第4話「正しい嘘の置き場所」
特別対応係の仕事で一番厄介なのは、「正解」が複数ある案件だ。
誰かを救えば、誰かが不満を抱く。
その均衡点を探すのが、俺の役目だと思っていた。
だが、その前提を揺さぶる案件が回ってきた。
テーマパーク内の飲食店で起きたトラブル。
提供された食事に異物が混入していたという申告だ。写真もある。来店客はSNSへの投稿を示唆し、即時対応を求めている。
課長は言った。
「現地でまとめろ。今日は“見られてる”」
最近、こういう言い方が増えた。
誰に、とは言わない。
店は昼のピークを外した時間帯だった。バックヤードで、店長とアルバイト、施設管理の担当が揃う。客は別室で待っている。
「混入は、あり得ません」
店長の声は、歪まない。
「調理工程は確認済みです」
施設管理も、歪まない。
珍しい。
ここまで澄んだ音が続くのは。
客室に移り、申告者の女性と向き合った。
写真を見せられる。確かに、皿の端に小さな金属片が写っている。
「最初から入っていました」
――歪む。
女性の怒りは本物だ。
だが、“最初から”だけが、濁る。
「気分が悪くなりました」
歪まない。
嘘は混じるが、被害はある。
いつもの構図だ。
俺はバックヤードに戻り、工程表を見直した。
金属片が出る可能性は、理屈の上では低い。だが、ゼロではない。
アルバイトに聞く。
「ピーク前、何か変わったことは?」
「……急いでました」
歪まない。
店長に聞く。
「提供前の最終確認は?」
「通常通り」
歪まない。
全員が正しい。
だからこそ、決め手がない。
そこで、施設管理がぽつりと言った。
「最近、清掃業者が変わりました」
歪まない。
厨房の床を確認すると、清掃用具の金属部品が一部欠けている。
形状は、写真の欠片と近い。
可能性は見えた。
だが、証明はできない。
客に戻り、俺は言った。
「原因は特定できません。ただし、健康被害の申告は受け止めます」
「それで?」
「返金と、医療費相当の補償。加えて、店舗の再点検を実施します」
女性は不満そうだった。
「認めないんですね」
――歪む。
「事実として、断定できない部分があります」
俺の声は、歪まない。
沈黙のあと、女性は条件を飲んだ。
SNS投稿はしない、という約束も。
解決。
少なくとも、表向きは。
帰社後、法務から声をかけられた。
「“正しい対応”だった」
歪まない。
だが、続けてこう言った。
「ただし、理由は記録しない」
俺は一瞬、言葉を失った。
「なぜです」
「書くと、余計な火種になる」
その声は、歪まなかった。
だから余計に、重い。
デスクに戻ると、またメッセージが来ていた。
『今日は、嘘を置きましたね』
歪みがある。
俺は画面を伏せ、天井を見上げた。
嘘を暴かず、嘘を認めず、嘘を“置く”。
それが、この仕事の現実だ。
ただ一つ、分かっていることがある。
その置き場所を、間違えた瞬間――
次に呼ばれるのは、客でも現場でもない。
俺自身だ。
そう考えたとき、胸の奥で、はっきりと音が鳴った。




