第一話、将軍少女
楽しんで頂けましたら幸いです。
四季の移り変わりが激しく、気まぐれな天候に年中悩まされる帝国領にも、降水確率0%の日くらいはある。
雲一つない青空を眺めて、さも満足げに頷いたのは、うら若き一人の少女であった。
年の頃は十五、六といったところか。波打つ金髪は肩に掛かる程度の長さで、毛先が軽く跳ねている。
黒で統一された軽装の皮鎧から覗く肌が、はっとするほど白い。
伸びやかな四肢を覆い隠すように羽織っているマントはやはり黒一色で、肩口の留め具に刻まれている紋章は、紛うことなく帝国のそれである。
将軍。それが彼女の名であり、また課せられた義務でもあった。
ここ帝国では個人としての名称が意味をなさない。
唯一の例外を挙げるとすれば、帝国を統べる女王が遠征の帰りに拾ったという得体の知れない人物、魔術師くらいだ。
彼に関してはのちに語るとしよう。
本日の将軍は、朝から上機嫌であった。
彼女の趣味は部下の黒騎士たちを鍛えることであり、中でも天候に恵まれた休日の特訓はとりわけ素晴らしいと常日頃から思っている。
昨夜など、興奮と期待のあまり、なかなか寝付けなかった程だ。
その点に関してだけは、あの胡散くさい魔術師に感謝してもいいだろう。
彼の天気予報はよく当たる。
そして現在、時刻は朝の六時。王宮の中庭に集合するよう号令を掛けて、わずか五分で勢揃いした帝国名物の物言わぬ鎧たちは、一様にどんよりした雰囲気をまとっている。
休日返上だ。将軍の口元が自然と綻ぶ。
居並ぶは、王城の地下深くで培養された鋼の戦士たち。
君主に身命を賭し、御恩に報いる。機会は存分に。
それは、とても幸せなことだ。
たとえ、どれほどの屍を踏み越えようとも。
幾千、幾万の犠牲を払おうとも。
将軍は、そう信じて疑わない。
びくつく黒騎士たちに、さあ命令を下そうと一歩踏み出した、まさにそのとき。
「おお…」
奇怪な悲鳴を上げて落とし穴にはまった将軍に、木陰で様子を窺っていた魔術師は感動すら覚えた。
奇縁により帝国で職を得た黒髪黒目の少年。
名を、マウという。
世にも珍しい「魔力」を使える人間だ。
第一王女の監修のもと、昨夜の内に仕込んでおいた将軍用の罠は、期待以上の働きをしてくれた。
ちなみに、将軍を陥れたことにさしたる理由はない。
しいて言うなら暇だったから。
しかし今ならはっきりと言える。
自分は、黒騎士たちの貴重な休日を守るために立ち上がったのだ…
私利私欲ではない…