秘裏にサミットを招集。
時刻を深夜、会場を魔術師の部屋に定めた…
光陰は矢の如く過ぎ去り…
やがて決行当日。
クソ真夜中に自室に詰めかけてきた黒騎士たちに、マウは嫌な顔一つしなかった。
思えばこの日、エメスとの初顔合わせを済ませ、魔霊の行列が見守る中で望みもしない決闘イベントを消化した彼は、当然ながら使い魔を連続行使しており、身も心も疲れ果てていた。
しかもきっちりと完全敗北を喫していた。
無理、あれは無理…というのはマウの言である。
長老のスライムから、先立って魔術師の苛烈な性を聞き及んでいた黒騎士たちは、言われるがままに議事進行を執り行うマウにいたく感心した。
実によくできた魔術師である。
「もしも僕以外の魔術師に出会うことがあっても、ついて行っちゃ駄目だよ?」
と言っていたので、長老の言うことはやはり正しく、彼が異端なのだと知れた。
彼のおかげで、議会は滞りなく進行した。
いちいち筆談しなくても、彼が通訳してくれたからだ。
この少年は信頼できると場の全員が認めたので、彼に意見を求めたのは、彼が将軍と同じ種族であるという事実が何より大きい。
「料理は真心だよ」
彼は言った。
「僕は将軍さんと一回顔を合わせたくらいだから、彼女については何とも言えないけどね」
彼は嗤った。
「…こっそり混ぜてさあ、あとでネタばらししちゃおうぜ?」
彼は、超過激派だった…
そして彼は…
「本当は君たちだって、それを望んでるんだろう? だから僕の部屋に来た。違うとは言わせないよ。僕のこと、知ってるんだろ?」
低く低く…囁いたのだ。
「魔術師の塔へようこそ…」