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魔法日和  作者: たぴ岡
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第十八話、将軍の懐中時計

「村の魔法使い」という童話がある。


題名の通り、とある長閑な村に住んでいた一人の魔法使いのお話だ。


あらすじは、それまで村人たちに疎まれていた魔法使いが、村を襲った災厄を退けたことで力を使い果たして亡くなってしまうという陳腐なもの。


魔法使いの死に際は、村人たちに見守られながら徐々に身体が透けていくという表記がされており、これは一説には魔法使いたちが人々の前から姿を消した理由を描いたのだとされている。


だが、魔術師たちが社会と隔絶して生きるようになった理由は、実のところもっと切実で、災厄に追われてあたふたする村人を見て「萌え」とか言い出す人間性にあった。


そんな中、この度めでたく帝国に就職したマウは、魔術師の社会で長らく変人扱いされてきた少年で、頼まれたら嫌とは言えない性格をしている。


だから、例えば見目麗しい少女に家具の修繕という畑違いの依頼をされても、嫌々ながら引き受けてしまったりする。


「…まあ、他にやる事もないしね」


と結んだ少年に、将軍は大いに機嫌を損ねてしまったようで、


「むぅー…」


と頬を膨らませた。


栗鼠みたいだと、マウは呑気に思った。


将軍は、彼をじろじろと睨め付けたまま腕を組み、怒りを押し殺した声で言う。


「…つまりお前は、人に案内を頼んでおきながら、実はそんなもの必要ありませんでしたと言うんだな」


包み隠さず言えば、彼女はこの人を食ったような魔術師より優位に立ちたかった。


だから、魔霊たちを紹介する傍ら、そんな彼らに傅かれる自分の凄さをアピールしたかったのである。


それなのに。


「わたしの善意を踏み躙っておいて、よくもそんな…」


マウからしてみれば案内を頼んだ覚えはないのだが、それをここで口に出せるようなら、彼の半生はもう少しましなものになっただろう。


「いや、ごめんね。何だか言い出しづらくてさ、こう、ずるずると…」


すると将軍は、腰に片手を当てて嘆息し、


「反省しているならいい。これは貸しにしておく」


ありもしない恩を売った。

まるでマフィアの遣り口である。


「ああ、はい。それはどうも…」


さすがに嵌められたことに気付いたマウだったが、ここで強いて取り沙汰にしなかったのは、同郷の魔女たちに口応えしてもろくなことにならなかったという経験によるものだ。


今なら、それが彼女たちなりの優しさだったのだと分かる。


(六年か…)


苦い思い出が美化されるのに、それだけの年月を要するというなら、同じように六年後、将軍の優しさに気付ける日がやって来るのだろうか。


「よろしい」


と頷く彼女は得意げで、華やかな容姿がそうさせるのだろう、無骨な所作にも彩りがあり、軽やかだ。


耳に掛かった金髪を指先で払った将軍が、ふと剣帯に手を差し込む。


彼女の肌着は、側面に切れ込みが入ったワンピースなので、ポケットがない。

その分、剣と鞘を固定する革製の剣帯に必要なものを入れることができるよう工夫されていた。

それが軍人のスタンダードなのかどうかは、マウには判断が付かない。


将軍は剣帯から取り出した懐中時計らしき物体を眺めて、「ん…」と二、三回揺する。


(え、何それ…)


と内心で驚くマウをよそに、彼女は「こら、怠けるな」と懐中時計を叱った。


さり気なく彼女の手元を覗き込んだマウが目にしたものは、懐中時計の中で惰眠を貪る小人であった。


小指ほどの大きさで、これまた将軍と同じ姿をしている。

ただし、こちらはエメスのような精巧な模倣ではなく、等身を縮めたデフォルメバージョンだ。


寝床を将軍に小突かれて、びくっと目を覚ました小人が、慌てふためき何やらジェスチャーを開始する。


それに将軍が頷き、


「ふむ…いい時刻だな。他に伝言はないな?」


と問い質すと、小人はこくこくと首肯を繰り返し、そこで不意にマウと目が合った。


《…あなた、もしかして魔力屋さん?》


その声は、はっきりとマウの耳に届いた。

「魔力屋」というのは、魔術師の古い呼び名だ。


マウは動揺した。

魔霊との「会話」は、本来もっと曖昧で、断片的なものだからだ。


何の調整もなく、これほどクリアな意思を伝えてくる存在は珍しい。


(…音。音の魔霊か?)


思い至ったマウが、古い形式に則り折り畳んだ指を胸に当てる。


「僕はマウ。マウ…ユーティ。あなたは?」


《あら、ご丁寧にどうも》


小人は、その場でちょこんとお辞儀をすると、同様に折り畳んだ指を胸に当てた。


《わたしはサイレン。昔の魔力屋さんからは言霊と呼ばれてたわ》


将軍にはサイレンの声が聞こえなかったが、マウの言葉から挨拶を交わしている…程度の憶測はできた。


「ユーティ? それはお前の家名か?」


「気にしないで。作法みたいなものだから」


マウは巧妙に誤魔化した。

古の作法では、名乗る際に真名を告げねばならない。

マウは家名を捨てており、また天涯孤独の身の上であったから、そこまで名乗る必要はなかったが、「ユーティ」という名称はいささか事情が異なる。


本当なら口にするのも避けたかったが、それでは失礼に当たるので仕方なく名乗ったのだ。


それに、どの道…女王は自分を「ユーティ」と呼ぶ。

どうせ、いずれは露見するのだから、同じことだ。


別に偽名を使っている訳でもないのに、何でこんなに気を揉まなくちゃならないんだろうかと…マウは恨めしく思う。

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