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魔法日和  作者: たぴ岡
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第十三話、スライム

遠い遠い遥かな昔。


数千年、あるいはもっと以前から、人類と魔霊は互いの存亡を賭けて争ってきた。


魔霊。すなわち「女王の眷族」である彼らは、原則として一種一体のみの存在であり、とりわけ強力な個体ともなれば単独で一国を滅ぼし得るという。


この重厚な扉を開けた先で眠っているのは、そうした魔霊の中でも最古の存在だと言われている。


固唾を呑んで見守るマウの前で、不敵な笑みを浮かべた将軍が扉に両手を付き…


「…くぬっ」


「開かねえし」


テイクツー。体勢を変えて、もう一度。


「…おりゃっ!」


でも駄目。


将軍のショートコントを見ていても仕方ないので、マウは扉をコンコンとノックする。


直後、ぎいと内側から扉が開き、中から黒騎士が不審そうに顔を出した。


「ふあう!」


勢い余った将軍が、奇怪な悲鳴を上げてすってんころりんと室内に転がり込む。


(身体を張ってるなあ…)


と半ば感心しながら、マウも将軍のあとに続く。


「おおっ」


そこで目にしたものに、思わず彼は感嘆の声を上げた。


将軍が舞った…!


顔から着地しそうなイメージがある彼女をさり気なく魔力で吊ってあげたところ、室内で待機していた黒騎士の神懸かり的な反応速度が奇跡を呼んだのだ。


まず、反射的に両腕を突き出した将軍の手が、黒騎士の肩に接触。

主人の身を案じた黒騎士が、衝突を避けるべく急速に旋回。

しかるのち、魔力による浮遊が将軍に働きかけ、自身も転倒を避けようとしたのだろう、彼女の身体は黒騎士を支点に宙を舞い、空中で一転、二転し、魔力の補助を交えながら華麗に着地を決めたのである。


これぞ、まさしく三位一体の絶妙なコラボレーションであった。


自分の身に何が起こったのか理解していないのだろう。

将軍は涙目で硬直している。


主人の近年稀なアクロバットに、黒騎士たちも目から鱗である。

互いの健闘を称え合い、興奮冷めやらぬ様子でがしがしと篭手をぶつけ合う。


まあ、それはともかくとして…とマウは室内を見渡す。


やはり広大な空間であった。


カーテンを閉め切った室内は薄暗く、廊下から差し込んでいる明かりを除けば、燭台に灯された鬼火だけが唯一の光源になっている。


燭台とやや距離を置いて壁面に所狭しと並べられた勲章には、部屋の主のささやかな誇りと謙虚さ、あるいは実直さが見て取れた。


床一面は飾り気のない石畳で、部屋の中央に置かれた巨大な水槽が異様な雰囲気を醸し出している。


人が五、六人入っても、まだ余裕がありそうな特注品である。


その水槽の中でぎっしりと詰まってくつろいでいるのが、この世で最古の魔霊であり、黒騎士が生まれる以前より王城の守護を担ってきた大御所である。


不死と言っても差し支えない生命力と再生力を備え持ち、あらゆるものを溶かしてしまう溶解液で構成されるその巨体は、いったん攻めに転じれば篭城崩しの名手と化すという…スライムだ。


魔霊の大半が発声器官を有さないように、彼もまた音声による意思疎通の手段を持たない。


だから精神の再構築を果たした将軍は、張り切って大御所の紹介に乗り出したのだが…


「術士。こちらが何を隠そう、」


「…ああ、その件はもう少し待ってくれますか? 今日は別件でして。素材が集まり次第…いえ、それには及びません。こちらの準備もあるので」


何やら会話らしきものを交わしている魔術師に、度肝を抜かれたのである。

しかも知り合い同士のような…何だそれ。


「まあ、遅くとも一週間以内には。その節には…はい、ご面倒をお掛けします」


だんだん商談めいていく内容に、将軍は何から尋ねて良いものかと悩み、


「何だそれ」


結局そう言った。


すると、マウは切なそうに眉間を寄せて、こう言った。


「だっておれ、別に今日からここにいる訳じゃないし」


それは…


将軍は、ここ数日の出来事を思い返し、ぽんと手を打つ。


「…それは盲点だったな」


水槽の中でスライムが、ぷるるんと震えた。

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