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花うさぎ亭


食堂に入った瞬間、香ばしい肉の匂いが鼻をくすぐった。

昼時の広いホールは、鎧を着たままの冒険者や旅人で賑わっている。木の床には無数の傷が刻まれ、壁には角や牙、古びた剣が飾られていた。


ここはベルノアでも有名な宿、

肉料理ならここ、と誰もが口を揃える場所だ。


草原と森林に囲まれたベルノアでは、良質な獣肉が手に入る。

この宿は、古くから狩人や遊牧民と直接契約していることで有名だった。


ヴァルは壁際の長机の端に座っていた。

背後を気にしなくていい位置だ。


ヴァルは無意識に指先でテーブルを叩いた。

一定ではない、落ち着かないリズム。


——別に、逃げたわけじゃない。


そう思ったところで、階段の軋む音がした。


視線を上げる。


先に降りてきたのはリュシアンだった。

いつも通り背筋を伸ばし、周囲を一瞥する。

エメラルドの瞳がヴァルを捉えた。


一瞬だけ、互いに視線が絡む。


何も言わない。

だが、リュシアンはわずかに視線を細めた。


その後ろから、レオとセリス、ルカが続く。


「ヴァル!いい席とってるー!さすがー!」

レオが真っ先に手を振り、そのまま向かいに座る。


「別に。早く来ただけだ」


ヴァルは視線を逸らしたまま答える。


続いてセリスが迷いなく隣へ腰を下ろした。


あまりにも自然で、ヴァルは一瞬だけ息を止める。


青みがかった銀髪が肩に触れそうなほど近い。

風に揺れた髪から、薬草に似た清涼な香りがした。


「混んでたから助かった」


そう言ってセリスは、何事もない顔で周囲を見回す。


その左にリュシアンが座り、最後にルカが向かい側へ。

ちょうどセリスとリュシアンの前だ。


「今日は当たりだぞ」


ルカが壁の黒板を指す。


そこには太い字で

“ベルノア名物 粗挽き肉”

と書かれていた。


「お、やった!」


レオがその金色の瞳を輝かせる。


しばらくして、皿が運ばれてきた。


熱々の鉄皿の上には、分厚いハンバーグ。

オークの脂とバッファボアの赤身を合わせた、ベルノアの定番料理だ。

表面は強火で焼き固められ、ナイフを入れる前から肉汁が滲んでいる。


上には、ラゼルベリーを煮詰めた濃厚なソース。

甘酸っぱい香りの奥に、グランシア草の刺激的な香りが混じる。


横には香辛料を効かせたポテトサラダ。

疲労回復に効くと冒険者の間で評判だ。


「……うまそう」


ヴァルが小さく呟く。


「脂が重くならないの!ラゼルベリーが効いてるから」


セリスがさらりと言った。


「詳しいな」


「前に寄ったとき、店主に聞いたんです!」


ナイフを入れると、肉汁がじゅわりと溢れた。


「うわ、見て見て!」


レオが身を乗り出す。

その拍子にヴァルの皿が少し遠ざかる。


セリスが無意識に手を伸ばし、そっと元の位置へ戻した。


「ありがとう」


ヴァルが言うと、セリスは一瞬だけ目を丸くする。


「……どういたしまして」


視線が合う。

胸の奥がまた、ざわついた。


その様子を見ていたルカがにやりと笑う。

「若いっていいなぁ」

そう言いながら、ルカは一瞬だけ遠くを見る。

誰にも気づかれないほど短い時間だった。


「黙れ」


即座にヴァルが返し、レオが吹き出す。


その時、奥の厨房から大柄な店主が顔を出した。

ルカは左手首のカフスにさりげなく目をやる。

わずかに傷のあるそのカフスが、光に反射した。


「おう、うちの看板料理はどうだ!」


日に焼けた顔に豪快な笑み。

ベルノアの肉料理文化を作った男だ。


「最高です!」


レオが元気よく答える。


「だろう? 王都の連中も真似するが、本物はここだけだ!」


食堂に笑い声が広がる。


初夏の風が窓から入り、肉の香りと混ざった。


五人の声も、そのざわめきの中に溶けていった。


読んでいただきありがとうございました。評価いただけると励みになります。

毎週金曜日21時頃更新予定です。

よろしくお願いいたします。

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