託された思考と新たな約束
1週間後。
まだ朝の光も弱い時間の宿の廊下。
急ぐ足音が響く。
コンコンコン……
扉が叩かれる。
ヴァルがすぐに目を覚ます。
「……誰だ」
「俺だ」
リュシアンだった。
異様に早い時間。
扉を開けると、既に旅装の姿をしていた。
「どうした」
「呼び出しだ」
「……何?」
「国をまたぐ調査団。その指揮を任された」
ヴァルが眉をひそめる。
「急だな」
「ああ」
「いつ出る」
「……今朝だ」
その言葉に、ヴァルの目が細くなる。
「お前」
「断れん」
その時。
隣の部屋の扉が開き、セリスが顔を覗かせる。
「リュシアン?」
状況を見て、すぐに理解する。
「出発、ですか」
「そうだ」
少しの沈黙。
「……暗号の件」
セリスが言う。
「申し訳ありません。私の理解が遅かったせいで」
「違う」
リュシアンは首を振る。
「謝るな」
そして少しだけ視線を逸らす。
「約束を守れなくて悪い」
珍しく、はっきりした言葉だった。
セリスが驚く。
「……いえ」
「だが」
リュシアンは続ける。
「お前なら、自力で解ける」
静かな声。
「考え方は、前に教えたもので合っている」
セリスの瞳が揺れる。
「本当に?」
「あぁ」
「……信じます」
「あぁ」
短く、しかし強い返答。
リュシアンのエメラルドグリーンの瞳から「君ならできる」という無言の信頼が、じわりと伝わってくる。
セリスは深く頭を下げる。
「必ず解きます」
「頼んだぞ」
去ろうとして、リュシアンは足を止める。
振り返らないまま言う。
「完成したら、見せろ」
「はい」
「それが次の約束だ」
セリスは小さく笑った。
「はい。約束です」
セリスの手の中には、あの暗号の断片が残っている。
思考も。
信念も。
リュシアンが託したものは、消えていなかった。
リュシアンはそのまま出発した。
廊下に朝の光が差し込む。
ヴァルが隣に立つ。
「……行ったな」
「はい」
セリスは胸に手を当てる。
「少し寂しいです」
「……俺もだ」
「でも」
小さく息を吸う。
「負けていられません」
ヴァルは一瞬目を丸くしたが、すぐに口元を緩める。
「らしくなってきたな」
朝の陽光が、リュシアンを見送る二人の背中を温かく照らしていた。
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明日、9/23(水)は2本続けて投稿いたします。
最終話と番外編です。
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