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魔法日和  作者: たぴ岡
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第十一話、将軍とマウ

姉姫に手を引かれて食堂を退室していく妹姫を、将軍は「むむむ…」とうなって見送る。


完全に見透かされている。

末恐ろしい姫君だ。


確かに…見回りというのは方便で、将軍はマウに城内を案内する腹積もりであった。


それは、わずかではあるが彼女なりの歩み寄りである。


彼女の心境を変化させたのは何か。

それは使い魔であった。


黒騎士を召喚し使役できる将軍は、心のどこかで魔術師を格下と見ていたのだろう。


生まれて間もなく女王に拾われ帝国で育てられた将軍は、戦士を尊び軟弱者を嫌う傾向が強い。


ぽっと出で女王直属に躍り出た魔術師への嫉妬心も、なかったと言えば嘘になる。


しかし一連の騒ぎを通して、彼女は考えを改めざるを得なかった。


この世は、広い。


魔術…あれは自分がこれまで信じてきた強さとはまったく別種のものだ。


そしてそれを振るう人間たちの実在が証明された以上、自分は更にその先を考えねばならない。


そのためには、まずこの胡散くさい魔術師との信頼関係を築き上げることこそ急務であった。


うんうんと頷いた将軍は、ぎこちない笑顔でマウに振り返る。


「ときに、術士」


「…何?」


目の奥がまったく笑っていない彼女に、マウは警戒心を露わにする。


その態度にかちんと来ながらも、将軍は空中でバイオリンの調律をしているアプリカを指差した。


「使い魔とは出しっ放しのままで良いものなのか?」


何の前触れなく魔力に興味を示し始めた将軍に、マウは一層怪訝な顔をする。

しかし隠していても仕方のないことではあった。


「良くはないよ」


使い魔が発現した状態と、そうでない状態とでは、魔力の精度に大きな隔たりがある。


仮にデメリットがないなら、わざわざ普段、内面に落とし込んでいる意味がない。


確かに…使い魔は独立した意識を持っている。

が、その意識は魔術師本体の肉体を基盤としたものだ。


要は二人分の思考をマウの脳がばらばらに処理しているようなもので、これはなかなか疲れる。


脳に掛かる負担としては、ひたすら計算式を解いている状態と言えば通りはいいだろうか。


そうした事情を省いて、マウは端的に言う。


「まあ、疲れる」


「そ、そうか…」


一瞬で終わってしまった会話に、将軍は気落ちする。


しかしここで終わらないのが、マウという魔術師の特殊性だった。


「君は、もしかして魔術を使うのに魔力を消費すると思ってるよね?」


その声が、先の遣り取りとはうって変わって穏やかだ。


この少年は、驚くべきことに…それは本当に稀有なことである…空気を読める魔術師なのだ。


ぱっと顔を上げた将軍が、調子を取り戻して泰然と頷いた。


「うん。…違うのか?」


「もちろん違う」


マウは、幼い頃に受けた講義を思い出して、諳んじる。


「人間の身体のどこを探したって、魔力なんてものはないんだ」


ないものは作るしかない。おそらく最初の魔術師はそう考えたのだろう。


最初から存在しないものを頼っても、それは無いものねだりでしかない。


「魔術」の出発点は、まず「魔力」を否定したことから始まったのだ。


「だから僕たちは、自分たちの力を魔術とは呼ばない。魔力を制御するのは理論で、それは術と呼ばれるものだけど、魔力と理論は常に二つで一つだからね」


魔術師でも何でもない将軍には、この男が何を言っているのかさっぱり分からなかったが、さしあたって気まずい雰囲気が払拭されたのを喜んだ。


「そうか。魔術師というのは頭がおかしいのだな」


とりあえずこう言っておけば間違いないと思ったし、それは違えようもなく核心を突いていたから、マウの頬を引きつらせたものは、きっとこの世の真理というやつだった。


「…っ!」


将軍の言う「ちょっと残念な人々」に分類されるマウは、否定の言葉を欲して己の分身に視線を走らせるも、


「っ…」


アプリカは気まずそうに目線を逸らし、そして何か急用を思い出したかのように慌てて姿を消した。


「ちょっ…!」


自分に似て逃げ足が早い使い魔を、このときばかりはマウも責められかったという。


そんな主従の心暖まるエピソードを尻目に、将軍は浮き浮きとした様子で懐から羊皮紙を取り出す。


「では、今度はわたしの番だな」


そう言ってテーブルの上に広げたのは、城内の見取り図であった。

仮に彼女がどこぞの英傑に倒されたときには、王城攻略の鍵ともなり得るこのアイテムが人間側に転がり込む寸法である。

…という訳ではもちろんなく、毎年お城の中で迷子になる黒騎士がいるため、常に持ち歩いているのだ。


傍らに立って見取り図を覗き込むマウに、彼女は言った。


「よし、見たな。今から三十秒で頭に叩き込め」


「え、無理…」


「二秒無駄にしたぞ」


ファンタスティックな午後になりそうな予感がした。

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