第十二話、胸高鳴る城内案内
魔術師の学校には転入生が多い。
魔力に覚醒する年齢は、必ずしも平等ではないからだ。
ただし、ある一定の条件を満たした人間がある日突然、魔力に目覚めることはないとされている。
その「条件」とは、意外なところで「身長」である。
おそらく脳の発育が関わっているとされているが、定かではない。
必然的に魔術師の雛は子供であり、それを察知した人材開発担当の魔術師が可及的速やかに現地に飛び、保護する手筈となっている。
そこで面談を実施し、魔術師として生きるか、あるいは記憶と魔力を封印するかの二択を迫る訳だ。
知らないおじさんについて行ってはいけないという真っ当な教育を受けた子供は、たいてい後者を選ぶ。
そして何かしらの事情があって前者を選択した子供は、法的に問題がありそうな手法で社会からのドロップアウトを果たし、「学校」に放り込まれる。
これまでの人生観が砕け散り、訳が分からないものを見たり聞いたりした挙句に見知らぬ土地に連れて来られた転入生は、そのほとんどが不安に怯えている。
そこで優しい同級生が登場し、「学校を案内してあげる」と言葉巧みに近付き恩を売るのだ。
特にその転入生が将来有望なイケメンだった日には、年端も行かぬ魔女たちの苛烈な生存競争が幕を開けることになる。
自分には、とんと縁のないイベントだと他人事のように眺めていた幼き日のマウだったが、よもや…
「遅い! 駆け足!」
…よもや、これほどまでにハードなイベントだったとは、夢にも思わなかった。
将軍主催の城内探索ツアーは、序盤にして早くも佳境に差し掛かっている。
とにかくこの王城、廊下が長い。
長いだけでなく、幅が広い上に天井も高い。
普通にボールを持ってきて遊べるレベルだ。
さもあらん。
おそらく巨大な魔霊が通れるよう設計されているのだから。
しかし、だからといって…
マウは息も絶え絶えに、
「なんで、いちいち、走っ…るんだ」
「甘ったれるなあ!」
「ええ…」
一喝されて自分を奮い立たせることができるほど、マウは血を熱く滾らせていなかったし、将軍が吠えても可愛らしいばかりで一向に危機感が煽られない。
「これしきで音を上げるなど、男として恥ずかしくないのか! 気持ちの問題だ。やればできる。がんばれがんばれ、諦めるな!」
バテるバテないよりまず先に、イケメンは滅ぶべきというマウの信念がへし折れそうだった。
付け加えて言うなら、隣で熱心に精神論を提唱している彼女にはドーピングの疑いがある。
同じだけの距離を走っているのに、こうまで差が出るのはおかしい。
何かある。
そう、仮に自分なら…
マウは、疑惑の視線を少女の慎ましい膨らみに向けた。
「その鎧…」
「ぎくうっ」
「ぎくっつった! あ、こいつ、ずっけえ! 鎧に何か細工してあんな?」
「…さて、到着したぞ。ここが第一チェックポイントのスライムの間だ」
マウの弾劾をものともせず、彼女はきりりとした表情で大きな扉の前に立った。
もしも懲りずに走ろうとしたら脱がす。誰が何を言おうと、脱がす。そう決意しながら、マウも将軍のあとに続く。
見れば、扉の横にはこれまた大きな表札が掛かっていて、そこには幼い筆致で「すらいむ」とある。
大丈夫なのかこの国はと、他人事ながら心配になるマウだった。