第二十一話、希望
帝国の魔軍将は考える。
美しさに勝るものはない。
人間たちは、やれ心だの徳だのを貴び崇めるが、そんなものは綺麗ごとに過ぎない。
叡智を究めた古代の賢者たちが、気高き精神を如何に賛美しようとも、実際に美の化身を目の前にしてどれほどの説得力を保てるかは甚だ疑問だった。
「あなたたち、本当にぐだぐだね…」
「面目ない」
畏る将軍に、妹姫は呆れて溜息を吐いた。
待てど暮らせど姿を現さない二人に痺れを切らして、迎えに来たのである。
サイレンに確認してみると、将軍は何故か自室の付近をうろうろしていた。
部屋と廊下で往復を繰り返す将軍は挙動不審で、思わず声を掛けると、彼女の傍らには無惨に打ち捨てられたマウの姿が。
立ち尽くしている妹姫に気付き、はっとした将軍が真っ先にしたことは、我が身の潔白を訴えることであった。
実に犯罪くさい光景だった…と妹姫は述懐している。
将軍の証言によると、マウは魔力を使い過ぎて倒れたらしい。
そこで布団のあるところに連れて行こうとしたが、異性の部屋に無断で入ることは躊躇われたため自分の寝室に連れてきたものの、何だか…普通に拷問器具が置いてあったりするので、これはどうかと思い右往左往していたのだという。
それならそうと最初から言えばいいのに、「わたしじゃない」だの「信じて」だのと白々しい台詞を連呼するから、妹姫は本気で身内の犯行を心配するところだった。
か細い吐息を漏らす妹姫に、将軍はどきりとした。
記憶にある幼い日の姉姫と重なって見えたからだ。
…今度、妹が生まれるの…
憂いを帯びた眼差しを、微かに震える長い睫毛が縁取っていた。
桜色の小さな唇から紡がれる声が、不安に揺れていた。
….ねえ、将軍。あなたは…
(やめて。その先は…)
聞きたくなかった。
だから将軍が目の前にいる姫君の肩に手を置いたのは、きっと自分の居場所を失わないためだった。
「姫様!」
「な、何よ突然…」
彼女の戸惑った様子に、将軍は安堵した。
幼い頃の姉姫は、酷薄に笑う無機質な少女だった。
妹姫は当時の姉姫と似ているが、やはり違う面も多い。
将軍は万感の思いを込めて、彼女に言葉を贈る。
あなたは祝福されて生まれてきたのだと、どうにかして伝えてあげたかった。
「もっと罵って下さい」
「何か言い出した!」
仰天した妹姫が、「この変態!」と律儀に将軍の要望を叶えて後ずさる。
その秀麗なかんばせに色付く多彩な表情は、かつての姉姫が持ち得なかったものだ。
「もうっ! どうしてこの国には変人しかいないの! これって絶対にあなたたちの所為だと思うんだけど!」
恨めしげに見上げてくる幼い姫君に、将軍は胸をときめかせた。
姉姫の気持ちが、将軍にはよく分かるのだ。
妹姫を困らせるのは、とても楽しい。
この場に相方の彼女が居てくれれば、もっと高度な、それこそ阿吽の呼吸で以って、息吐く暇もない怒涛のショートコントを披露できたのに。
それだけが残念でならなかった…